本居宣長

本というものは10代の女子くらいしか読まない。男子は本なんか読まない。大人はなおさら本は読まない。読むとしてもビジネス書みたいな恐ろしく中身のないつまらない本ばかり読むのは呆れる。なぜみんなあんなバカみたいな本ばかり読むのだろうか。まだ、youtubeでも見ていたほうがましではなかろうか。

10代の女子が読んでくれるような本を書くのは、60過ぎのおじいさんにはとても難しい。

本居宣長の本を書くとして、10代の女子に宣長に興味を持ってもらうにはどうすれば良いのだろうか。難しいけれどもなんとか読めると思わせるにはどうしたらよいか。

宣長の結婚2

宣長の結婚の続き。

初婚の妻、美可が村田家の娘だというので、あれ、宣長の母も村田ではなかったっけと思ってウィキペディアなど見ると、やはり同族である。松坂で豪商で村田家というのが二つも三つもあるはずがない。

宣長の父は宣長が十才の時になくなっている。兄が家督を継いだが、この兄もなくなってしまい宣長が小津家の家督を継ぐことなる。しかし宣長はまったく家業を継ぐ意志がなく、店をたたんでしまう。

宣長が京都遊学中に母は酒を飲みすぎるななどという手紙を書いており、母との関係は悪くはなかったのだろうが良くもなかったのだろう。村田美可は母の斡旋であったに違いなく、母のお膳立てで結婚してみたが、まったく相性が合わずに離婚することになったのだろう。母はもしかすると宣長に村田家を継がせたかった(つまり宣長を村田家に養子縁組したかった)のかもしれないが、それこそ宣長にとっては大きなお世話だったに違いない。

再婚相手の深草たみは夫と死別していて、要するに、バツイチどうし片付けば都合よかろうという話になっただけのように思えるが、そのまま離縁しなかったのはそれなりに仲はよかったのだろう。たみは宣長の母の名、かつを継いでかつと改名したという。どうも宣長の母方の村田家というのはずいぶん宣長に対して干渉してきたように思える。

四月病

某アメリカ中華チェーン店に行ってみたのだが、アホみたいにまずい。チャーハン、焼きそばも縁日の屋台以下のレベルだし、白米がごまかしようがなくまずい。近所のドラッグストアで売ってる5kg 2900円くらいの国産ブレンド米なら銘柄米と比べてもほとんど遜色なく食えるのに、どういう調達をしてどういう調理をすればこんなにまずいコメができるのだろうか。すべてが安っぽいのに値段は高い。水も出ない。日本人をなめてるとしか思えない。店の雰囲気もスタッフもやる気がなく、一度食えばもう十分、早々に淘汰されるだろうと思う。名物の鶏のから揚げ甘酢あんかけオレンジ風味のアレだが、まずくはないというだけのことで、わざわざ食おうとは思わない。鶏肉なら町田のハマケイのほうがはるかにうまい。すき家のバッファローチキンのほうが百倍まし。

久しぶりに小室直樹のカッパ・ブックスなど読んでみたのだが、今からみるとひどい。真面目に書いているものもあるが、中には推敲もなし、下調べもなしに書き殴っているようなものもある。それはそれとして読んで面白いといえば面白いのだけど、流行作家になって、年に何冊も本を出しているとこうなるのかな。当時高校生だった私にはしかしちゃんと書かれたものと書き殴ったものの区別がつくはずもなく、ほぼ全部買って読んでいた。

特に栗山潜鋒の『保建大記』について書いたものなどはひどい。これは予備知識なく読まされた側は良いのか悪いのか嘘なのかほんとなのか判断しようがない。天皇論なども今からみるとかなり雑だ。小室直樹という人を知ったうえで面白がって読むならともかく、判断力の無い若い頃に読んで良い影響もあるかもしれないが悪い影響も無視できないと思う。

とはいえこのくらいおもしろおかしく書かないと本というものは売れないのだろう。これくらいひどくても面白ければ本は売れるものなのだろう。実際高校生の頃の私はこういうものを面白がって読んでいたわけだし。今私が書いているものを高校生の頃の私に読ませたらどう思うだろう。

五月病と言うが、私の場合はだいたい毎年三月くらいにそういうのが来ていた。今まさにその気分なのだと思う。とにかくやる気もでない。やりがいもない。何もしたくない。あれほど楽しかった浅草も今はどうということもない。

早く定年退職したい

もうじき61才になるのだが、今はもう65才で定年退職するのが待ち遠しくて仕方なく、今の仕事はもうとっくに飽き飽きしていて、何の興味もない。

最初の仕事は4年で転職した。次の仕事も4年で転職した。今の仕事はしかしもう25年近くやっている。転職したくてもしようがないからずっとやっているだけだ。私は多分、同じところで同じ仕事をすることに耐えられないのだと思う。どんなくだらない仕事でも、4年おきくらいに転職していればモチベーションは保てると思う。ただ単に飽きっぽいのだと思う。或いは、どんな仕事でも、ずっとやっていたいと思えるほど面白い仕事など存在しないのだろう。どんな仕事でも最初のうちはいろんな新しい刺激があり、未知の世界に触れられて楽しいのだ。

同じように、同じ所に住み続け、同じ町で遊び続けることが私には苦痛だ。どこに引っ越そうと、浅草に暮らそうと大阪に移住しようと博多に住もうと、あっという間に飽きてしまうってことはもうわかってきた。私にはどこにも居場所などないし、これ以上長く生きたところでどうってことはない。

筒井康隆や丸谷才一などを見ていると、年寄りが文章を書いたところで何の意味も無いと思う。年寄りが死ぬまでにどんなことを書くか、年齢に応じて文章がどんな変化をするかという実験にはなっているかと思うが、長く生きたからどうということは何もないように思う。

今書いている本は大きな路線修正があったが、割と好きだ。書いていて思ったのだが、私はたぶん10代の若者に向けてこれを書いている。彼らを読者層として想定して書いている自分がいるがそれは私が年寄りになったせいかもしれない。頼山陽、栗山潜鋒、樋口一葉、或いは内村鑑三、本居宣長。彼らが若い頃どういうことを考えていたかということをいつの間にか熱く語ってしまっている。

10代の頃、私とよく似た友は私の周りにはほとんどいなかった。まったくいなかったと言って良い。しかし私とよく似た人間はたぶん、日本中に、あるいは世界中に散らばって、直接出会うことなく孤独に生きていると思える。本を書けば、そしてそれが世間に知られれば、それらまったく没交渉の、私とよく似た人間どうしで知識を共有でき、経験を分かち合えるように思える。ごく身近な、普段いつも顔を合わせる人とコミュニケーションを取りたいという気持ちには私はなれない。文芸活動とか、最近のSNSなどはもっと私のやりたいことに近いのだが、私の書いたものはなかなか世の中に広まっていかない。

私に近い人たちに私が書いたものを読んでもらうには、私と必ずしも近くはない人たちにも広く読まれる必要がある。そこが難しい。