明治19年まで他

明治2年 (16才)

千代よろづ かはらぬはるの しるしとて 海辺をつたふ 風ぞのどけき

明治3年 (17才)

ふく風も のどかになりて 朝日かげ 神代ながらの 春をしるかな

明治4年 (18才)

をさまれる 世世のためしを 都人 ひなもろともに いはふ春かな

明治6年 (20才)

年たちて いはふにいとど 直なれと わが世の道を おもひけるかな

明治8年 (22才)

花ぐはし さくらもあれど このやどの 代代のこころを われはとひけり

明治9年 (23才)

新しき 年を迎へて ふじのねの 高きすがたを 仰ぎみるかな

けふこゝに わが来て見れば 園のうちの 菊のかをりも 心あるかな

明治10年 (24才)

くりかへし ふみ見ざりせば 天の下 をさむる道も いかでしらまし

明治11年 (25才)まで

見わたせば 朝日に匂ふ ふじのねの 雪の光も あらたまりけり

新しき 年のはじめに たちいでて 日かずつくせる 東路の空

むら鳥の あさりしあとは 雪消えて した萌えいづる 春の七くさ

白妙に 咲きかさなれる 梅の花 見るもたのしき 九重の庭

おぼろ夜の 月の光に くれなゐの 濃染めの梅の かをる庭かな

臣どもを 梅のさかりに ことよせて 集むるけふは たのしかりけり ☆

降る雨の はるるを待ちて 臣どもを 梅の林に つどへけるかな

きのふけふ 降る春雨に 青柳の 緑をそへよ われたのしまむ

見わたせば 芝生かき分けて つくづくし 庭もせきまで おひいでにけり

ときは木の 松のこのまに あらはれて 照らせる春の 夕月のかげ

春雨の ふる音聞けば 咲く梅の 花も散るやと しづごころなし

さきつづく 庭の馬ばの 桜花 こころ勇みて われはみるなり

咲けやさけ 庭の桜の さかりをば みまほしとおもふ 春のこのごろ

夕月の 光につれて 糸桜 すがたをみせよ たかどののまど

はるかにも 向かひを見れば わたつみの 小島の花も さかりなりけり

たかはらの 駒を桜に つなぎつつ のどけき春の 日かげをぞみる

池水の 浮き藻がうへに あらはれて この夕月に 鳴く蛙かな

さきみちし 藤の花ぶさ 風ふけば 芝生の上に なびきてぞちる

しからむと 空ながむれば 明けがたの 月の光も かすかなりけり

春の浦の 潮干のときに 来てみれば 貝拾ひけり 海人のをとめご

長き日も うちわすれつつ 芝くさを ふませて馳する 駒のかずかず

臣どもと 駒はせゆけば 大庭の 梅の匂ひを ちらす春風

さきみてる 梅の花びら のる駒の 前輪にちるも おもしろきかな

朝まだき さわぐ市場に ほととぎす ひとこゑ鳴きて すぐるなりけり

夏深き 夜半の蛍も なにとなく 秋に近づく ひかり見せつつ

人もわれも ともにたのしむ 夏の夜の 更けゆく月の かげのすずしさ

はちすばの 露にやどれる 夕月の 光すゞしき 池のおもかな

山ざるの 手にさへあはぬ さるすべり われはよぢても のぼりけるかな

朝な朝な 庭のまがきの 常夏の 花のさかりを 折りてたのしむ

白駒に うちまたがりて のりまはす 道にて蝉の こゑを聞くなり

秋の風 大海ばらに たちぬらし うちよする波の 音のすずしさ

植ゑおきし 庭の垣根の 朝がほの 花のさかりを たれか見るらむ

木がくれの 庭の秋はぎ 白妙の まさごのいろに 花さきにけり

八千ぐさの 花のさかりを 来てみれば 秋もはてなき 武蔵野の原 ☆

野べ見れば 秋風ふきて 花すすき 夕日ながらに なびくさびしさ

入り日さす 遠山もとの ひとむらに うすくたなびく 秋の夕霧

秋の夜の ながくなるこそ たのしけれ 見る巻々の 数をつくして

秋の夜の 長きにつけて 窓のうちに 見る外つ国の ふみのかずかず

はるかにも 秋の田のもを ながむれば いろこき稲に 夕日さすなり

さしのぼる 空もさやけき 夕月を 芝生にいでて われのみぞみる ☆

吹きわたる 天つ秋風 こゑすみて よもにくもらぬ 月のかげかな

夕ぐれの 空にほのめく 三日月の 見るほどもなく 西に入るなり

深き夜の 雲ゐはるかに 来る雁の ちかづく声を ひとり聞くなり

この秋も ところどころに きくの花 うゑてたのしむ 九重のには ☆

植ゑおきし 都の菊は いかならむ ここの都も けふさかりなり ☆

うゑおきし 庭のかきねを けさみれば 南の瓜の 花のかずそふ ○

冬の夜の 光もこほる 月かげに 松の葉しろく てりまさりける

この朝け 雪に交りて ふる雨の やむかとみれば やむひまもなし ○

ももしきの 芝生のうへに うすわたを しくかとみゆる けさの白雪 ○

このあした けふつむ雪を ひづめにて ふみ分けいさむ 甲斐のくろこま ○

夕まぐれ 降りくる雪に 待つ人の はやくも訪へと おもふなりけり

冬さむく ふる白雪も とよ年の しるしなりとぞ いはふ諸人 ○

玉くしげ あけぬくれぬと 思ひつつ 恋ふる人こそ 見まくほしけれ ○

松風の 吹く音聞きて わがこころ こひしき人を 思ひ出でつつ ○

はげしくも 吹きくる風の 音すなり 青海原に 波やたつらむ ○

風吹けば 波立つ鳥羽の 朝なぎに かもめたちたつ つばさのみみゆ

住みなれし 花のみやこの 初雪を ことしは見むと 思ふたのしさ

あづまにと いそぐ船路の 波の上に うれしく見ゆる ふじの芝山 ☆

をぐるまの をす巻きあげて みわたせば 朝日に匂ふ 富士の白雪

宇都の山 はげしき坂も いまよりは 心もやすく とほるほら道

千町田の ここにかしこに 住む民の 手わざをわれは あはれとぞおもふ ○

賀茂川の むかひをさして 白鷺の ひとりとびゆく 夕ぐれの空

百千里 みちをへだてて 言の葉を とりかはすてふ てれぐらふこれ

をちこちの くまものこさぬ 遠眼鏡 わがよの末も うつらましかば ○

をちこちに ありしことごと 残りなく かき集めても 見するふみかな

都出でて 草の枕の 旅寝にも 恋しき人を おもふなりけり ○

いにしへの ふみ見るたびに 思ふかな おのがをさむる 国はいかにと ☆

あかつきの 鐘のひびきに 夢さめて わがなすわざを 思ふなりけり ☆

をさまれる 世の中にしも 海原の 舟のそなへを 教へおきける ☆ (林子平)

きのふけふ 長き春日に われと臣と 昔のふみの ものがたりして

こぞよりも 今年はいとど 国の内に ひらくる道を いはふ春かな

かくばかり 治まれる世の うれしさに 民もさちある とき祝ふなり

くれなゐの 梅のひと枝 たをりきて 白きもともに みせにけるかな

やまととは ことかはりたる 西洋の ものも物には よるべかりけり

むかしべは 弓と刀を もちひしが 代もかはりたる つつの音かな ○

あきのよの 長きにあかず ともし火を かゝげて文字を かきすさびつゝ

あたらしき 年のほぎごと いふ人に おくれぬけさの 鶯のこゑ

日にそひて けしきやはらぐ 春の風 よもの草木に いよよふかせむ

まさかりの 梅の林に さす月の かげさへかをる 春のゆふぐれ

白妙の うめもかがりに てらされて 薄紅に にほふよはかな

呉竹の ふしおもしろき 言の葉に ならす扇の 風ぞすずしき

波のうへに 見るより涼し 須磨のうらの 松のこのまの 夏のよの月

もののふの たけきいさをは かほばせに あらはれ出づる いたりやの王 ○

秋の野の ちぐさの花を とりどりに かざして虫の いづちゆくらむ

秋山の ふもとも見えぬ 夕霧に こゑのみわたる 鴈のひとつら

わが国の ためにつくせる ひとびとの 名も武蔵野に とむる玉垣 ☆

ふけゆけば いよいよ寒し 浅茅生の 霜にきらめく 冬のよの月

人もわれも 道を守りて かはらずば この敷島の 国はうごかじ ○

まつろはぬ 熊襲たけるの たけきをも うち平げし いさを雄々しも

ふるさとの 木々の落葉の たき物を 袖にとむるも 嬉しかりけり

明治12年 (26才)

本尊を かけたかと問へば 鶯が ほうほけ経と こたへてぞ鳴く

植ゑわたす しづが門田の 若苗の なびく緑の かぎり知られず ○

山の端を はなれもあへず ひさかたの 空にみちぬる 月のかげかな

秋の夜の ふけゆくままに さす月の 光くまなき 庭のまさごぢ

のる駒の 手綱かいくり かへるさに かへりみすれば 月ぞいでたる ○

乗る駒を はやめて帰る 夕暮れに 鳴きこそ渡れ 天つかりがね

限りなく かけつらねたる ともしびの 照らすもすずし 庭の池水

あらたまの 年もかはりぬ 今日よりは 民のこゝろや いとゞひらけむ

山の端を はなれもあへず 久方の 空にみちぬる 月のかげかな

湊船 あさびらきする 波の上に うつるもうすき 在明の月

常磐なる 松の木のまの 初紅葉 いろめづらしと 折りてけるかな

いにしへの 由井のはまての 跡おひて 弓矢とる身の 勇ましきかな

明治13年 (27才)

うつるなよ しもはおくとも わがみつつ たのしむ庭の しらぎくの花 ○

冬ふかみ 霜にかれゆく 花すすき ほのかにのこる 武蔵野の原 ○

ゆたかにも くれてゆくなる 都べの 年をうれしと おもふわれかな

むかし誰が かけし板橋 いまもなほ 朽ち残りてぞ 人わたりける

むら雲の たえまたえまに 夕月夜 さすかとみれば かつかくれつゝ

萩の戸の 露にやどれる 月影は しづが垣根も へだてざるらむ

一枝は もみぢしにけり むら時雨 いそぎてそめよ あとのこずゑも

なれなれて へだて心も なかりけり わが九重の にはにすむ鶴 ○

明治14年 (28才)

あたらしき 年のはじめの 寒き夜に 榊葉うたふ そのの内かな

竜のふす 丘の白雪 ふみわけて 草の庵を とふ人やたれ (諸葛孔明)

霧はれて 風しづかなる 秋のよの 月にすみゆく 虫の声かな

埋火を かきおこしつつ つくづくと 世のありさまを 思ふよはかな ○

うゑおきし 庭のくれ竹 よよをへて かはらぬ色の たのもしきかな

明治15年 (29才)

照る月の 光ににほふ 白菊は 昼見るよりも さやけかりけり

朝まだき 葦毛栗毛の 駒なべて はせ行く道に かり鳴きわたる

いく秋も かはらぬものは 白露の 玉しく庭を てらす月かげ

風かよふ みはしにいでて ながむれば 月もうつれる 庭のまさごぢ

くもりなく 照りこそわたれ 伊勢の海の 清きなぎさの 秋の夜の月

わたつみの 波の千尋の 底までも てりとほるらむ 秋の夜の月

黒駒に ひとむち入れて 武蔵野の まはぎのさかり いざや見てこむ ☆

住みなれし わがふるさとは 夏草の 深きところと なりにけるかな ☆

うゑおきし 庭の白萩 花さきて みるもたのしき 夏の夕ぐれ

駒なべて 大森の海 見に来れば けふこそ花の さかりなりけれ

夏草の 茂れるかげも 川水に うつるを見れば すずしかりけり

たかまやま 空にとゞろく いかづちの 声にきほひて 夕立ぞふる

村雲の おほふと見しは 夕立の みねより嶺に かかるなりけり

かきくもり 降るゆふだちに 荒磯の 波もしばしは 音なかりけり

いつのまに 秋は来にけむ あまの原 夕日のかげも すずしかりけり

ふるさとゝ なりし都は 萩の戸の 花のさかりも さびしかるらむ

久方の 空ゆく月も 海原の 波間にかげは うきしづみつつ

沖つ波 なるとの海の はやしほに やどり定めぬ 月の影かな

山もなき 青海原の 波の上に 待てどもおそし 秋のよの月

窓のうちに さし入る月の かげふけて 軒端しづかに 松風ぞ吹く

昔より ながれたえせぬ 五十鈴川 なほ万代も すまむとぞ思ふ

明治16年 (30才)

このごろは かきねの柳 のきの梅 みな鶯の やどゝなりぬる ○

黒こまの たづなひきしめ ここかしこ 梅をたづねて いでしけふかな ○

さきみちし 梅の梢に ふれつらむ けさふく風の かぐはしきかな

さかりなる 庭のうめがえ たをらせて 人と共にも かざす今日かな

春ながら 吹く風寒み 桜ばな いつ咲くべくも 見えぬ年かな ○

駒なべて 見にこしものを 小金井の さくらのはなの 散りかかるらむ

春風の ふきのまにまに 雪とちる 桜の花の おもしろきかな

いろいろの 袖ふりはへて 宮人が すみれつむなり 武蔵野のはら

ふる雨に を笠とりどり しづのをが みなくちまもる 小田の苗代

水無月の 照る日ざかりの 草の原 風のわけたる あとだにもなし ○

庭のおもに 刈りのこしたる 夏くさも 露おくけさは すずしかりけり ○

乗りてゆく 駒の黒髪 うちなびき 今かふり来む 夕立のあめ ○

夏あさき 山下水を きてみれば きのふの春の 花ぞながるゝ ○

薄くこく みどりかさなる 夏山の 若葉のいろの なつかしきかな

てすさびに さしゝ垣根の 卯花も この夏よりぞ 咲きそめにける

夏草の しげりしげりて 岡のべの 小松もわかず なりにけるかな ○

雲は晴れ 風はのこりて ゆふだちの 過ぎしあとこそ 涼しかりけれ ○

庭のおもは 若葉しげりて すずかけの 花咲く頃と なりにけるかな ○

ときのまに 千里かけらむ 駒もがな 糺の森に すゞみてをこむ

水の上に 咲きなびきたり 萩が花 うつれる影も 見えぬばかりに

くれわたる 庭の芝生に おく露の ひかり見えゆく 夕月のかげ

ふかゝらぬ 庭の草にも 虫のねの きこゆる秋と なりにけるかな

隅田川 ゆふべすずしき 波のうへに ふきくる風は 夏としもなし ○

朝づく日 つゆにかがやく 草村に のこりてもなく 虫のこゑかな

をぐるまの うちよりきけば 虫の 声をわけゆく ここちこそすれ

むらさめの雫もいまだおちやまぬ松のひまより月ぞさしくる

白波のよせてはかへる長浜のまさごぢとほく照らす月かな

なきわたる鴈のつばさにかかりけり月まつ山のゆふぐれのくも

ふじのねも見えずなりけりいづくまでたちのぼるらむ秋の夕ぎり

子日せし小松が原も夕霧のたなびく秋はさびしかりけり

もろ人と共にかざさむいく秋もまがきに匂へしら菊の花

松が枝にまじるもみぢの色ふかみ山べおぼゆる庭のおもかな

いさみたつ駒にくらおけ飛鳥山そめはじめたる紅葉みてこむ

いさみたつ駒にうちのり玉川の鮎とるわざもみつるけふかな

庭のおもの芝生に水をそそがせてすずしくなりぬ夏の夕ぐれ

風のおとにたちいでてみればのこりなく若葉となりし庭のおもかな

嵐ふくやまぢをゆけば松の葉も紅葉と共にみだれてぞちる

みな人のちからあはせて庭のおもにきづきあげたる雪のしら山

いさみたつ駒にうちのり吹上のにはの雪見にいでしけさかな

つくづくとむかしの秋もおもひいでてひとりながむる夜半の月かな

さ夜ふけてゆききもたえし橋のうへに月ばかりこそ照りわたりけれ

さやかなるこよひの月にすみなれし都の秋を思ひ出でつつ

しげりあふすすきが中にまじりつつ咲く花おほし武蔵野の原

長月のこよひの月はしらぎくの花にのみ照るここちこそすれ

むらさめの雲ふきはらふ秋風にをりをりみゆる星のかげかな

そのもりのいたはりしるく菊のはなさかりひさしくにほひけるかな

ふるさとの庭のさくらも橘もうづもれぬらむけふのみ雪に

雪つもる庭のけしきをもろともに見ばやと人をまつゆふべかな

たかどのにのぼりて見れば白雪の光まばゆき富士の遠山

朝戸あけて富士のたかねを見わたせば神代の雪に日かげさすなり

いざけふは 手なれの駒に うちのりて 野山の雪の けしきみて来む ○

かりそめに つくりし庭の 雪ぼとけ 近きまもりに たちならびけり ○

みなびとの 手ごとにもたる 網のめを のがれかぬらむ あはれ水鳥 ○

おきつ波 よりくる舟の としどしに 数そふ世こそ たのしかりけれ ○

きのふけふ 庭に放ちし 犬の子の 人なれゆくも あはれなりけり ☆

明治17年 (31才)

筑波嶺も ゆき消えぬらし 隅田川 かはかみ遠く 霞たなびく

我が庭の うめの林の ひろければ よそにうつらぬ 鶯のこゑ ○

あかねさす入り日の丘を越えくれば濃ぞめの梅もひらきそめけり

ふるさとのあれし垣根ももえいづる草のふたばのめづらしきかな

春の野の雪間に得たる初若菜はつかなれどもうれしかりけり

はるふかき山の林にきこゆなり今日をまちけむ鶯の声

いつのまに生ひしげるらむとのもりが刈らぬ日もなき庭の夏草

わが庭の流れにかけし板橋をわたりてもみる夏の夜の月

くもはれて清きこよひの月かげに池の蛙も声たてにけり

雲はれしこよひの月は玉だれのうちよりみるも涼しかりけり

あまつかぜこの村雲をふきはらへ涼しき月のかげもみるべく

たかどのゝ軒にさしいる月みれば風なき夜半はも涼しかりけり

はしゐして風をまてどもくれたけの枝もうごかぬ夏のよはかな

旅衣あさたつ袖をふきかへす松風すずし浮島が原

芝の海夕霧はれて照る月にくまなく見ゆる安房のとほ山

雪もなく霧もかゝらぬ月かげを芝生の露にやどしてぞみる

ゆふされば庭の草葉も露おきてはなたぬむしの声ぞきこゆる

むさし野の千ぐさの花はちりすぎてすすきにのこる秋の風かな

白川の関うちこえて見しかげもおもひぞいづるあきの夜の月

あまつ風ふきのまにまに雲はれて照りこそまされ秋の夜のつき

いはまよりおちくる滝の音すみて山かぜ寒しあきのよのつき

ひさかたの空にありながらわたつみの底まで照らす秋の夜の月

秋の夜の月の光はかぎりなき海のうへにもみちわたりつつ

秋の夜の月の光にしら雲のあはも上総もみえわたるかな

しづのをが門田の稲葉かりあげて月にはこぶもたのしかるらむ

駒ならす庭さやかなる月影にまがきの菊の花もみえつゝ

朝日かげのぼるきしきはみえながらなほ霧ふかしをちの山のは

信濃なる河中島のあさ霧に昔の秋のおもかげぞたつ

秋ごとに匂ふしら菊もろ人と共にみるこそたのしかりけれ

みる人のかげと共にも池水の底にうつれる岸のもみぢ葉

いつしかと待たれし菊は咲きにけり花のむしろもいまやひらかむ

九重のひろき庭にもしらぎくの花の匂ひはみちあまりけり

おく霜にうつろひそめし白菊をもとの色にもかへす月かな

風ふけばおつるこのはに朝なあさなはらふ庭ともみえぬころかな

すみなれて誰かみるらむ伊豆の海のおきの小島の冬のよの月

空はれて照りたる月に遠山の雪のひかりも見ゆるよはかな

富士のねもはるかに見えてあしたづのたちまふ空ぞのどけかりける

冬ふかき山のすがたもあらはれて風のまにまに散る木の葉かな

こがらしの音のみ冴えてここのへの庭のながれもこほる夜半かな

諏訪の海の氷の上に照りわたる光も寒し冬の夜の月

黒駒のたてがみ白く見ゆるまで狩り場の小野にみぞれふるなり

をしめども今年はくれぬあたらしき初日のかげにいざやむかはむ

雪のうへに朝日かがやく富士のねを見れば心もはれわたりつつ

もののふの撃つつつゆみのけぶりにもまぎれぬものは富士のしらゆき

ふる雨にかざしの花もぬるるまでみまへにうたふもろ人のこゑ

明治18年 (32才)

武蔵野は 雪とけそめて あらこまの いななく声も 春めきにけり

おのづから 春の光は あらはれて かすみたなびく 多摩の横山

わがやどの かきねの梅の 花ざかり ともにみるべき 人をこそまて

咲き匂ふ 濃ぞめの梅に ふりかかる 雪おもしろし 寒くはあれども

こぎいでて 船よりみれば 横浜の 港もかすむ 春のあけぼの ○

にはのおもの ひと木のさくら ひとりのみ 見むはさびしき 春の夕ぐれ

花さかば いづこの山の 奥までも 駒にまかせて ゆかむぞと思ふ ☆

ひとむらの 雲だに見えぬ 大空に みちてすずしき 夏の夜の月

しばしだに まぢかく見むと 露ながら かめにさしたる 朝がほの花 ☆

まどあけて 見るとしらずや 呉竹の しげみがなかに 鶯のなく ○

春風も よきてふくかと 思ふまで さかりのどけき 花のかげかな

おぼろよの 月も梢に さしいでて にほひ加はる 花桜かな

春霞 たなびく山は とほけれど 雲ともみえぬ 花の色かな

墨染の ゆふべをぐらき 池水に なほ影みゆる 山吹のはな

ゆふだちの はれゆく空に たつ虹を たちいでて見ぬ 人なかりけり ○

しばがきに まとひあまりて 萩の葉の 末にもさけり 朝顔の花 ○

紅葉より あかく見ゆるは ふねのうちに つらなる臣の こゝろなりけり ○

ひとしきり さそひし風は しづまりて おのがまにまに ちる紅葉かな ☆

あらしふく 庭のもみじ葉 あさ霜の うへにちりたる 色のさやけさ ○

厚氷 とじたる池の 底までも てりとほるかと みゆる月かな ○

ゆきかひの 道をぞ思ふ わが園の 草木もうづむ けさのみゆきに

ふりつもる 梢の雪を はらはせて 今朝こそ見つれ 梅のはつ花 ○

ふるさとの 木々の落ち葉の たき物を 袖にとむるも うれしかりけり ○

冬ふかき 池のなかにも ほとばしる 水ひとすぢは こほらざりけり ○

高殿に のぼればすゞし 品川の おきもまぢかく 月に見えつゝ

明治19年 (33才)

年のたつ あしたに見れば ふじのねの 雪の光も あたらしきかな

わがそのゝ 梅の花見む この春も こぞにかはらぬ 人をつどへて

折りて挿す 濃染めの梅の 花瓶に 白きひと枝 誰が混じへけむ ○

すがのねの 長き日ぐらし をとめ子が とれどもつきぬ つくづくしかな ○

けさよりも また咲きそひて 春の日の ながさしらるる 糸桜かな ○

ともしびの 光をかりて 窓の外の 花もてあそぶ よはの楽しさ ○

さよふけて 吹く松風の おとたかし このまの桜 いまかちるらむ ○

しづかなる 池のこころも 動くらむ みぎはの花に 風わたるなり ○

高殿に のぼりて見れば をちこちの 花も今日こそ 盛りなりけれ ○

春雨の はれまになりぬ いでて 散りのこりたる 庭の花みむ

おしなべて 若葉になりぬ 桜ばな 咲きし梢は いづれなるらむ

しげりあふ かきねの草の 露の上に 光もあをく とぶ蛍かな ○

はるかぜに いなゝく駒の 声すなり 花の下道 たれかゆくらむ

玉だれの をがめの内に むさし野の 千ぐさ八千草 さしてみるかな ○

若竹の しげみもりくる 月かげは くまなきよりも 涼しかりけり ○

故郷の かきねのすゝき まねきても かへらぬものは 昔なりけり

いづくにて 鳴くともしらぬ 虫のねの 枕はなれぬ 秋のよはかな ○

粟田山 くもふきはらふ 松風の うへにいでたる あきの夜の月

みな人も まちわたるらむ 我園に うゑたる菊の 花のさかりを

つかさびと わたりけらしも 霜の上に 駒のあとある 門の板橋

雪のうちに 鈴の音きこゆ 狩人が しらふの鷹を いま放つらむ ○

ふけぬるか 神のみかきに 霜みえて 澄みこそのぼれ あかぼしの声

冬がれの にはのしばふは 朝霜の おくも消ゆるも わかれざりけり

千代ふべき みぎりの松は おくしもを 寒きものとも 思はざるらむ ○

したさゆる 冬のよどこに ねざめして 衾かさねぬ 人をこそおもへ

九重の うてなの竹の ふかみどり かはらぬかげぞ 久しかりける

こゝのへの みぎりに馴れて すむたづの 千代よぶ声を きかぬ日ぞなき ○

不明

世を治め 人をめぐまば 天地の ともに久しく あるべかりける

見わたせば 波の花よる 隅田川 ふゆのけしきも こころありけり

いつみても あかぬけしきは 隅田川 なみぢの花は 冬もさきつつ

みわたせば つらなる桜 さきみちて 朝日に匂ふ 春野のたのしさ

池水に かげをうつせる 藤波の 花の盛の おもしろきかな

うちかすむ 梢がくれを かよふなり この船いかに のどけかるらむ

言の葉も ともにしげりし 夏草の 露と消えても 名はのこりけり

豊浦がた 千船もゝふね いりみだれ 波にしづみし 昔をぞ思ふ (長門国豊浦郡、壇ノ浦のことか)

をやみなく 降りつづきたる さみだれの ながめもけふは 晴れむとすらむ

九重の 雲ゐに匂ふ たきものゝ かをりにきみが 心をぞしる

ここのへの うてなの竹の 千代かけて さかえむ世こそ たのしかりけれ

おくりにし 若木のまつの しげりあひて 老の千歳の 友とならなむ

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