阿部一族

武士にとって名前を残して死ぬことがすべてである。

私もなぜかいつの間にかその考え方に感化されていたようだ。森鴎外は明らかに武士であるが夏目金之助こと夏目漱石はその趣味や嗜好はともかくとして、まったく武士ではなかった。

森鴎外がなぜあれほどまで阿部一族で、いろんな人をサーベイして事細かに記録したかといえば、鴎外自身が武士であったからだ。彼は小説が書きたかったのではない。自分の小説が後世まで残る確証をすでに得ていた鴎外は、自分の小説に彼らの名前を残し、彼らを永遠に人の記憶に残しておきたかったのだ。彼らを顕彰したかったのだ。

森鴎外にとって面白い小説を書くことなどなにほどのことでもなかった。おそらく鴎外は自分が売れっ子作家になろうという気持ちもなかった。彼はなすべきことは十分にやりすぎるほどなし終えていたから、さらに小説家として名声を得たいとおもっていたかどうか。

彼にとって、歴史に名を残すという仕事はもうし終えていた。だから、人に読まれ喜ばれる小説を書こうなどという気持ちはなかった。ただ阿部一族の人々を未来永劫、日本人の記憶にとどめる。そのためにだけあの小説書いたのだ。

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