産業

まあ、なんというか。
空港、高速道路、鉄道とか。
米作とか麦作とか。
国内の製造業とか。
かつては日本を支えてくれていた産業が今では足かせになってるわけだよな。

もう輸出産業は拠点を海外に移すしかない。
国内は内需だけで回していけば円高でもかまわんわけで。

過去と清算しないと先に進めないよな。
そうやって無駄な税金を無くすのと円高メリットでカバーして、
将来発展する見込みのある産業だけ残して、だめな産業を淘汰すればなんとかやっていけるだろ。
ていうか電機や自動車に支えてもらわなきゃやってけないっていう発想をまず捨てようよ。

かつては「貧乏人は麦を食え」とか言ってたがいまや麦よりも米の方がずっと安い。
だからわざわざ麦飯食うにはよけいに金を払わなくてはならん。

応仁の乱

正直なところ、とてもわかりにくかった。
wikipediaなどを合わせ読んで初めて理解できた。
日本外史だけ読んで応仁の乱をわかる人はいないのではないか。
ある程度の予備知識があった上で読めばおもしろいかもしれんが。
かといっていきなりwikipediaの応仁の乱の説明を読んでも無味乾燥で頭に入らないだろう。

足利幕府は諸侯(守護大名。細川、山名、畠山ら)が大きな実権を持っていて、
すでに実質的に封建制度に突入していた。

将軍足利義政は政治に飽き、義視を還俗させて将軍職をゆずろうとしたが、
義政に世継ぎが生まれたので母親の日野富子が子供を将軍にしたくていろいろ画策した。

ときに、畠山家は家督争いでもめていた。
義政は畠山家の争いに気まぐれに介入し、罰したり許したりした。
義政は他家の介入を禁じ、当事者どうしの私闘として済ませようとしたが、
結局、細川勝元と山名宗全の代理戦争に発展し、義政と義視の対立にも絡み、京都から全国に戦乱が拡大した。

いくさは長期化し、細川勝元と山名宗全が二人とも年をとって死んだのでうやむやに終戦となった。
将軍が任命する守護大名から、勝手に実力で大名になる戦国大名に変質していった。

とかまあそのくらいの予備知識がないと読んでもわからんのではないか。
日本外史を読みながら登場人物の人間関係を図にしたりして理解できないことはないかもしれんが、
とてもたいへんな作業だと思う。

ていうか、日本外史を理解するということは、これだけたくさんの登場人物の人間関係を理解するということであり、
単に現代語訳すりゃ良いわけではないわけで、つまりはめんどくさい。

徳川正記

[日本外史全巻](http://8.health-life.net/~susa26/zakkityo/nihongaisi/)
読み下し文pdfで公開されている。
これはすごい。

ところで徳川正記徳川氏を読み始めた。
他の箇所はだいたい読んでしまったので、気分転換。
長い。
しかも必ずしもおもしろくない。
分量としては日本外史全体の四分の一を占める。
しかしまあ、江戸時代の武士にはこれが必修科目だったのだろう。
かつこれを付けることによって、全体の印象として、
かなりマイルドな感じになる。
幕府にとって危険思想な感じが薄れる。

徳川家康の呼び名が嗣君から始まってどんどん変わっていく。
これまた他の箇所とは違って特別扱い。

八幡太郎や鎮西八郎の時代の話というのはずいぶん伝説っぽく、
後から作られたり補完されたりしたのであろう。
人間関係や話の流れがかなりはっきりすっきりしているのは、
そもそも史実に乏しいからだろう。
義経の話などは義家よりもかなり具体性がましてきたが、まだまだ伝説っぽさが残っている。
やはり後世とくらべて圧倒的に史実が伝わってないからだろう。

太平記の時代になると伝説的説話的な話も残っているが、
ドキュメンタリー的なリアリティがずっと増してくる。

応仁の乱までくると今度は史実が多すぎて話にまとまりがない。
実際、ほんとうの戦争というのはこのようにとりとめのないものかもしれん。

徳川氏の話などはもはやくどくて長くてたいくつとしか言いようがない。
このように日本外史を通して読んでみると、
同じ武家の歴史でも、伝説の時代から史実の時代まで、
連続なグラデーションではあるが、
そうとう異なるソースからできていることがわかる。
それらを無理矢理ひとつの話にまとめようというのだからかなりな無理がある。
と、いうことはやはり通して読んでみないとわからんことなのだよな。

菊正宗

菊正宗だが、上撰でもキクマサピンでも、開栓して一週間くらい立つともわっとしてくることがわかった。
開栓してすぐだとあのもわっとした感じがない。
ミュージアムで飲んだときにも感じなかったのは開栓まもなくだったからだろう。
ずっとあれが山廃の味だと思い込んでいた。
でも全然違ったわけだ。
恥ずかしい。
もっとがんばりましょう。

そうすると常温保存の酒などいうものは、
当たり前のことかもしれんが、
栓あけてからどんどん味が変わっていくわけだよなあ。
それもまたおもしろい。

菊正宗ミュージアムに行ってきた。

酒はすべて安い。
普通の半値か1/4くらい。
しかしつまみがない。
ほんのちょっとだけセットに乾き物ついてくるくらい。
水はあるが、自分で適当に(麦茶などの)チェイサーを持って行った方がよい。
あるいはビールを持ち込むのもありか。
周りになんか軽食売る店もないので、計画的に食料を持ち込んだ方がよい。
酒だけ飲んでいては3合も飲めばアウトなので、あまり長く滞在できない。

東京では飲めないという生原酒を飲んでみたが、濃くてうまいが、味が良くわからん。
普段飲み慣れてないし、アルコールが高いので、いきなり酔っぱらう。

次にせっかくだからと純米吟醸など飲むとこれまたふだん飲む菊正宗とは違う味なので評価不能。
しかも量が多い。
リミットの3合にあっという間に達してしまう。

結局酒の味を確かめるという意味では失敗。
が、きわめて安く酒が飲めるのは確かなんで、
つぎくるとしたら、ビールとつまみ持ち込んで、上撰燗酒150円だけ注文しようかと思った。

まあ、きっと場所的に積極的に飲食店出店できるようにはできてないんだな。

菊正宗の味が変わった件

[追記あり](/?p=402)

今月に入ってからときどき通っている某店でいつもの日本酒をとっくりに常温で飲んでみると、
味が変わっているような気がする。
なんか山廃っぽい味になっている。
今までなんの変哲もない普通の日本酒だったのだが、
なんかざわざわした、微妙な味わいになっている。
特に銘柄も気にせず飲んでいたので、お酒を変えたのかどうか聞いてみると、
うちはずーっと前から菊正宗ですよと言われる。

で、いろいろ調べてみると、
[菊正宗は2009年9月から、上撰本醸造酒を生酛造りにした](http://www.kikumasamune.co.jp/about/kimoto.html)って書いてあるじゃないですか。
ははあ、生酛も山廃も、製法も味の傾向も同じようなもんで、つまり普通は乳酸を添加するんだが、
乳酸菌の発酵によって乳酸を発生させるのが生酛やら山廃。
チーズにたとえれば、普通のプロセスチーズに対してブルーチースのように、
なんかかびくさいというか土くさいというか土蔵か古民家に入ったときのような香りと味がする。
山廃っぽいわかりやすい酒はそんな味がする。
今の菊正宗も微妙ではあるがそんな味がするようになった。

で、世の中の酒飲みが大騒ぎしてるんじゃないかとネットを検索してみたのだが、
まったくヒットせず。
でもたぶんこれは私の勘違いではないはず。
ちかぢか日比谷の菊正宗ミュージアムに行ってみる。
確かめてみる。
つーか、以前の菊正宗と今の菊正宗の飲み比べをさせてほしい。

足利幕府

義満が死んでから、義教、義政の辺りをだらだらと読む。
予想してたよりおもしろい。
実は足利幕府の絶頂期というのは義満ではなく、義教の時なのかもしれんと思った。
関東管領を滅ぼし、さらに調子に乗りすぎて赤松満祐に殺されてしまった。

足利幕府というのは、鎌倉幕府よりはよっぽどまともな仕組みのような気がする。
鎌倉幕府は鎌倉が本拠地で京都には六波羅探題。
足利幕府は京都が本拠で鎌倉には鎌倉公方。これらはみな足利氏。
そのほかに管領、関東管領など三管四職と呼ばれる有力諸侯。
源氏の血統が頼朝、頼家、実朝の三代で途絶えてしまった鎌倉幕府よりはずっとましではないか。

さてそろそろ応仁の乱。

頼山陽にピアス

[東京都公立図書館横断検索](http://metro.tokyo.opac.jp/)
などでちまちま調べていたのだが、
野毛山図書館には頼山陽関係の図書がばっちりそろっていたので、読みに行く。
「頼山陽にピアス」など読む。

広島在住で頼山陽研究者や子孫らと直接交流できる著者しか知り得ない、
いろいろ貴重な情報源を持っていることがわかる。
しかし、やはり、私とは根本的に相容れない考え方があるのもわかる。

たとえば、頼春水やその息子の山陽などは朱子学がちがちで、
平家物語はそれに比べるとおおらかであるなどと書かれているのだが、
私からみると平家物語は夾雑物が多すぎてどうでも良いことがくどくど書かれていて、
あまりにルーズすぎる。
仏教臭が強すぎる。
平家物語が特別そうなのであり、太平記などはもう少し違う。
平家物語はしかも戦闘シーンの描写がほとんどない。
太平記ならもっとちゃんと書いている。
太平記はほぼリアルタイムに記述されていったらしく、荒削りなリアリティと迫力がある。
しかし平家物語は、実際の戦闘があって50年近くたってもどこかの坊さんたちがだらだらと仏教縁起や中国の歴史書などから引用したりした形跡がある。
そのようなものに何の価値があるのか。

平家物語にもときどき、妙にリアリティのある場面描写もあるが、
それは当時のまま何の改竄もされてない結果だと信じたい。

あと、日本政記について、著者は、頼山陽が民主主義を理解していたかのように書いているが、
民が本で君主は民を慈しまねばならないとか、天皇を激しく批判しているとか、
そういうものはまさに陽明学そのものであって、西洋由来の民主主義とは全く異質なものであると私は思う。

頼山陽全書も八冊全部揃っているようなので、
ときどき野毛に遊びに行って読んでみよう。
東京都立多摩図書館と、中野区立中央図書館にも揃っているようだ。

頼山陽とその時代

中村真一郎著「頼山陽とその時代」を読み始める。
これはすごい。
頼山陽に少しでも興味がある人は必ず読むべき。

量が多すぎる。
しかしまあ、いろんなことが網羅されているのは良い。
入手しにくいだろうが、首都圏の図書館を片っ端からwebで検索すると意外とある。
通りすがるついでにいろいろ借りてみる。

刑死した三樹三郎については、第二部「山陽の一族」「四 山陽の三子」中に、
p143からp160まで詳しく書かれていてありがたい。
日本外史については第六部中の日本外史と日本政記についてを読めばだいたい、
中村真一郎という人がどう考えているかがわかる。

山陽と三樹三郎について

若き山陽は危機に陥った時、或いは狂乱し、或いは心神喪失状態になり、
いずれにせよ当人の人格的な責任は免れるだけの、動物的な自己保全の本能が発達していた。
いわば死んだ真似のうまい昆虫のようなところがあった。

などと書いていてかなり笑える。