左翼は良い仕事をした。

私は高校生の頃、日本史ではなくて世界史をとったのだが、それは、日本史というのは世界史が理解できないような馬鹿が取る科目だと思ったからだ。世界史もわからないのにどうして日本史がわかるのだろう。日本史というのはローカルで、閉鎖的で、つまらぬ学問だと思った。語呂合わせで年号を覚える勉強に思えた。或いは戦国オタクや幕末オタクがやる科目だと思った。三十年前は明らかにそうだったし今でもだいたい同じだ。古文や漢文は面白かったから古文II、漢文IIまで取った。古典は嫌いではなかった。しかし日本史は嫌いだった。

私が文系を馬鹿にして理系に進んだのもだいたい同じ理由であった。文系なんてどうせ大学四年在学しててろくに勉強なぞしないのだから行くだけ無駄だと、普通の感覚の人間なら思うだろう(しかし世の中は文系がマジョリティなのだから、一般社会では彼らが普通なのだろう。人間社会で馬鹿がマジョリティなのは別に驚くべきことではない)。

今から思えばだが、江戸時代の文人が到達した日本史というものはそれなりにレベルは高く、成熟したものだった。その思想は十分に明治維新に耐えた。少なくともドイツやイタリアで起きた市民革命と同レベルの水準にあった。しかし次第に陳腐化した。敗戦によってそれまでの日本史は否定された。過去の遺物ということになった。左翼につけいるすきを与えた。左翼は日本史をさんざんおもちゃにし、切り刻み、解体した。おかげで右翼の気づかない、敢えていじらないところもいじった。日本史はそれでそれなりに戦後進歩したのだが、しかし左翼思想によって明らかにおかしな方向へねじ曲げられ、粉飾された。

左翼(革新)の仕事には見るべきものもあり、右翼(保守)の一部もその意義に気付き、自分たちの理論武装に取り入れようとする動きもある。現代的な保守思想というものも生まれつつあるのを感じる。しかし多くのネトウヨを含む右翼は、未だに戦前の、場合によっては江戸時代とか神皇正統記の頃の理論を使おうとする。それでは左翼の思うつぼである。坂本龍馬を偉人だと思う連中と同じで、何の役にも立たない。それだからある程度もののわかる若者は右翼や日本史を馬鹿にして学ばないのだ。左翼はこれまでかなり敵失に助けられてきたのだ。もちろん私は左翼が大嫌いだ。三十年前から嫌いだった。私は右翼のふがいなさに悔しくて仕方なかった。右翼はなんて頼りないんだろう。馬鹿ばかりで。日教組みたいな左翼連中をのさばらせて。朝日新聞みたいなやつに勝手ほうだいなこといわせて。高校には右の教員もいたし左の教員もいた。右の教員は合気道をやっていた。精神論者だった。なんのロジックも身につけてなかった。これじゃダメだと思った。

古文Iの教員はただの粗暴な馬鹿だった。古文IIは合気道。しかし、古典文法はなぜか英文法の教師が教えていた。わりとまともな教師だった。そりゃそうだろう。英語のわからんやつに古文が教えられるわけがない。

日本史というのは私は研究するに値しない学問だと思ってきた。しかし和歌を詠み、和歌好きがこうじて小説を書くようになって、いろいろ調べるうちに、面白いところもあるなと思い始めた (何度も言うが世界史はもともと好きだった)。高校までに習う日本史というのはほとんどすべてでたらめであり、それを一つ一つ直していく作業がなかなか面白いと思い始めたのである。日本史ほどつまらぬ学問はないというのは小林秀雄も言っている通りだ。もともとつまらないのではない。誰のせいかはしらないが、あれほど面白い学問をあれほどつまらなくした何者かがいるのである。私も小林秀雄にまったく同感だ。

今の日本史は救いようがない。今のネトウヨの99%は救いようがない。だからあそこまで左翼が力を持ち得たのだ。しかし左翼の理論も今や古色蒼然としてきた。いかなる学問も日進月歩である。時代とともに理論は新しくなる。過去の理論は新しい理論によって淘汰される。自然科学だけではない。人文科学も長い目でみるとそうだ (論文誌は伝統的に紙メディアでなきゃいけないとかいうやつがいる。学問と紙媒体に何の関係がある?)。かれらもそろそろ過去の栄光にあぐらをかき、その進歩に取り残されつつある。彼らは西欧の洗練された理論を輸入して日本史を小馬鹿にした。馬鹿にされて当然でもあったが、しかし、日本史そのものは、ちゃんと調べれば、研究するに十分足る学問である。それを立証するのが、私が死ぬまでにやっておかなきゃならない仕事の一つだ。

いまの神社の神主はろくに説教もできない。ただ神話の解釈をテープレコーダのように話し、祝詞をぺらぺらっとしゃべるだけ。Wikipedia未満。それでいいと誰が決めたのだろう。神道に現代的で洗練された理論や思想が要らないと誰が決めたのだろう。また、神道理論が平田篤胤のような空理空論になってしまうのはなぜなのだ。もう少しなんとかしようよ。

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