新類題和歌集2

投稿者: | 2014年9月21日

角川の新編国歌大観の[新類題和歌集](/?p=4842)をだらだらと読んでいたのだが、
後水尾院、仙洞(霊元院)、後西院、幸仁(宮将軍に擁立されようとした有栖川宮幸仁親王。後西院の皇子)、東山天皇、中御門天皇、基熙(近衛基熙。将軍家宣の正室熙子の父)
などの歌が収録されており、新井白石を調べて書いた私には非常に興味深かった。

霊元院が編纂させたこの新類題和歌集というものは、
通り一遍には当時流行していた類題集のたぐいであって、
勅撰集には当たらないとされているのだが、
私が読む限りではこれは紛れもない霊元院によって編まれた勅撰集である。
21代集と同じくらいに注目されて良いはずだ。

歌の出来は、ぱっと見そんなすごくない。
後水尾院の歌は確かに良い。

> 梓弓やまとの国はおしなべてをさまる道に春や立つらむ

> たが里ももれぬめぐみの光よりおのがさまざま春を迎へて

いつもの名調子である。
しかしその他の歌は、うーん、どうなのかこれはというのが多い。
皇族とその近臣らの歌だけが目立つ。
武家の歌はなさそうだが、しかし一度ちゃんと読む必要はある。

編まれたのは中御門天皇の代らしいのだが、
幸仁親王がただ幸仁、
太政大臣の近衛基熙が単に基熙と記されているのが驚きである。
普通勅撰集には官職名を添えるものだ。
藤原俊成が皇太后宮大夫俊成と呼ばれ、
藤原定家が権中納言定家となるようなもので、
中には官職しか書かれない場合もある。
実朝を鎌倉右大臣と言うようなものだ。
親王、法親王、内親王などの称号は必ず添えられる。
霊元院の意向らしいが非常に奇妙だ。
そして自らのことは仙洞と言っているわけだが、なぜなのだろう。
和歌とはあまり関係ないところがいろいろ不思議だ。

新類題集に関する論文は大学紀要などにあるらしいのだが、
どうやって見ればいいのかわからん。国会図書館に行けばいいのだろうか。

それはそうと新編国歌大観のCD-ROMで検索しようと思ったのだが、
近所の図書館で見ようとしたらCD-ROMが読めなくなったという。
windows xp とともに逝ってしまわれたらしい。
なんとかしてもらわないと困るのだが。

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