上海帰りの

去年北京を見て,今年は台北を見てたので,上海もたいしたことはあるまいとタカをくくっていたのだが,上海は北京の十倍,いや百倍はきれいだし,台北よりも資本主義的に見えた.台北はゴミゴミしてたが,上海にはなんとなく余裕さえ見えた.これは誇張でもお世辞でもなく,私の観察によるところの率直な感想だ.上海はおそらく二・三年で東京並になるだろう.

上海経由で武漢にいったのだが,武漢は北京によく似た雰囲気の都市であった.つまり人民中国的な雰囲気の都市だった.上海はどうやら中国の都市の中では別格らしい.

それで,どうして上海がこのように独り中国の中で富み栄えており,しかもこのような自由な雰囲気に満ちているのか,という疑問が湧いてきた.

上海浦東区のだだっぴろい特別区を見学に行った.ここに免税などの優遇措置でもって外国企業の工場を誘致しようというわけだ.既に日立や松下などの参入が決っているという.「もしあなたがソニーの社長なら投資しますか?」と質問された.そのとき私は,

* 中国は大きなプロジェクトが好きな国だが,必ずしも成功してるとは限らない.国家プロジェクトではなく,民間の個々の自由な活動にまかせるべきではないのか.
* 広東の経済特別区(深(土川)など)の優遇措置は撤廃という噂が流れており,一応の成功は収めたものの,投資額は減少し,他に移転する企業が増えている.上海でも,初めのうちは優遇措置で外国企業を誘致しておいて,うまくいきだしたら規制を強めるのではないか.
* 外国資本の投資に依存していては,中国市場が大きければ大きいほど中国は損をするのではないか.
* 上海は,中国の中では一番物価の高いところだろう.安い製品を作るなら,上海でなくて他の地域や他の国に工場を作るべきではないか.

などと思った.この特別区はなりはでかくて立派だが,結局それほど工場は入らないのではないか.それにしてもこの投資の仕方は気違いじみているなぁ,と思ったものだ.

で,それからいろいろと調べてみたのだが,この一見無謀に見えるプロジェクトだが,実は今の国家主席,上海出身であり,上海交通大学出であり,元上海市長であった江沢民の,上海を経済的な首都にしようという政策によるものらしいということがだいたいわかってきた.おおすじでは,

* 北京はひきつづき政治的首都として残す.
* 現在再開発中の上海浦東区を特別区とし,外国企業の工場を誘致する.
* 市内に外国銀行を誘致して香港以上の金融センターとする.
* 広東の経済特別区の優遇措置は暫時撤廃する.

らしい.

香港は欧米諸国の干渉が多くて中国の思い通りにならないので,香港の機能をまるごと上海にもってきて,さらに広東優遇もやめて,上海に一元化しようということのようだ.上海はかつて世界の金融センターだったことがあり,なんとなく自由な雰囲気が残っているので,もしかするとうまくいくのかもしれない.

人民中国は,文革のおり,字画を減らした簡体字というものを考案して以後ずっとその字体を使っているものとばかり思っていた.この簡体字というものはあまり美的センスというものを考慮していないような気がするし,フォント作りも真面目にやってないような気がするし,手書きで書くときにも気合いが入らないのではないかという気がする.北京は町中にほとんど活字のない町であった.一回ごとに書き手の気分で手書きしてるような,そういう道路標識が多かった.きくところによれば,橋や道路の名前は,偉い政治家に頼んで書いてもらうのだそうな.台北に行ったときには,旧字体の美しい活字が町にあふれていて,とても美しく見えたものだった.ところが今回,上海と武漢に行ってみると,簡体字とともに旧字体もかなり使われていることがわかった.活字による道路標識も至るところでみられた.「なぜ簡体字を使わないのか,簡体字を使わなくても政府は文句をいわないのか」と尋ねてみたところ,「文化大革命はもう終った」とのことであった.北京は,いまだに毛沢東の肖像が睨みをきかす町なので,簡体字を使い続けているのだろう.