明治44年 (58才)

たまのをものぶべくなりぬむらぎものこころしづかに花を見る日は

旅にいでて見むよしもがな野に山にさきつづきたる花のけしきを

あしびきの山ほととぎすこの夏は千代田の宮に初音もらしぬ

なにごとをおもふとなしに大空のながめられぬる秋の夕ぐれ

板じきもよつゆにぬれてしづかにもすみまさりゆく月のかげかな

うづみ火にさしかざす手もつめたきはこよひいかなる寒さなるらむ

むらぐものただよふ空にふきたちしこの山風やゆきおこしなる

山みちをたどりてみればにはの面に移さまほしきいはぞおほかる

わがこころをさなくなりぬうぶごゑをあげにしさとの昔がたりに

いそのかみふるきすがたの衣きてわが皇神をまつりけるかな

たらちねの親のみまへにありとみし夢のをしくも覚めにけるかな

をさなくてかしづかれにし老い人のありし昔のしのばれにける

つねよりも大空とほきこゝちして霞のおくに見ゆる月かな

鶯のおどろかすこそ嬉しけれ旅につかれし春のねぶりを

つぎ/\にあがるをみれば雲の上に入りしひばりや友をよぶらむ

たゞひと日あたゝかなれば桜花さきもやするとまもらるゝかな

うたげせむ日を定めよと浜殿の花のたよりのたえぬ頃かな

朧夜の月はさすともみえなくに窓にうつれる花のかげかな

みる人はなきものにしてしづがやの籬の花は咲きならひけむ

もゝちゞの人をつどへて浜殿の花みてあそぶ春ぞ楽しき

なつかしき朧月夜炉のかげふみてたゝずむ袖にちる桜かな

ちる花をのせてかへりぬ渡舟むかひの岸に人はおろして

すがのねのながき春日はなか/\にものに怠る人ぞおほかる

あをによし奈良の都の跡とへば若草山にかすみたなびく

都にはまつ人おほしほとゝぎすひとたび山をいでゝなかなむ

さみだれの雲間の月をめづらしと仰ぐみそらになくほとゝぎす

たづねても尋ねえざりし早蕨の広葉しげくもみゆるのべかな

小山田はまだみのらずときくものをあまり涼しくなれる秋かな

さま/゛\の虫のこゑにもしられけりいきとしいける物のおもひは

かれ/゛\になりぬる庭の虫のねはなかぬ夜よりもさびしかりけり

よひやみをてらしゝ庭のともしびの影もうすれぬ月の光に

このわたり声をのみてやすぎつらむはるかにみゆる鴈のひとつら

うつろひて散らむとすなるもみぢ葉をうつくしとのみ思ひけるかな

山みちをゆく/\みれば都よりまされるものは紅葉なりけり

大空の星のはやしも動くかと思ふばかりにこがらしの吹く

さしわたる霜夜の月に冬がれぬ榊もしろし神のひろまへ

川ぞひのもりの夜嵐なぎぬらし遠き千鳥のこえのきこゆる

重荷おひてゆく人いかになやむらむふゞきになりぬのべの通ひ路

ふりつもる雪をしのぎて咲く梅の花はいかなるちからあるらむ

てる月の光はいまだ寒けれど春にかはらぬ梅が香ぞする

岩がねをきりとほしても川水は思ふところに流れゆくらむ

わたつみの神祭るらし海士の子がふなばた敲きうたふ声する

天つ神定めたまひし国なればわがくにながらたふとかりけり

世はいかに開けゆくともいにしへの国のおきてはたがへざらなむ

思ひいづることのみ多し故郷のこだちももとの木立ならねど

ゆくところ野にも山にも国民のむかふる見ればうれしかりけり

軒あさきしづがふせやは降る雨もたゝみのうへにうちしぶくらむ

栄えたる一木のまつにもとづきてつくれる庭のおもしろきかな

うちつれて渡るをみればとぶ鳥もおもひ/\の友ぞあるらし

水をさへみずからかひてものゝふは手馴の駒をいつくしむらむ

ともすれば走りがきしてわがとりし筆の跡さへ見わけかねつゝ

真心をこめて錬ひしたちこそは乱れぬくにのまもりなりけれ

漁火のかげぞつらなる暮れぬまはまばらに舟の見えし波間に

あきらけき火影ひきたる庭見れば雨はふりながら月夜なりけり

雨雲の風にきえゆく山のはにあらはれそめぬ松のむらだち

千万のたみのちからを集めてぞ国はゆたかになすべかりける

鏡にはうつらぬひとのまごゝろもさやかに見ゆる水茎のあと

よむふみのうへに涙をおとしけり昔の御代のあとをしのびて

いつはらぬ神のこゝろをうつせみの世の人なにゝうつしてしがな

千早ぶるかみの力によりてこそわれをたすくる人もいでけれ

むらぎもの心つくして県守あをひと草をおほしたてなむ

きくにまづ身にぞしみける誠よりいふことのはゝ長からねども

思ふこといふべき時にいひてこそ人のこゝろもつらぬきにけれ

たらちねの親のをしへは誰もみな世にあるかぎり忘れざらなむ

まごゝろをこめてならひし業のみは年を経れどもわすれざりけり

教草しげりゆく世にたれしかもあらぬ心の種をまきけむ

いそのかみ古きてぶりをのこさなむ改めぬべきこと多くとも

むらぎもの心のかぎりつくしてむわが思ふことなりもならずも

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