明治36年 (50才)

外つ国の ふねもつどへり 四方の海 なみしづかなる としのはじめに

のどかなる はるの日かげに みかは水 氷ながるる 音きこゆなり

瓦やく けぶりの末も きえはてて かすみこめたり 葛飾の里

ふるさとの かきねの若菜 つみとりて 園もる人の おこせけるかな

牧びとが おほしたてたる 若ごまを 春の野はらに いまはなつらむ

はなちたる 牧の若こま いづれをか わが厩には ひかむとすらむ

春ごとに うれしきものは 咲く花に はじめてむかふ あしたなりけり

花かげに たくかがり火は はやく消て おぼろ月夜ぞ にほひそめたる

野も山も 花のさかりに なる時を うれしく旅に いでにけるかな

夕鞠の おとぞきこゆる 青柳の かげふみながら たれあそぶらむ

めづらしく ふじの高ねの みゆるかな 夕日のかげの かすまざる日に

とほかがみ とりてむかへば 海ばらの 霞のうちの 舟もみえけり

夕月夜 にほひそめたる 池水に かしましからず なく蛙かな

船ならで ゆきかひすべく 見ゆるかな 霞に浮ぶ あはぢ島山

のどかなる 春にあひたる 国民は おなじ心に 花や見るらむ

旅衣 たちいでぬまに 九重の にはのさくらよ さかりみせなむ

のどかにも はたてなびきて いくさ船 つらなる沖の かすみはれたり

文机の 下にまふ蚊の こゑすなり かやりのけぶり うすくなるらむ

いよすだれ おろしかねても みゆるかな 夕だつ風に まかせてをおけ

いづくより 道をつけてか 家のうちに 蟻のひとすぢ つどひきぬらむ ○

はしゐして おもはず夢を みつるかな ひるのあつさに つかれたりけむ ○

はこね山 のぼりし人も かへりこむ 風ひややかに なりぞしにける

しづかにも 更けゆく夜半の かねたたき いづこともなく きこえけるかな ○

ねざめして 時計の針を みるばかり 秋の夜長く なりにけるかな ○

ひがしやま のぼる月みし ふるさとの すゞみ殿こそ こひしかりけれ ○

吹上の 滝にてる日の かゞやきて 水さへあつく 見ゆるけふかな

文机の ふみはちれども ふく風の すゞしき窓は さゝれざりけり

ゆあみせむ 時も忘れて しづのをは くれゆく畑に 瓜やとるらむ

かたはらに おける氷の きゆるにも 道ゆく人の あつさをぞおもふ

たへがたき この日ざかりに おもふかな 高砂島の あつさいかにと

夏よりも 暑き日なりと 思ひしを くるれば庭に 虫ぞなくなる ○

すゑまでは まださきみたぬ 秋はぎの 花うちみだり 村雨ぞふる

昔わが 折りてあそびし はぎの戸の 花もこのごろ さかりなるらむ

大堰川 さくらの紅葉 ちりうきて ゐせきの波に 秋風ぞ吹く

あやにくに 秋のながめの はれぬかな をしねかりほす 頃ぞと思ふに

のぼるべき 山には雲も かゝらぬを まつほどひさし 秋の夜の月 ○

あかずして 月みる窓を とざしけり 寒くなりぬと 人にいはれて ○

人はみな しらずやあらむ 高殿の いらかはなれし 秋の夜の月 ○

ともしびを かゝげぬ方に 来てみれば いよ/\あかし 秋の夜の月 ○

いくさ歌 うたひかはして つはものも たむろのにはに 月やみるらむ ○

秋の夜の 月にむかへば 旅ねして 見し海山の おもかげにみゆ

秋ごとに かはらぬ月ぞ やどりける 千代田の宮の 松のこずゑに ○

いにしへの 人のことばも うたひけり その世に似たる 月にむかひて

茸狩の かへさに見れば 山がつが 垣根の柚の 実いろづきにけり

はりがねの かよはむかぎり とひて見よ 野分の風の いかにふくかと ○

神風の 伊勢の宮居に とよとしの 初穂ささげむ 時ちかづきぬ

かきくらし 雪のふる日に いささかも 時をたがへず 人のひときぬ

くれやすき 冬の日かげを をしむかな 朝まつりごと ことしげき世に

あまさかる ひなの旅路に きてみれば 開きのこせる 野べもありけり ○

ふりつもる 雪わけがたく なりぬらむ まゐらむといひし 人のおそきは ○

呉竹の 夜ひとよふならば いかならむ 見るまに高く つもるしら雪

豊年の 新嘗祭 ことなくて つかふる今日ぞ うかしかりける

久方の むなしき空に 吹く風も 物にふれてぞ 声はたてける ○

夕月夜 さやかになりて ふみならす 庭木のかげは くれはてにけり

ふく風の おともきこえぬ 遠山は たゞうつしゑの こゝちこそすれ

人あまた ゐてだに旅は さびしきを 荒野の原を ひとりゆくらむ ○

にひばりの 田づら多くも 見ゆるかな いそしむ民の ちからしられて ○

千早ぶる 神のひらきし 道をまた ひらくは人の ちからなりけり

あらがねの 土の下樋を かよひきて 都にすめる 多摩川のみづ

器には したがひながら いはがねも とほすは水の ちからなりけり

あま雲は あらしにはれて 山川の 水上たかく 見ゆるけさかな

たかねには 雨やふりけむ にはかにも やました水の 音ぞみなぎる

ふるさとの 道にかへれば たちいでし 昔の事も おもひいでつつ

年をへて かへりてみれば 故郷の みやもる人も 老いにけるかな

みかは水 ながるる底を 見わたせば 昔の影も うかびけるかな

家ゐみな とりはらひたる ふるさとの 松はいよいよ たかくみえけり ○

いづ方も わがやどながら こひしきは 生まれいでにし 都なりけり

わがために 汲みつときゝし 祐の井の 水はいまなほ なつかしきかな

ふる里を とひてし人に 問ひて見む わがうゑおきし 松はいかにと

老い人の かたりしことを さらにまた 思ひぞいづる ふる里にきて

草枕 たびにいでたつ たびごとに ひらけし道を ゆくぞうれしき

都にて おもひし民の なりはひ をまのあたりみて ゆく旅路かな

草まくら 旅にいでゝは 思ふかな 民のなりはひ さまたげむかと

とのゐ人 いま参るらむ 草まくら 旅のやどりに 鶏ぞ鳴く

まぢかくも たづねし民の なりはひを こよひ旅ねの 夢にみしかな ○

をぐるまの 窓ひらかせて みてゆかむ 都にしらぬ 里のけしきを

夜をこめて いづるたびぢに つかれつつ 車のうちに 夢をみしかな

岡のべに いこひてしばし 見てゆかむ あがたの里の 民のいとなみ

わがために つくろひぬらむ 旅やかた 庭のけしきの ただならぬかな

ともしびの かげはなやかに みえそめし 家やこよひの やどりなるらむ

小車の あとさき守る ますらをの 駒もつかれむ 鄙の長みち

杉垣を めぐりてみれば 山里は おもはぬかたに 門ぞありける

石垣を きづきし時や うゑつらむ 千代田の宮の 松の老いたる

ふきいるる 風やさそひし をすのうちに 松のふる葉の ちりたまりたる

けぶり草 くゆらしながら をりをりは わすれしことも 思ひいでけり

よき人の いさめをきくに たとへたる 薬はのまむ にがくともよし

山水の けしきをこめて すきたるは 白紙ながら おもしろきかな

うもれ木を みるにつけても 思ふかな しづめるまゝの 人もありやと ○

ことのはの 道のおくまて ふみわけむ 政きく いとま/\に ○

盃を けふもさづけつ 位山 はじめてのぼる 人をいはひて

とし高き 人にさづくる 盃は 手にとるごとに うれしかりけり

年たかき 人の手づから 織りいでし ぬのは錦に おとらざりけり

旅にして みし海山の けしきをも このうつしゑに 思ひいでつゝ ○

またさらに 車やどりに なりぬらし つらなる人の おほくみゆるは

船のうちに ひとりねざめて さびしくも よるみつしほの 音をきくかな

沖遠く みゆる煙は たが国の しるしかかげし 船にかあるらむ

すゝめてふ 旗につれつゝ いくさ船 かろくも動く 浪のうへかな

ふじつくば 名におふふねを うけなべて やしまを守る ますらをのとも

よろこびの つつの音ききて いくさぶね 進むあしたの いさましきかな

いくさぶね つらなる沖を みわたせば 波のひゞきも いさましきかな

いくさぶね 造る所も みてゆかむ 呉の港に しばしとまりて

あびきして われに見せむと あま小舟 海もせにこそ こぎつらねけれ

ともし火の 影まばらにも みゆるかな 人すむベくも あらぬ山辺に

波の音は きこえぬ山の 高嶺より 青海原を ひとめにぞみる

波の上に うす日さすらし 沖中の ふねの帆白く なりまさりけり

千早ぶる 神のかためし わが国を 民と共にも 守らざらめや

たらちねの みおやの御代の こととはむ つかへし老いを 近くつどへて

ひとり身を かへりみるかな まつりごと たすくる人は あまたあれども

ひさかたの 空吹く風よ ひとみなの 心のちりを 払ひすてなむ

うまごにや たすけられつゝ いでつらむ われを迎へて たてる老い人 ○

老いの坂 こえぬる子をも をさなしと 思ふやおやの こゝろなるらむ ○

すなほにも おほしたてなむ いづれにも かたぶきやすき 庭のわか竹

もてあそび 手にとらすれば うなゐごが うちゑむ顔の うつくしきかな

めぐりあひて 泣きみ笑ひみ かたらふは 幼あそびの 友にやあるらむ

もろともに たすけかはして むつびあふ 友ぞ世にたつ 力なるべき

野に山に うちあらそひし つはものの ころもも靴も やぶれけるかな

ことしげき 世にたつひとは ぬばたまの よるや学びの 窓にいるらむ ○

わらはべが まなびの道の ゆるし文 さづくる人も うれしかるらむ

をさなくて よみにしふみを みるたびに 教へし人を おもひいでつつ ○

文みれば 昔にあへる こゝちして 涙もよほす 時もありけり ○

をり/\に おもひぞいづる 国のため 心くだきし 人のむかしを

さまざまに ありし昔を 時につけ をりにふれては 思ひ出でつつ

旅だちて ことしもみまし つはものの いくさの道の 進むてぶりを

はるかにも あふがぬ日なし わが国の しづめとたてる 伊勢のかみ垣

わがこゝろ およばぬ国の はてまでも よるひる神は 守りますらむ

つくづくと かぞへてみれば あづまなる 千代田の宮に 年もへにけり ○

旅衣 かへりし人に とひてみむ とほきあがたの さとのありさま

まなばむと おもふみちには ことしげき 世にもいとまの あるよなりけり ○

まつりごと いとまある日は わけてみむ 神代ながらの しきしまの道 ☆

四方山の たかねさやかに みゆるかな みやこのほかも ひよりなるらむ

さしわたる 朝日まばゆし わが国の はたてかかげし 大船のうへに

いくさぶね つらなるみても 波風の おとせぬ世こそ うれしかりけれ

つはものゝ 駒の足音ぞ きこゆなる 旅だちまうけ とゝのひぬらし

をぐるまの 右も左も にぎはひぬ ふるさと人の われをむかへて

わがために あびきやすらむ 旅やかた 近くきこゆる あまのよび声

なみの上に 天の橋立て あらはれて あけわたりたり 与謝のうみづら

つはものも いさみかはして いくさぶね こぎつらぬべき まうけしつらむ

われは栗毛 友は葦毛の 駒といひて いづくにけふは ゆかむとすらむ

勇みたつ こまをひかへて ますらを はわが小車の いづるまちけむ

ことしげき 世にふる人も わがこのむ 道にわけいる ひまはありけり

民のため 心のやすむ 時ぞなき 身は九重の 内にありても

天てらす 神のみいつを 仰ぐかな ひらけゆく世に あふにつけても

月の輪の みさゝぎまうで する袖に 松の古葉も ちりかゝりつゝ

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