亦不知其所終 田中久三 aka 田中紀峰のサイト。

Archive for the ‘雑感’ Category

財布

05.29.2018 · Posted in 雑感

ストラップが通せるタイプの長財布を探していて、なかなか良いのがなく、仕方なく自分で財布に穴を開けてストラップを通していたのだが、すぐに穴がぼろぼろになるので、糸で縫って補強したりした。ハトメパンチを買うべきかとも思った。

最近は酔っ払って物をなくすのが怖くて財布やスマホは必ずズボンに紐付けしてて、そのためにストラップ付けられる仕組みになっていないといけないわけ。

アマゾンで三個買ってみたが、どれも良くできている。 とうぶん財布の在庫には困らない。

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05.07.2018 · Posted in 雑感

スーツを着る機会が多ければずっとスーツを着ていたほうが楽だ。 スーツを着たり着なかったりするのが一番めんどくさい。 ともかくスーツを着なくてはならないことが増えたので、 いきなりスーツを着ても似合わないので、ふだんからどういうスーツを着ればいいかってあれこれ試行錯誤している。

007シリーズを見てると、昔はみんなあたりまえにスーツを着ていた。 M はもちろん Q も着てる。 Q のスーツ姿もまあまあだ。 ショーン・コネリー、ロジャー・ムーアは基本的にスーツ。

しかし、ダニエル・クレイグはほとんどスーツを着ない。 少なくとも一作目は着ていない。 カジノで蝶ネクタイ締めてるくらい。 あー。ラストで少し出るのか。 どちらかと言えばあまりスーツが似合わない人だわな。 彼は、暖色系のほうが似合うと思うのだが。

007でも、ゴッドファーザーと同じで、マフィアは黒か茶のシャツを着ている。 ネクタイ、スーツ、シャツを茶色から黒の色で揃えている。 日本のヤクザはこういうコーディネートをしないから(派手なストライプ柄とか原色の組み合わせということが多いかもしれない)、ピンとこないが、茶系統で揃えたスーツというのはヤバイメッセージを含んでいるから、一般人は着ないほうがよい、ということになる。

ロジャー・ムーアの初登場は、グレイの上着、こまかいストライプのシャツに、割と派手な赤いネクタイ。 まあ、上着とシャツを地味に押さえてネクタイだけ派手にしたパターンで、私も割と好きだが、 赤いネクタイはなかなか難しいよね。勇気がいる。

髪の毛も七三分けにしようかと考えている。 いまさらかという気もしなくはないが、年を取るとそういうのが逆に似合うように思える。

ヒゲをはやすかどうか思案中。 生やしたとしてもバリカンで3ミリにそろえるつもり。

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夜明け前

04.05.2018 · Posted in 雑感

島崎藤村『夜明け前』に出てくる主人公の青山半蔵が本居宣長がどうとか平田篤胤がどうとか言っているってことを今月号の中央公論読んで知ったので、『夜明け前』を読んでみようと思う。本居宣長の連載で平田篤胤までたどりつくにはあと何年かかるかわからん(隔月発行でなく月刊になって毎月書かせてもらえればもすこし早くなるかも)。平田篤胤の後でないと『夜明け前』は書けない。その後に水戸斉昭とかも書くと良いかも知れない。

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04.02.2018 · Posted in 雑感

大野晋『日本語の教室』の中で、夏目漱石が太宰春台の『独語』を子供の頃読んで面白いと思った。 一体に漢学者の片仮名ものは、きちきち迫ってきて面白い。などと書かれていて、探してみると、 吉川弘文館の『日本随筆大成』1-17に収録されているので、読んでみた。

本居宣長の連載を始めて、太宰春台のことも少し調べていたところだが、 彼は荻生徂徠の門弟で、漢学者なわけだが、父母は和歌が好きで、子供の頃和歌を学んだが、 和歌は所詮公家には勝てぬ、漢詩ならば公家を弟子にすることもできると思って、漢学を志したのだそうだ。 和歌についてもあれこれ書いていて、太宰春台が歌論なんて書いているのは意外だったので面白く読んだ。 特に伊勢物語とか在原業平を誉めているのが、へーという印象だった。 春台と宣長の考え方は和歌に関していえばほぼ一致していて、ますます意外だった。

昔『古今和歌集の真相』というものを書いて、古今和歌集を調べていたら、どうしても伊勢物語も調べねばならなくなって、 伊勢物語の解釈をカクヨムで書き始めたのだが、今は途中で放り出してある。 伊勢物語については、荷田春満が書いた『伊勢物語童子問』が面白いと思っていて、 読むだけでなくその解説も書きたいくらいだが、 どうも書きたいことがたくさんありすぎて困るくらいだ。 加藤千蔭も五十過ぎで隠居して学業に専念しているので私もそうしたいのだが、ますます仕事が忙しくなってきて困っている。

ともかくも夏目漱石は荻生徂徠あたりが好きで、頼山陽あたりまで時代が下ると嫌いらしい。 で、大野晋によれば、漱石は『明暗』を書くとき午前中に人間の心のどろどろしたのを執筆して午後は綺麗に気持ちを洗い清めるために漢詩を作ったというのである。 そういうふうにいちいち気持ちをリセットしなきゃ気がすまなかったらしい。 そう知ってみて漱石の漢詩をみると確かに彼の漢詩というのはやけに生真面目で、人情味にかけるように思えてくる。

陸奥宗光の父宗広などは、日本人が漢詩など作っても結局平仄や押韻などネイティブスピーカーじゃないとわからん、それに比べれば和歌は日本人であるからにはより深いところまで理解がおよぶからと和歌をやった人だ。ひとそれぞれともいえるが、春台の時代は公家の力がまだ強かったが、だんだんに地下の力が強まって、紀州だと宣長の養子の大平が和歌を流行らせたから、陸奥宗広あたりだと公家に気遣うことなしに和歌も詠めたのだと思う。

そろそろ明治生まれの人も死に絶えて、江戸時代の雰囲気を知っている人はいなくなり、儒学者や国学者の末裔も絶えて、昔は岩波古典体系くらいのものは作れたのだろうが、いまさらアレに匹敵するものを書けるほどの学者が棲息しているとは思えない。 ところがまだまだ活字になってない江戸時代の古典は多くて、はなはだ中途半端な状態であるのに、たいていのひとはもう古典研究というのはやりつくされているんだと思い込んでいる。 てこ入れするには、人々の意識を変えなきゃならんのだが、どうすりゃいいんだろうか。

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寛政、文政、安政

03.03.2018 · Posted in 雑感

松平定信は天明を改元して寛政としたのだが、 この頃からようやく幕府は、寛容な政治とか、文化に基づく政治とか、安らかな政治というものを、意識し始めたように思われる。 逆の言い方をすれば、それまでは、寛容な政治をしなきゃいけないというような意識は幕府には希薄だったのに違いない。 家綱まで幕府は武断政治であったが、家綱の半ば頃から少し変わり始めて、綱吉、家宣、家継でかなり軌道修正して、 吉宗から本格的に、良い政治をしよう、という気分が完成したのではなかったか。

しかし寛政といいながら、寛政の改革はあまり寛容とは評価されておらず、 文政はまあ言葉通りだったとして、 安政は決して安らかな政治ではなかった。

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02.25.2018 · Posted in 雑感

ネクタイとシャツとジャケットがみな派手だとチンドン屋かテレビの司会者みたいになってしまう。 どれか二つは地味にして一つだけ派手にするくらいがちょうど良いかもしれん。 二つ派手にするとその二つが競合してうるさいと感じる人もいるようだ。 もう一つ、カフスボタンとかネクタイピンという要素もある。これらを派手にする場合も、他を地味にする必要があると思う。

まさに、いまさら聞けないカフスボタンの付け方。これ間違えると恥かくよな。子供の頃から一応教えておくべきではないか。

急にネクタイを締めても似合わないから、ふだんからちょこちょこ着ておいて知り合いに指摘してもらうのが良いと思う。

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02.25.2018 · Posted in 雑感

連載記事を書いているのだが、だいたい1回分を4500字くらいで書いている。 4000字くらいで書こうと思うと、伸びたり縮んだりして、3500字とか5500字くらいになる。 だいたいは伸びるので、後半は後回しにして前半を膨らませたりして長さを調節するのだが、これが難しい。 伸ばしたり縮めたり足したりしているうちに、これ別にいらんなとか、これはもっと書きたいとか、どんどん文章が変わっていく。 結果的に良い方向に推敲して密度を高くできていると思うので、それはいいんだけど、2回先、3回先くらいまでは少なくとも先読みして書かなくてはならんので、割と気を使う。 紙に刷ってしまうともう書き換えできないしね。 一定間隔に電車を走らせるような感覚に近いかもしれん。

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02.22.2018 · Posted in 雑感

続き。この池田雅延氏の話を聞いていると、小林秀雄の『本居宣長』は、連載途中はほんとうに面白くなかった可能性もあるよなと思えてきた。 小林秀雄自身も自分の書いたものが面白くないってことは自覚していたのだ。 だから64回1500枚、ものすごくだらだらと書いたものを、編集者に読ませて、わかりにくいところは徹底的に質問させて、徹底的に書き直して、 1000枚に縮めた。 「君が読めなくては、読者は誰も読めないのだから」というのはまさに言葉通りの意味だったのではないか。 読めない、面白くないということは、小林秀雄が、白洲正子以下、いろんな人に言われてきたことなのだ。 1000枚というのはつまり40万字だ。1500枚は60万字だ。20万字を捨てたのだ。 そのこと自体物書きにしてみたら大したことではないのだけど、まあ、ものすごく書き直したということだ。

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02.21.2018 · Posted in 雑感

池田雅延氏 小林秀雄を語る。 リンク先のMP3ファイルはもう落とせなくなっている。 自分のPCの中に残っていたものを改めて聞いてみた。

小林秀雄の芸

57:00 あたり、「美しい花がある、花の美しさがあるのではない」という陶然とするような言葉に、読者は酔って、小林秀雄についてきたのだけど、 こういう言葉はしょせんは「読者に読んでもらおうという一心で書いた工夫」に過ぎないという。 読者サービスであってその言い回しそのものには大して意味はないのだ。

となれば白洲正子などはその読者サービスの文句ばかりを拾い読みして、読んだ後にそれらの狂言綺語を覚えているだけで、小林秀雄が言いたかったことは何もわかっていなかったということではなかろうか。 小林秀雄は『本居宣長』を書くときにはとにかくもう宣長を精しく解き究めることに夢中で読者サービスを忘れた。 というより、もう晩年で、読者も獲得済みだったから、とにかく宣長を書くことで精一杯だった。 だから白洲正子が『本居宣長』を読むと、小林秀雄の言葉が並んでいるのはわかるが、ただの作文に過ぎず、読み終わると何が書いてあるのか全部忘れてしまう、ということになるのだろう。

小林秀雄は批評家と言われ、評論家と言われるが、彼の文章は言わば「芸」であったから、美術館の中でまだ誰の作品とも知れない絵を前にして、

熟れきった麦は、金か硫黄の線條のように地面いっぱい突き刺さり、それが傷口の様に稲妻形に裂けて、青磁色の草の縁に縁どられた小道の泥が、イングリッシュ・レッドというのか知らん、牛肉色に剥き出ている。空は紺青だが、嵐を孕んで、落ちたら最後助からぬ強風に高鳴る海原の様だ。全管弦楽が鳴るかと思へば、突然、休止符が来て、烏の群れが音もなく舞っており、旧約聖書の登場人物めいた影が、今、麦の穂の向うに消えた。

などという体験をして、それを回想する形でゴッホの評論に書いている。 「旧約聖書の登場人物めいた影が、今、麦の穂の向うに消えた。」というのは小林秀雄の主観以外の何物でもないわけで、 「旧約聖書の登場人物めいた影」などというものをゴッホは自分の絵の中に描いてはいないのである。

『本居宣長』も、小林秀雄は宣長を批評しようと書いているよりは、彼の作品を鑑賞して、それを自分の文章という「芸」で著そうとしているのだから、 普通の人が書く本居宣長論と違ってくるのは当然なわけだ。

小林秀雄はさきに『実朝』『西行』を書いているから歌論というものが一応書ける人なわけだ。その延長線上で『宣長』を書いているから『宣長』が書けたのだと思う。

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01.26.2018 · Posted in 雑感

服道楽というわけではないのだが、最近、靴もズボンも服もどんどん増えてきて、仕方ないのでハンガー買ったり、業務用のハンガーラック買ったりしている。 ハンガーラックは今まで寝ていたシングルベッドの上に置くことにして、布団は寝るたびにリビングに敷くことにした。わざわざクローゼット一部屋用意するなんて贅沢なことはできないんでね。

一番大きな原因は、実家から父や祖父の服をもらってきたせいだ。めちゃくちゃ多い。

最近、古着をちょくちょく買うようになったのも原因かもしれない。

年を取ると自然と服が溜まってしまうせいかもしれない。そう、服は、捨てないとたまる一方なのだ。

もう一つ、年を取ると、役職とかのせいで、フォーマルな服とか、カジュアルな服とか、フォーマルとカジュアルの間くらいの服とか、いろんな服が必要になり、また、服に合わせてズボンや靴も買わなくてはならない。 それまで結婚式や葬式用の礼服、仕事用のスーツ、それ以外は適当な服。で済んでいたのが、仕事用も普段着も何種類も持つようになった。 若い頃は部屋の中を占領するものといえば、本とCDだったのだが、今は服がいちばんかさばる。 そして服は毎日使うものだから、てきとうにしまっておくと探すのにてまがかかって仕方ない。 だからもう諦めてハンガーラックにかけておくことにしたのだ。 ズボン用のハンガーも10個まとめ買いした。 定年退職したら、仕事用の服はすべて不要になる予定だが、それまでは服に埋もれてなきゃならないようだ。

基本的に私は革靴しか履かないのだが、 茶系統が好きだが黒も要るので、 カジュアルな革靴(茶)、少しフォーマルな革靴(茶)、フォーマルな革靴(茶)、フォーマルな革靴(黒)、雨の日用のブーツ(合皮、茶)の5種類を持っている。これら、実はブーツ以外はみんなアマゾンで買ったのだ。 そのほか、ゴム長靴、上履き(スリッポン)みたいなやつ、下駄、雪駄、オタフクの健康サンダルなどを持っている。 けっこうな靴持ちではないか。 だが、どれも状況に合わせて必要なのである。

帽子も最近はよくかぶるようにしている。まあしかしこれは趣味だな。

三十年前、高校生や大学生の頃から持ってる服や鞄というものはざらにあるわけだし、箪笥の肥やしというが、服は増えるわけだよなあ。

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