富士
> 駿河なる 富士の白雪 消ゆる日は あれどもけぶり 立たぬ日はなし
> おほかたは 雪と雲とに うづもれぬ あまりに高き 富士のやまかな
> 富士のねを 木の間このまに かへり見て 松のかげ踏む 浮島が原
> 言の葉の 及ばぬ身には 目に見ぬも なかなかよしや 雪の富士の嶺
> 雪晴るる 朝明けに見れば 富士の嶺の 麓なりけり 武蔵野の原
> 箱根路の 雪踏み分けて 真しらねの ふじの高嶺を 空にみるかな
> もろこしを 出でていくかの 波の上に ふじの高ねは 見ゆとこそ聞け
> 塵積もる 山てふ山を 重ねてや 名高きふじの 山となりけむ
> いつの世の ちりひぢよりか なり出でて 富士ははちすの 花と見ゆらむ
> あけぼのの 春に見初むる ふじのねを 我れ宮人に 行きて語らむ
> けふ見れば ほどもはるけき ふじのねも 同じ雲居の 空と知らるる
> 吹く風に なびかぬ色や おほぞらの 雲と積もれる ふじのしら雪
> いかさまに 雪はすがたの ふじのねを ゑましくみする 春のあけぼの
> 富士の根は 国をへだてて 見しよりも ふもと行くほど なほ雲ゐなる
> 山々は 暮れぬる雲の 空になほ 夕日を残す 富士の白雪
> 山とみむ 山もなきまで のぼりても 雲ゐに高き ふじの白雪
> 夜舟こぐ 富士の川戸に 霧はれて 高嶺に出づる 月を見るかな
> しもふさと むさしを分くる すみだ川 かへり見すれば 富士の真しらね
あふり山
> 藤沢や 野沢にごりて 水上の あふりの山に 雲かかるなり
> さがみ路は 夕立ちすらし ひさかたの あふりの峯に 雲ぞおほへる
> 春まだき あつぎの里の 阿夫利山 いただきの雪 いつか消ゆらむ
> 阿夫利山 あふげば雪は 積もれども 里のさくらは 咲き初めにけり
山
> 四方はみな 壁立ちのぼる やしろ山 大国魂や 造りましけむ
> ふるさとの 空さへ見えぬ 箱根山 越ゆるうまやの すずろにぞ憂き
> 松の火も 木の間に見えて 箱根山 明けゆく峯ぞ なほ遥かなる
> もみぢ葉の うすひの御坂 越えしより なほ深からむ 山路をぞ思ふ
> 畝火山 見ればかしこし 橿原の ひじりの御代の 大宮どころ
隅田川
> 隅田川 岸のむら葦 枯れふして 甲斐が嶺遠き 夢を見るかな
片瀬川
> 帰り来て また見むことも 片瀬川 にごれる水の すまぬ世なれば
> いまさらに ほかへうつるも 片瀬川 にごりし水も すみなれにけり
川
> あすをさへ 頼まぬ老いの みなせ川 けふ人なみに ありて行くとも
> 山川や 落ちくる浪の 早瀬にも 住み馴れけりな 魚のひれふる
> 神田川 きしべにいでて ながむれば 冬のさなかに 桜ふふめり
> 都をば 夜ごめに出でて 朝日山 あさ風涼し 宇治の河づら
海
> かもめ鳴く 入り江に潮の 満つなへに 葦の裏葉を 洗ふ白波
> わたつみの そこともしらぬ とまりして 袖には波の かけぬ夜もなし
> しばしとて やすらふ芝の浜庇 ひさしくみれど 飽かぬ海づら
島
> みわたせば 潮風荒し 姫島の 小松がうへに かかる白波
> 浮き枕 まだ臥し馴れぬ 笹島の 磯越す波の 音の激しさ
> 伊豆の海を 漕ぎつつくれば 浪高み 沖の小島の 見えかくれする
> つねよりも 見るぞ間近き 須磨の浦や 雨の晴れ間の 淡路しま山
閑居
> 山里は もののわびしき ことこそあれ 世の憂きよりは 住みよかりけり
> 世を憂しと 山に入る人 山ながら また憂きときは いづち行くらむ
> 長き夜を ながなが明かす 友とてや ゆふつけどりの 声ぞまぢかき
> あかつきの 夢をはかなみ まどろめば いやはかななる 松風ぞ吹く
> 山里は 麦まき蚕がひ 種おろし 老いたる人ぞ 暦なりける
> 山深く まれにもたれか かよふらむ 苔に跡ある 谷の岩橋
> しづかなる 軒に馴れ来て これもまた 憂き世をよその 谷のうぐひす
> さびしさに たへぬ夕べの 柴の戸を おとづれてゆく みねの松風
> さびしさを 人に見よとは むすばじを 雨の夕べの 小山田の庵
> 寝覚めては こころづくしや もろこしの 草の庵まで 思ふ雨の夜
> 滝波は ただここもとに 聞きしかど 行き見むことは いく岩根踏む
> 拾ふべく 思ひしかども 忘れ貝 難波の浦の 飽かぬながめに
> 風の上に 立ち舞ふ雲の ゆくへなく あすのありかは 明日ぞ定めむ
> 花に咲き 絹に染めつく くれなゐの うつろふ色を 見果てずもがな
> 世の中は かくにもありけれ 軒わたる 蛛の巣がきに 秋の風吹く
> 軒こぼれ かはら砕けて 古寺の 蛛の網にも 月のかかれる
> たてがみを とらへまたがり 裸うまを あづまをのこの あらなづけする
> 我が歌を よろこび涙 こぼすらむ 鬼の泣く声 する夜の窓
> 灯もし火の もとによなよな 来たれ鬼 我が秘め歌の 限り聞かせむ
> すずり石 きしろふ音を 友にして 歌かきつけつ 今日もひぐらし
> 踏み分くる 我れより先の 跡もなし 朽ち葉に埋む 木々の下道
> 西に暮れ 東に明けて 出づる日の 今幾巡り 我れを照らさむ
> 雲と見えば こよひの月に うからまし よしや吉野の さくらなりとも
> 春秋の しづがしわざも 馴れて見つ 田の面の庵に 年を経ぬれば
> 人はいさ 心は知らじ 独りただ 昔の文を 見てぞしのばむ
> 世の中に まじらぬとには あらねども ひとり遊びぞ 我れはまされる
> かかげても なほかげくらき ともしびに 独り起き居て むかふさびしさ
> さびしさも ならひにけりな 山里に とひ来る人の いとはるるまで
> 住み慣れて 年ぞ経にける 山里の 松を昔の 友と見るまで
> 静かなる 山は月日の 遅ければ 老いてぞいとど 住むべかりける
> 耐へてよも あらじと思ひし 寂しさも 慣るれば慣るる 山の奥かな
鎌倉
> 鎌倉の 見越しが崎に 寄する波 岩だにくやす 心砕けて
> 鎌倉や 見越しが岳に 雪消えて 美奈の瀬川に 水まさるなり
> われひとり 鎌倉山を 越えゆけば 星月夜こそ うれしかりけれ
> ととせあまり いつとせまでに 住み馴れて なほ忘られぬ 鎌倉の里
> 今は身は よそに聞くこ そあはれなれ むかしはあるじ 鎌倉の里
> もののふの ふりにし墓を たづねつつ 登れば険し 鎌倉の山
温泉
> 足柄の 土肥の河内に 出づる湯の 世にもたよらに 子ろが言はなくに
> わたつうみは はるけきものを いかにして 有馬の山に しほ湯出づらむ
> 絶えず沸く 出で湯有馬の あたりには 冬も消ぬらし 霜はおけども
> 方々に 出で湯はおほく 聞きしかど ななくりへこそ わきて来けれ
> 尽きもせず 恋に涙を わかすかな こやななくりの 出で湯なるらむ
> 有馬山 雲間も見えぬ さみだれに 出で湯のすゑも 水まさりけり
> みぞれ降り 夜の更けゆけば 有馬山 出で湯の室に 人のともせぬ
> 沸き返り 思ふ心は 有馬山 絶えぬ涙や 出で湯なるらむ
> 都より 辰巳に当たり 出で湯あり 名はあづま路の あつ海といふ
> 伊豆の国 山の南に 出づる湯の はやきは神の しるしなりけり
> わたつうみの 中にむかひて いづる湯の いづの御山と むべもいひけり
> 走る湯の 神とはむべぞ 言ひけらし はやきしるしの あればなりけり
> 海に入り 川に流れて 出づる湯の 尽きせぬ国か やまとしまねは