秋風
> こずゑには ひと葉のみ散る 秋風に 耐へずもろきは 涙なりけり
> 萩の花 咲きたる野辺は ひぐらしの 鳴くなるときに 秋風ぞ吹く
> 我が宿に 咲けるあきはぎ 見に来ませ 今二日三日 あらば散りなむ
> ながめては 何を心に 思ふこと ありもあらずも 秋の夕暮れ
> もの思ふと 隠れのみゐて 今朝見れば 春日の山は 色付きにけり
> 一重だに 暑かりつるを 夏衣 重ね着るまで 秋風ぞ吹く
> ゆふまぐれ 恋しき風に 驚けば をぎの葉そよぐ 秋にはあらずや
> かくばかり 激しき野辺の 秋風に 折れじとすまふ をみなへしかな
> 寂しさに 草のいほりを 出でて見れば 稲葉押しなみ 秋風ぞ吹く
> うづまさの 深き林を 響き来る 風の音すごき 秋の夕暮れ
> 玉笹の 葉分けの風に おどろけば 今年も秋の 露ぞこぼるる
> かへるべき 限りも知らぬ むさしのの 旅寝おどろく 秋の初風
> 秋の風 立てるやいづこ みそぎせし 昨日も涼し 四方の川浪
> きのふけふ 風の音には 聞く秋を 目にみか月の 夕暮れの空
朝顔
> 朝がほの 咲くを待つ間の 久しさは はかなかるべき 花としもなし
> ゆふまぐれ 今も咲くべき けしきして けふは暮れぬる 朝がほの花
> 朝顔の ゆかしさにとく 起きたれば 我より先に 露はゐにけり
> 朝がほの しぼまぬほどの 降り晴れて 雨より後の 秋の暑さは
女郎花
> 靡くとも ひとかたならぬ 女郎花 こころ多かる のべの秋風
なでしこ
> なでしこの 花の盛りの 久しきに 初秋風も 吹くと言ふなり
> なでしこの くれなゐ深き 花の色も こよひの雨に 濃さやまされる
虫
> 我が待ちし 秋は来ぬらし この夕べ 草むらごとに 虫の声する
> 雨の夜の 長き恨みを つねよりも しめやかに鳴く 虫の声かな
> 花を見て 野辺に心を やりつれば 宿にて千世の 秋は来ぬべし
> 秋もなかば わが身もなかば こゆるぎの 急がぬ年の など積るらむ
> 遅く消え 早く結びて 山陰は 露のひるまぞ すくなかりける
> こころなき 人は心や なからまし 秋の夕べの なからましかば
> 秋されば しもの社の みたらしに 人まを待ちて かはづ鳴くなり
> 思ふこと ありとはなしに 悲しきは 秋のならひの 夕暮れの空
> 庵原の 清見が崎に 朝晴れて 不二は秋こそ 見るべかりけれ
> やぶ隠れ きぎすのありか うかがふと あやなく冬の 野にやたはれむ
> 武蔵野の 尾花たかがや 踏みしをり 小鷹手にすゑ 行く人やたれ
> 尾花ならぬ かたこそなけれ 大原や 野中古道 分け迷ひては
> 照りまさる 秋田の月に 雨たべと 言挙げしつつ 賤つづみ打つ
> はきだめの 塵の下なる 芋すらも 子は親にこそ つきてありけれ
> 雨やまぬ かげをし渡る 高瀬舟 をちかた人の 来るかとぞ待つ
> このごろの 寝覚めに聞けば 高砂の 尾上にひびく さをしかの声
> うきあきと 世にうとまれて 長月の ながゐせじとや 暮れ急ぐらむ
> うきあきと いかに思ひて 暮らしけむ 菊ももみぢも 冬はあらじを
> 門田より 刈り干すままに 日に添へて 稲葉の風や 遠ざかるらむ
> 赤くなる 顔うちふりて 秋山の まだ酔はざるを あざわらふかな
> ひき帰る 牛にかはむと 刈る草も 花ならざるは なしや秋の野
> 野となりて あとは絶えにし 深草の 露のやどりに 秋は来にけり
紅葉
> 我が宿を たづねて来ませ あしびきの 山のもみぢを 手折りがてらに
> もみぢ葉は 散りはするとも 谷川に かげだに残せ 秋のかたみに
> なほざりに 秋の深山に 入りぬれば にしきの色の きぬをこそ着れ
> あぢきなく たもとにかかる もみぢかな 錦を着ても ゆかじと思ふに
月
> 君ならぬ 人来たりせば 問ひてまし こよひの月は ことに見ゆやと
> 白河の 淀みにやどる 月見れば なびく玉藻ぞ 雲となりける
> くまも無き 月の光に はかられて おほおそ鳥も 昼と鳴くなり
> 物おもふ 心のたけぞ 知られける 夜な夜な月を ながめ明かして
> 世のうさに 一かたならず 浮かれ行く く心さだめよ 秋の夜の月
> 今日をなほ 同じ心に 惜しまなむ あき果てぬとは 誰も思はじ
真淵
天の原 八重棚雲を 吹き分くる いぶきもがもな 月のかげ見む
夕暮れ
> 賑はへる 里のけぶりも なかなかに よそめはさびし 秋の夕暮れ
薄
> ふるさとの ひとむらすすき いかばかり しげき野原と 虫の鳴くらむ