酒歌
此の御酒は 吾が神酒ならず 神酒の司 常世に坐す 石立たす 少御神の 豊寿き 寿き廻ほし 神寿き 寿き狂ほし 献り来し御酒そ 満さず飲せ ささ
此の御酒を 醸みけむ人は その鼓 臼に立てて 歌ひつつ 醸みけめかも この御酒の あやにうた楽しさ さ
この酒は 凡にはあらず たひらかに 帰りきませと 祝ひたる酒
春日なる みかさの山に 月のふね出づ みやびをの 飲むさかづきに かげに見えつつ
しるしなき 物を思はずは 一坏の 濁れる酒を 飲むべくあるらし
もだ居りて 賢しらするは 酒飲みて 酔ひ泣きするに なほしかずけり
酒坏に 梅の花浮け 思ふどち 飲みての後は 散りぬともよし
薄く濃く 今日咲きあへる 桃の花 酔ひを勧むる 色にぞありける
唐人の 弥生の春の 酔ひに乗りて 浮かべし舟の あとをたづねむ
生酔ひの 礼者を見れば 大道を よこすぢかひに 春は来にけり
朝もよし 昼もなほよし 晩もよし その合々に ちょいちょいとよし
にごれるも すみて清きも 色濃きも 泡立ちたるも 酒はみな良き
日の本や こまもろこしと とりよせて よろづの酒を 飲みてしやまむ
のみつくせ いざこれからは 四斗樽 傾くまでの 月をこそ見め
咲きしより うつらうつらと 酒飲みて 花のもとにて 廿日酔ひけり
竹林に やぶ蚊の多き ところとも 知らでうかうか 遊ぶ生酔ひ
世を捨てて 山に入るとも 味噌醤油 酒の通ひぢ なくてかなはじ
屠蘇の酒 曲水花見 月見菊 年わすれまで のみつづけばや
寒き日は 酒売る門に群れゐつつ さかなもとめて 酔へる市人
品川の 海にいづこの 生酔ひが ひらりとなげし 盃のかげ
さかづきを むかふの客へ さしすせそ いかな憂ひも わすらりるれろ
玉だれの 小がめの酒を くみ見れば あめが下みな 養老の滝
好きならば 随分酒は 飲むがよし のまで死んだる 義朝もあり
盃に 飛び込むのみも のみ仲間 洒のみなれば 殺されもせず
飲みに来た おれをひねりて 殺すなよ のみ逃げはせぬ 晩に来てさす
口ゆゑに 引き出だされて ひねられて 敷居まくらに のみつぶれけり
高砂の 尾上のさくら 咲きにけり ここからなりと みつつのまばや
世の中は 色と酒とが かたきなり どうぞ敵に めぐりあひたい
酒ぐらは 鎌倉河岸に たえせじな とよとしまやの 稲の数々
酒をのむ 陶淵明が ものずきに かなふさかなの 御料理の菊
けさぞ文 つかひは来たり 酒かふて 頭の雪の 花やながめん
淡路島 かよふ千鳥の なくこゑに 又ね酒のむ すまの関もり
世の憂さも 忘るる酒に 酔ひしれて 身の愁へそふ 人もありけり
なき時は なくていくかか 過ぐすらむ ある日は酒の あるに過ぎつつ
春雨の こさめさびしみ 瓢さへ ふるに音せぬ 夕ぐれの宿
月きよみ 酒はと問へど をとめども ゑみてこたへも なげにみゆ也
三日月の 入るをみるまも なぐさめの なきにはまさる 酒の一坏
とくとくと 垂りくる酒の なりひさご うれしき音を さするものかな
煖むる 酒のにほひに ほだされて 今日も家路を 黄昏にしつ
なりひさご 市より取りて くる酒も おのが夜さむは 温めぬなり
たのしみは とぼしきままに 人集め 酒飲め物を 食へといふ時
たのしみは 客人えたる 折しもあれ 瓢に酒の ありあへる時
たのしみは 雪ふるよさり 酒の糟 あぶりて食ひて火にあたる時
顔をさへ もみぢに染めて 山ぶみの かへさに来よる 人のうるささ
我が岡の 林の梅を 宮人の 酒に浮かべて 我にたまはす
過ぎもせず 足らぬ事なき ほどをこそ はかりて酒は 酌むべかりけれ
朝顔の 花のやうなる コップにて 今日も酒酒 明日も酒酒
屋根の音 高くしぐるる 夜半にしも ひとつところに 酔はましものを
酔ふ人の ちまたに満つる 年の瀬に なぞ楽しまぬ 我が心かな
いかにせむ 家に籠もりて 独り酒 飲まばなべての 初春の頃
ぬばたまの 夜のちまたに いちびとら けふもつどひて 酒にたはぶる
しづのをは 友をつどへて をちこちの 店をめぐりて 酔ひあかすらむ
しづのをは こよひの酒に 酔ひ果てて いづちにありとも おぼえざるらむ
さけのみて たのしかりけむ しづのをは 持ちたる金を みな使ひけり
夕されば やうやく店は 開きつつ まずはいづちへ 行くべかりける
夜ごと飲む 費えはさすが おほけれど 他にこれてふ たしなみもなし
ひとたびは ふすまかぶりて ねむれども 酒抜けぬれば 起きいでにける
酒飲まで 秋の長夜の つれづれを いかに過ぐすや 酒飲まぬ人
夏の夜に 町を歩きて そこここの 店をくぐらば 楽しかるらむ
ゆふされば けふもをちこち 飲み歩く 武蔵野の原 相模野の原
秋や来ぬ 夏や過ぎぬと 酒飲めば こよひも汗の ふき出づるかな
酒飲みて やましと思ふ むらぎもの 我が心こそ たのめざりけれ
盃を 重ぬるまでの かひもなし 飲みて楽しき 酒にしあらねば
煮こごりも やがて融けぬる 暑さにて こほりを入れて 冷や酒を飲む
酒もなく 浮かれ歩きも たはぶれも あらぬ一日は のどけかりけり
このごろは つひへもおほく なりければ 酒飲むならひ やめましものを
朝と夜 酒を飲めると 飲まざると 人の心の かくもうつろふ
寝覚めして ふすまかぶりて あれこれと 朝はもの思ふ ときにこそあれ
寝覚めして 起き出でもせで つらつらと きのふのことを 思ひ出だしつ
よべのこと 思ひ出づれば あさましき ここちのみする 浮かれ歩きか
酔ひは抜け 夜も明けぬれば 楽しきと 思ひしことの 憂ひとぞなる
うらもなく 飲みてかたらふ 人もがな わがつねづねの 憂さも聞かせて
酒を飲む 我はたれなる 酔ふてふは うつつにかあらむ 夢にかあるらむ
酔はむとて 酔ひしよはには あらねども 月の姿も 定かにはあらず
飽き果てぬ 酒に心の 失せぬ間に 酒なき里に うつり住ままし
あさか山 かげさへ見ゆる 山の井の 浅くぞ酒に 酔ふべかりける
酔はばとて 秩父の山の いはが根の いはずもありなむ よしなし事は
雨降れば 湯気にくもれる 窓の戸の 酔ひて心の などか晴れざる
世の中に 酒てふものの なかりせば 花は散るとも のどけからまし
いづこにか 酒をのがれむ みよしのの 奥にも酒は ありてふものを
けふも酒 明日もさけさけ むらぎもの 心のぬしは 酒にこそあらめ
たなつもの 醸し作れる うまざけに わが酔はばこそ けふは終はらめ
飲みのみて 屋根うつ雨の 音高し 傘はなければ 借るべかりける
立ち飲みに 並べる人の 四方山の たはごと聞くも あはれなりけり
妻や子や 親はらからが 諫むれど 呑ままほしきは 酒にぞありける
身をこはし 心もくるふ ものなれど 夜ごと飲までは をられぬが酒
飲む前は 飲まじと思ふ 飲めばとく やめんと思ふ されどすべなし
夢うつつ 酒を飲めると 飲まざると いづれかおのれの まことなるらむ
紅き塵 振り払ひつつ 降り積もる 巷を今日も 飲み歩きつつ
酒飲みて 何をか悔ゆる 飲まずとて 生くるかひなき 愚かなる世は