冬歌
染めも果てず 散りもはじめぬ 山かげに はやくも冬の けしき立ちたり
木枯らし
山はみな 昨日のままの 秋の色を 残さじと吹く 木枯らしの風
時雨
初時雨 降り初めしより 菊の花 濃かりし色ぞ またそはりける
初時雨 降り初めしより 神無月 雲もあらしも かはる空かな
神無月 晴るればやがて しぐれきて 庭は落ち葉の 乾く間もなし
時は今 冬になりぬと しぐるめり 遠き山辺に 雲のかかれる
秋の色を 木にも草にも 染めはてて 竹の葉そよぎ 降るしぐれかな
人皆は 秋を惜しめり その心 空に通ひて しぐれけむかも
世のことは 聞こえぬ冬の 山里に けふもしぐれの おとづれぞする
むら時雨 布留にとなれる 笠の山 かさでぞ君を とどめましもの
春日野の 時雨の後の けふなれや 山はみながら 紅葉しにけり
霜
起きてみねど 霜深からし 人のこゑの 寒してふ聞くも 寒き朝明け
散りぬれば 染めてもかひの なきものを 積もる木の葉に 霜の置くらむ
雪
年のうちは とふ人さらに あらじかし 雪も山ぢも 深ききすみかを
照る月の かげのちりくる ここちして 夜行く袖に たまる雪かな
夕がらす ねぐらにまどふ 声すなり 積もるや深き 木々のしら雪
冬来れば 梅に雪こそ 降りかかれ いづれの枝をか 花とは折らむ
あらし吹く 山下風に 降る雪は とく梅の花 咲くかとぞ見る
寒き夜を 明かしかねてぞ けさ見れば 生駒が岳に 雪の積もれる
ふる里は いかに降り積む けふならむ 奈良のあすかの 寺のはつ雪
まだ咲かぬ 冬木の梅の 花の枝に かつ色見えて 積もる白雪
ふるままに なかなか松の 雪うすし 重きがうへは やがてこぼれて
あともなき 朱雀大路の ふるき世を 思ひ出でつつ 雪やわくらむ
浦風や 芦の八重葺き ふる雪に なほ冬籠もる 難波江の里
たまぼこの みちのく蝦夷は いかならむ えこそ積もらね わが里の雪
うれしやと おもへばやがて やみにける たのむかひなき わが宿の雪
飯乞ふと 里にも出でず なりにけり きのふもけふも 雪の降れれば
白雪を よそにのみ見て 過ぐせしが まさに我が身に 積もりぬるかも
白雪は 降ればかつけぬ しかはあれど かしらに降れば 消えずぞありける
ふるさとの 難波江いかに 寒からむ 鴨の河原に 雪のふれれば
人待ちし 心も消えて 山里は 道もなきほど つもるしら雪
都にも けふは積もらむ 山里は 軒端をかけて 埋む白雪
春としも またしら雪の 消えやらで 冬もはてなき 武蔵野の原
ときはにて 宿に立てれど 枇杷の木は 花咲く頃の あはれなるかな
冬の日も ものを思へば 暮れがたみ 春より長き ここちこそすれ
冬は来ぬ 軒の山柿 くれなゐに 染めて残れる 色ぞさびしき
筑波嶺の 緑ばかりは 武蔵野の 草のはつかに 見ゆる冬かな
更級や 姨捨山の 風さえて 田ごとに氷る 冬の夜の月
柴の戸の 冬の夕べの 寂しさを 浮き世の人の いかで知るべき
問はるべき 道絶えはてし 白雪に 春のみをまつ 山の下庵
我が宿は 越の白山 冬ごもり ゆききの人の あとかたもなし
夜を寒み 門田のくろに ゐる鴨の いねがてにする ころにぞありける
うづみ火の すみつきがたき 都にも 思ひをおこす 人はありけり
思ひやる かひこそなけれ 埋め火の すみつきてただ ひさにこそあれ
冬ごもり 住むうつほ木も 下折れて 雪野にしるき 熊ぞ出で行く
ふじのねを 木の間このまに かへり見て 松のかげ踏む 浮島が原
うつそみの 世のいとなみに いとまいりて なすべき事も ならぬうれたさ
今もはや 春のいそぎと 知られけり 風もしぐれも しづごころなき
何くれと春のいそぎにまぎれては惜しむ間もなく年ぞ暮れゆく
やぶつばき 植ゑしまがきに 花咲きて 道にふりしく 里の夕ぐれ
雪や降る 霰やふると 手をのべて 雨のしづくに 触るる頃かな
いにしへの 吉野の宮の 宮人の 歌を偲べば 寒さまされり
春なれや 芽吹きにけりな 虫くひて 枯れ木とみえし 軒のいばらも
軒ちかき 庭のいばらは 芽吹けども 冬の寒さに そだちかぬらし
春来むと 待つにはあらねど をちこちの 家ゐの庭に 梅咲きそめぬ
しのばずの いけのはちすは 冬がれて 弁財天の おでんたべけり
あしびきの 山うどの芽を かじりつつ 桜の花を 待つここちする
はふり子が 清むるあとに 木の葉散りて 神のみたらし 氷ゐにけり
年ごとに やらへど鬼の まうでくる 都は人の 住むべかりける
年の暮れ
常よりも 心細くぞ 思ほゆる 旅の空にて 年の暮れぬる
おしなべて 同じ月日の 過ぎゆけば 都もかくや 年は暮れぬる
なしてむと 思ひし事は ならずして 月は来経行く 年は来経行く
行く年の 別れはうれし 老いの身の 先立ちもせで とまる思へば
過ぎぬれば 長き春日も 秋の夜も みじかかりける 年の暮れかな
ふる雪も あはれとぞ見る 年の暮れ 我が身も老いの 積もると思へば
ふりゆくも 惜しからぬ身を 人まねに 今年暮れぬと 何歎くらむ
市場には 年の暮れをば 惜しまずも ただ売り買ひの 声ぞ賑はふ
ゆたかなる 世の賑はひも 市人の 春をむかふる 年の暮れかも
きのふけふと 思ひし間にも 明け暮れて 今夜ばかりの 年の内かな
嘆きつつ 今年もやがて 過ぐるなり いつまでかかる 身に暮らすらむ
年の暮れ 惜しむ心の 梓弓 ひきとまるべき ものにしあらねど
今はとて 何につけても 惜しまるる むべ一年の 暮れと思へば
人ごころ 同じこよひの 年の暮れ その家々の さまは変はれど
いたづらに 明かし暮らして 人並みの 年の暮れとも 思ひけるかな
なれなれて 年の暮れとも おどろかぬ 老いの果てこそ あはれなりけれ
山里は 松に積もりし 初雪の 消えぬままにて 暮るる年かな
おどろきて 惜しむ心の はかなさよ 今日にはかなる 年の暮れかは
ふりまさる 老いのしるしか こぞよりも 今年は惜しき 年の暮れかな
いたづらに 月よ花よと 明け暮れて 暮れ行く年の ほどもはかなし
いたづらに 暮らせる年は 積もれども なほ数ならぬ 身をいかにせむ
衣食住 餅酒油炭薪 何不足無き 年の暮かな
かくばかり 住み良き山の 奥にだに 年は止まらで 暮れてゆくらむ
隠れ家は いつも心の 静かにて 年の暮れとも 思はれぬかな
世のわざに 心騒がぬ 隠れ家は 年の暮れとて いとなみもなし
ふりまさる 老いのしるしか こぞよりも 今年は惜しき 年の暮れかな
いたづらに 月よ花よと 明け暮れて 暮れ行く年の ほどもはかなし
よそに聞く 年のおはりの いとなみに 人もとひ来ぬ 宿のさびしさ
いたづらに 雪をもめでし 年の暮れ これぞ積もらば 老いとなるべき
年暮ると 世はいそぎたつ 今夜しも のどかにものの あはれなるかな