執筆活動

ここのところ1週間くらいkdpはkenpも注文数も0。ところが一部のランキングは動いていて不思議だ。『潜入捜査官マリナ』とか。なんでやねん。amazonのページにアクセスがあったとか?それとも購入済みの本にページビューがあったとかか?
ランキングが10万とか100万の世界だとそのくらいでランキングが変動するのかもしれんね。
不思議ついでだが『藤原定家』とか『シュピリ』も割とランキングが動いてて、こいつらは私が出版したわけではないので注文数とかkenpが動かなくてランキングだけ動いてても何の不思議もないのだが、kindle unlimited に登録されているから誰かがときどきチラ見しているということだろう。『シュピリ』はともかく『定家』も読まれているとは嬉しいことだ。

いや、嬉しくはなくて、ある日から注文もkenpも0になって世の中から見捨てられるのではないかという恐怖はずっとある。

いろいろ種を蒔き始めて10年が経ったわけで、このまま一部の人たちに名前を覚えられてなんかそのうち花咲くときがくれば良いななんて思ってる。

カクヨムは相変わらず。最初だけ少し反応があって、その後まったくアクセスが途絶える。ただし『伊勢物語』は別。悩ましい。『伊勢物語』を読んで他の作品もついでに読んでくれる人がいればいいのに。ていうか皆無ではないと思うが、ほとんどいまのところその効果は無い。
ときどきコメントとかレビューされることがあるがなんかこの人プロの研究者かな?とか思えるときもあってちょっとびびる。

エウメネス再考

10年以上続けてみないと見えてこないものはあるわけで。2013年にkdpで『エウメネス』を出して、以来、なぜか私が書いたものの中で『エウメネス』だけが読まれ続けていて、なぜかなと思って調べてみると、エウメネスを主人公とする漫画『ヒストリエ』があり、ああ、『ヒストリエ』を読んだ人がついでに私の小説にも興味を示して読んでくれているのだろう、とそのときは納得していた。
そのままずっとそれで納得してたのだが、最近は、必ずしもそれだけじゃないんじゃないかと思い始めた。
私が書いたもので比較的継続して読まれているものには、カクヨムで出している『伊勢物語』がある。この『伊勢物語』と『エウメネス』に共通しているのはどちらも娯楽ものというよりは教養ものという性質の読み物であるということ、学習参考書的な性質を持っているということだと思う。
思うに、『ヒストリエ』を読んでアレクサンドロス大王に初めて興味を持った、という人はおおぜいいるに違いないが、そうでなくとも、アレクサンドロス大王に興味を持つ人はいるに違いない。世界史を学んでいて、『ヒストリエ』を参考にしようとしても、『ヒストリエ』は時代考証的にはかなり怪しいので、楽しみながら読めてもう少し役に立つ読み物はないかと探すと『エウメネス』にたどり着くのではないか。
あとはやはり、アマゾンでポジティブなレビューがついているのはやはり大きく、ときどきランキングで浮上して目に付くというのもかなり効いていると思う。
古代ギリシャものというのは古代ローマものと同じくらいに日本人には人気が高い。ギリシャものを読みあさっていくと、アレクサンドロス大王についてしっかり書いたものはそれほど多くはない。塩野七生も『ローマ人の物語』の二番煎じで『ギリシア人の物語』というものを書いた(書かされた)が、このできがあまり芳しくない。いろんな意味で不満が多い。少なくとも私としては。
これが英語圏の書籍であればアレクサンドロス大王について書いた本はゴマンとあって無名の作家が書いても埋もれてしまうのかもしれんが、日本語だとあまりない。あったとしても、断片的で、全体をざっと俯瞰し網羅するのに向いてなかったりする。あるいは逆に、概要だけで詳細がつかめないとか。
日本語でギリシャものといえば、神話とかアテナイとかあのへんのやつばっかりで、アレクサンドロス大王とかマケドニアあたりは案外手薄だ。
今はウィキペディアがあるから手間をかけて調べようと思えば別に小説を読む必要はないのだが、時間かけてあちこち調べるよりも手っ取り早くまとまった本を読みたい、という需要はやはりあるはずだ。
つまり、需要はあるが供給がない状態、ブルーオーシャンになっているのだろうと思う。
『伊勢物語』に関していうと、たぶん、これは高校生や受験生が見に来ているのだと思うが、ほかにも似たようなサイトはいくらでもあるのだけどたまたま、カクヨムだと検索の上位に来やすいとかそういう理由で見にきているのではなかろうか、と思う。極めて残念なことながら『伊勢物語』を読んだあとにカクヨムにおいてる他の私の作品も合わせて読まれているという傾向はほとんど無いと言って良い。
カクヨムでいうと『六波羅殿御家訓 現代語訳』もなぜかかなり読まれていて、といっても『伊勢物語』に比べると1%くらいだが、こういうものにはある一定の需要があることがわかる。

『エウメネス』を読んだ後にたとえば『エウドキア』などを読んでくれていることは、まったくないわけではなさそうだが、しかし、私の著書を一通り全部読んでみようという人は、まだおそらく、ごくわずかしかいない。
つまり私は、教養ものとしてはまあそこそこ読まれてはいるものの、娯楽ものとしてはほとんど需要がない、という状態にある。カクヨムだとあるところまでは読まれるが、それ以後ピタリとPVが止まる。それはkindle本でも同じように言える。読まれないものは永久に読まれず、埋もれてしまい、存在しなかったことにされてしまう。
10年近く小説を書いてみてわかったのはそういうことだ。また、10年続けてて少しずつ認知はされてきているのだと思う。

いつかパタッとPVが止まるのではないか、というのは恐怖で、逆に、今後もじわじわPVが続く、というのはとても心強いものだ。
とはいえ、一番売れてる『エウメネス1』でさえ、実売は500冊くらい。しかし、これが今後1000冊、2000冊となったらどうか。出版社に持ちかければ書籍化してくれるかもしれない。
まったく無名の作家が広告費もかけずに500冊売ったということにどれくらいの可能性があるものだろうか。

ブログ

自分のレンタルサーバーでwordpressで日記書くのを諦めて、そのあと、カクヨムとかnoteとかも使ってみたが、ブログのようにアーカイブをただちに参照できるようにはできてなくて、つまり、何年にもわたって書きためるには向いてない。
で、自前のwordpressを持たないと決めたら残る選択肢はハテナブログくらいしかない。
ハテナブログはwordpressのすべての機能を使えるわけではない。でも、勝手に関連する過去記事のリンクを表示してくれるのはとてもよい。まあこれもおそらくなんかのプラグインを入れてるだけなんだろうけど。しかしそういうことを自前のwordpressでやろうとするとめちゃくちゃ重くなったりメンテがたいへんだったりするから、やはり便利といえば便利だ。
なので、あちこち書き散らすのでなくブログに回帰してくるかもしれん。
つまり、ブログはtwitterみたいな即時的な交流は(少なくとも昔ほかにほとんどSNSのたぐいがなかったころのような)期待できないがこつこつ書きためてアーカイブするには良い、ということだと思う。

渡り職人

中国で研究者になるというのが流行りらしいが、ケースバイケースではなかろうか。研究者というのは本来は渡り職人みたいなもので、中国だろうがアメリカだろうがヨーロッパだろうが世界中、あるいは日本国内でも、渡り歩くので良いと思う。
しかしながら年を取ってくるとそういつまでも転がる石みたいなことは(生涯年収的に)できないからどこかに落ち着くとなると、自分にとってそれなりに住みやすいところに住むしかなかろう。
中国に数年腰掛けるだけなら行けばいいんだろうが、そんな簡単に縁を切ることができるのだろうか。いろいろリスクがありそうだ。研究者が渡り職人であるためには労働市場の流動性が必要なわけだが(日本にはそもそもそれが無い)、中国に行って簡単に転職したり帰国したりできるんだろうか。
小説もブログも同じだが、何年も書きためてみなくてはわからんことは多い。長期的にみたときにふらっと中国に行ってそれで大丈夫なのだろうか。とは思わないのだろうか。
あとわざわざ中国が引き抜きにくるにはいろんな理由があるはずで、それをわかった上で引き抜かれようというのは、いろいろモラル的にはどうかと思う。
いずれにしてもマジで必要とされている人ならどこへでも行けるはず。もっと露骨に言えば、日本だけじゃない、アメリカでもヨーロッパでも相手にされなかったから中国に拾ってもらったんでしょ、としか思えない。
もひとつ。中国のアカデミズムは今やすでに世界最高水準だ、という評価には疑問を感じる。論文数や特許件数なんてのは、あれは商売と同じでマーケティングさえすればいくらでも水増しできるものだ。正味ははたしてどれほどだろうか。

ヘッドホン聴き比べ

在宅勤務が増えたせいで最近ちょっとヘッドホンに凝ってるのだが、ロジクールのヘッドセット(1万円くらい)、マランツ(8千円くらい)、オーディオテクニカ(2万円くらい)を聴き比べてみた。
オーディオテクニカの ATH-M50x だが、こいつが一番音が細く聞こえ、ロジクールが一番音が良く聞こえる。
ところが、よくよく聴き比べてみると、オーディオテクニカが一番高音が聞こえやすくて、だから音が細く弱く聞こえるのだった。
同じ音量で聴くと明らかにオーディオテクニカが一番ゲインが高い。
オーディオテクニカの後にロジクールを聴くと音がモコモコして聞き取りにくい感じがする。
オーディオテクニカとマランツ MPH-2 の差はわずかだが、やはりオーディオテクニカのほうが高音が聞き取りやすいように思える。
あと、オーディオテクニカは側圧が強くて、ノイズキャンセリングではないのにものすごく密閉されている感じで、周りの音が聞こえなくなる。その代わりさすがに付けていて疲れる。密閉すればするほど高音が聞き取りやすくなる、ということもあるのかもしれない。

なので、よほど音質を気にするような作業をするときはオーディオテクニカだが、ふだん音楽を楽しむときはマランツで良いのではなかろうか、と思った。

あと、思ったのだが、冨田勲の昔のシンセサイザーのアルバムなどを今聴いてみるととても音が悪い。おそらく冨田勲自身が自分でオープンリールのテープレコーダーかなんかで多重録音しているのだろうが、そりゃまあ昔の機材だとこの程度の録音しかできなかったのか。
音がこもっているというか割れているというか。ダイナミックレンジも狭いし、まあふつうにLPにカッティングするんだから仕方ないんだろうけど、『宇宙幻想』とか、せっかく迫力ある盛り上がる曲なのに、もったいないと思う。今録音してたら全然違ったんだろうが、逆に、今だとシンセサイザーなんて珍しくもないからね。
ヘッドホンじゃなくて、BoseのPCスピーカーなんかでボコボコ鳴らすと逆に迫力があってよろしい。

Cyndi Lauper

ミュージックビデオ風のいかにも作られた映像は口パクのようだ。
67才になってあんなに踊りながら声を出せるはずもない。

地味な、スタジオ収録をそのまま撮影したようなやつで、座ってるか、立ったまま歌ってるやつはたぶん生声。

40才くらいまでのコンサートなんかはたぶん全部生声。

シンディ・ローパーのすごさがいまいちわからなかったが、ああやって飛び跳ね走り回りながらあれだけ歌えるのはすごい。普通の歌手、たとえば、ブリトニーとか、ベリンダ・カーライルとか、あのへんだと、何度も何度も取り直してつないで修正してやっとあの声で歌えてるわけで、コンサートの生声で歌えるわけがないのだ。
そうしてみると日本人でシンディ・ローパーに対抗しうる女性歌手には宇多田ヒカルくらいしかいないのではないか。まあ、和田アキ子を入れても良いが。
なんかだから趣味がね。ブリトニーのMVいいなあとか昔は思ってたが今はシンディ・ローパーとか宇多田ヒカルが良いなあと思い始めた。毎回毎回歌い方が少しずつ違うってのはすごいことなんだよね。

いやまあ実は、シンディ・ローパーが audio technica のヘッドホン使ってたから思わず欲しくなってしまったんだ。

バック・トウ・ザ・フューチャーに出てくる日本製品

ビデオカメラはJVC。
ラジコンはfutaba。
カセットテープレコーダーは AIWA。
ラジオ付デジタル時計は Panasonic。
腕時計は CASIO。
ピックアップトラックは TOYOTA。
ストップウォッチは SEIKO と CITIZEN。

Wikipedia > 映画バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3の劇中、1955年のドクが「安物を使うからだ。見ろ、Made in Japanと書いてある。」と言ったのに対し、マーティが「なに言ってんのドク。最高のものはみんな日本製だよ。」と返し、「(敗戦国の日本とは)信じられん。」とドクが驚くというシーンがある。

まあ、アメリカ人としては、一種の自虐ネタなんだろうけど。
時代設定としては1985年。私は大学一年生だった。電気電子工学科入学。
あの頃は、バブルへと駆け上がっていく途中。
NHKなんかも電子立国日本って煽ってた。
私も煽られて電気電子の世界へ飛び込んでしまった。
今なら絶対あり得ないと思う。工学部に行くにしてももちょっと違うほうへ行くと思う。
バック・トウ・ザ・フューチャーも、日本が景気が良すぎてアメリカは不況で日本がアメリカを買っちゃうみたいな設定だった。
あの頃の日本の電機産業って今からおもうとほんとすごかったな。