亦不知其所終 田中久三 aka 田中紀峰のサイト。

枕の山4

跋文

これが名を「まくらの山」としもつけたることは、今年秋の半ばも過ぎぬるころ、やうやう夜長くなり行くままに、 老いのならひの明かし侘びたる寝覚めねざめには、そこはかとなく思ひつづけらるることの多かる中に、 春の桜の花のことをしも思ひ出でて、時にはあらねどこの花の歌を詠まむと、ふと思ひつきて、一つ二つ詠み出でたりしに、 こよなくものまぎるるやうなりしかば、良きこと思ひえたりとおぼえて、それより同じ筋を二つ三つ、あるは五つ四つなど、 夜ごとにものせしに、おなじくは百首になして見ばやと思ふ心なむつきそめて、詠むほどにほどなく数は満ちぬれど、 この何かしを思ふとて、のどかならぬ春ごとの心のくまくまはしも、尽きすべくもあらで、なほとさまかくさまに思ひよらるる、はかなしことどもを、 うちもおかで詠み出でよみいでするほどに、またしもあまたになりぬるを、かくては二百首になしてむとさへ思ひなりて、 なほ詠みもてゆくままに、またその数もたらひぬれば、今はかくて閉ぢめてむとするに、思ひかけざりしこのすさみわざに、 秋深き夜長さも忘られつつ、明かし来ぬる夜ごろのならひは、この言草のにはかに霜枯れていとどしく長き夜は、 さうざうしさの今さらにたへがたきにもよほされつつ、夜を重ねて思ひなれたる筋とて、もとすればありし同じ筋のみ心に浮かびきつつ、 歌のやうなることどもの、多く思ひ続けらるるが、おのづからみそ一文字になりては、またしも数多くつもりて、すずろにかくまでにはなりぬるなり。 さるは、初めより皆そのあしたあしたに思ひ出でつつ、ものには書き付けつれば、もの忘れがちにて漏れぬるも、これかれと多かるをは、 しひても思ひ尋ねず、ただその時々、心に残れる限りにぞありける。 ほけほけしき老いの寝覚めの心やりのしわざは、いとどしく、くたくたしく、なほなほしきことのみにて、さらに人に見すべき色ふしも混じらねば、 枕ばかりに知られてもやみぬべきを、さりとてかいやり捨てむこと、はたさすがにて、かくは書き集めたるなり。 もとより、深く心入れてものしたるにはあらず、皆ただ思ひ続けられしままなる中には、いたくそぞろきたはぶれたるやうなること、 はたをりをり混じれるを、教え子ども、めづらし、おかし、興ありと思ひて、ゆめかかるさまをまねばむとな思ひかけそ、 あなものぐるほし、これはただ、

いねがての心の塵の積もりつつなれる枕の山と言の葉

の霜の下に朽ち残りたるのみぞよ

寛政十二年十月十八日 本居宣長

草稿

跋文草稿に

花はしも 夢にも見えて いたづらに しげき枕の 山ざくらかな

草稿に

をりしもあれ 雲も嵐も をさまりて 花の盛りを のどかにぞ見る

みな人の 惜しむさくらは 花のみか 枝さへ葉さへ 朽ちやすきかな

さくら花 池のかがみの かげもよし 積もる頭の 雪は見ゆれど

花と言へば 桜と人の 知ることは ならふたぐひの なければぞかし

春ごとに 時もたがへず さくら花 あだなるものと たれか言ひけむ

雪とだに 見るほどもなく 消えにけり 雨の降る日に 散れるさくらは

さりがたき さはりある日も さくら見に いざとさそへば 出で立たれけり

秋よりも 長しとぞ思ふ 春の夜も 花見るころは 明くる待たれて

さくら花 明けなば見むと 待たるるに 春の夜はなほ みじかくもがな

今更に 春のさくらの 別れまで 秋の別れに 思ひ出でつつ

冬の来て 降れるを見ても 友待たで 消えし桜の 雪をしぞ思ふ

契りおきし 人は待つとも さくら花 今しばし見む 春の夕暮れ

さくら花 折りかざさせて 見てしがな 春の夜渡る 月人をとこ

Leave a Reply

You must be logged in to post a comment.