木枯し紋次郎

菅原文太の木枯し紋次郎を昔見て面白いなと思って、prime video にあったのでまた見てみた。二度見たせいもあるんだが、最初の15分と最後の10分だけみればわかる、わかりやすい構成の映画だ。菅原文太の股旅物として初見でじっくり見るとそれなりに面白いと思う。最初の仁義を切るところも、昭和残侠伝に並ぶ名シーンだと思う。

島流しにあった罪人に対する扱いがひどすぎるのが少し気になった。鬼平犯科帳なんかみていると、罪人に対する扱いも、一人ひとり違っていて丁寧に描き分けられているのに対して、この作品ではただ一律に厳しく扱っていて、幕府とか任侠に対する設定が雑すぎて、戦後民主主義的偏見を感じる。罪人とか流人に対する扱いとか、江戸時代の奉行というものについてもう少し時代考証してほしい。人民はただ抑圧されていたとか虐げられていたという、ただそれだけの前提で話を作られては、納得できないし、見ていていやになる。

あと紋次郎が強すぎる。敵が何人いても一人で全部斬ってしまう。これがリアリティをそいでいる。その点やはり鬼平犯科帳は良い。強敵がいたり、ライバルがいたりしてほしい。結局紋次郎が勝つんだろという、ただ爽快感だけ求める人には良いのかもしれないが、簡単すぎてつまらない。

「あっしには関わり合いのないことでござんす」という名台詞を最後に一回だけ使わせるという演出はストイックで良い。

一宿一飯の恩義で、魚の骨を紙に包んで懐にしまっていたのは、あれはどういう意味があってのことなのだろうか。箱膳ではそうするものなのか。

渡世人が旅先でその土地を仕切る親分の元に世話になる(草鞋を脱ぐ)場合、幾つもの厳しい掟を守らねばならず、その中には「出された食事は完食する」というものもあるのです。そしてどうしても食べられない魚の骨などはああやって懐紙に包んで懐にいれることになっているのです。

博徒の食事作法。渡世人に食事を提供する側はご飯二膳の提供が作法になっており、客人は出されたものを残してはならないのも作法。おかずに魚が出た場合は、骨や尾は懐紙に包んで懐に入れ、大盛りの二膳飯を食べきれない人は一膳目の中央部分だけを食べておかわりを願い出るのが作法と言われている。

確かに私が小学生の頃には給食は完食しなきゃならないという掟のようなものがあったが、あれも渡世の掟のようなものだったのか。

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