丸谷才一は「文学のレッスン」の中で
p124
> 「平家物語」は、前半の主人公は平清盛、後半の女主人公はその娘である建礼門院徳子という形になっていて、このバトン渡しがうまくいっているせいで成功している。
と書いている。
はて。そんなばかな。
「平家物語」は特に主人公らしき人はいない。
不特定多数の人が関わっていろんな説話がだんだんと集まってできている。
清盛が主要な人物なのには違いないが。
祇王とか二代后とか俊寛、文覚などはほぼ独立したエピソード。
祇王なんかでは明らかに清盛は脇役であり、
二代后では清盛などまったく関係ない。
いろんなエピソードに埋もれているが、
平清盛の息子の重盛、重盛の子の維盛、維盛の子の六代(平高清)
の三代記として読むことも可能だ。
文覚荒行、勧進帳、文覚被流、の一連のストーリーもとって付けたようだ。
文覚がこれほどに取り上げられるのは、平家物語を編集した僧侶が文覚の弟子か何かだったからではないかと思われるし、おそらく六代とも近かったに違いない。
徳子が主人公になる灌頂巻は、読んだことないんだが、
また別のエピソードなわけで、
あとから付け足されたもののように思われるし、
ともかく全体的に言えば、保元物語や平治物語のようにかっちりひとまとまりになった軍記物語になってない。
「バトン渡しがうまくいってる」とはとても思えない。
丸谷才一は平家物語を通して読んだことがないのではないか?
何かのダイジェスト版のことを言っているのではなかろうか。
p132
> 「平家物語」でも「太平記」でも「曽我物語」でも、何かというとすぐに中国の話を持ち出して、長々としゃべる癖がある。
これも同様だ。
たぶんどこかの坊さんが無理矢理本編と関係ない蘊蓄話を挿入しただけのことで、
深い意味はないはず。
p139
> 「平家物語」なんかでも、和歌を引く、漢詩を引く。
「平家物語」は部分的には歌物語として読むことができる。
当時の物語は、源氏物語でも竹取物語でも、歌物語として読むことは可能だ。
伊勢物語も歌物語だし。
ていうか歴史的に言えば、和歌の詞書きが発達して物語というものになったのだ。
だからいちいち唐突に和歌が入る。
劇の中に突然歌や踊りが入るミュージカルみたいなものといえばいいか。
これ、現代人に説明してもなかなかわかってもらえない。
小説がメインだ、小説と歌は別物だと思い込んでいるからだ。
二代后は歌物語だし、祇王は歌の代わりに今様が入る。
p262
> 「ばさばさと股間につかふ扇かな」というのが入ってます。これが朝日新聞に載った朝に、野坂昭如から祝電が来た(笑)。
私が知る限り丸谷才一が自分で作った唯一の詩歌である。
あれだけ詩歌についていろいろと語っておきながら、自詠でこれしか自慢するものがないのか。
おそらく和歌は詠めまい。
詠んだとしても大田南畝のような狂歌を詠むのに違いない。
丸谷才一ほどの人なのだから自分の著書の中に堂々と自詠の歌を載せればいい。
そして自慢すれば良い。
それを朝日新聞の「折々の歌」に掲載されたくらいで喜ぶなんて。
不思議な人だな。