亦不知其所終 田中久三 aka 田中紀峰のサイト。

Archive for 3月, 2000

頼山陽記念館

03.28.2000 · Posted in 旅行

羽田 10:50 発。広島空港着。 15:00 頃広島バスセンター着。雨。原爆ドームや平和記念館などを見たあと、頼山陽記念館に行く。ここには頼山陽の親類縁者の書画しかない。戦前は多少はあったのが、原爆ですべて灰塵となったか。或いは京都のあたりにあるのかもしれん。 1500 円の中央公論「頼山陽」という本を買う。これは「日本外史」の一部和訳が載っていて、なかなかおもしろい。が、しかし、北条氏、豊臣氏、徳川氏などがごっそり抜けていて、全訳だったらもっと良いのにと思った。

頼山陽記念館 はコメントを受け付けていません。

シェンムー二回目クリアした。

03.27.2000 · Posted in ゲーム

クレタクぜんぜんうまくならない。 チューチューロケットは…、うーむ。

シェンムー二回目クリアした。 はコメントを受け付けていません。

群ようこ

03.21.2000 · Posted in 読書

群ようこのエッセイはまあおもしろく読めるが、小説は(フィクションがきつくて)気持悪くてとても読めたものでない。 いっしょうけんめい読んではみたが「恨みしゅらん」はやっぱりつまらない。 しかし群ようこはさすがに作家、西原とは文章の質がちがう。西原の俳句(?)はまるでリズムがない(字数はもちろんあってない)。

広島市街に頼山陽史跡資料館というものがあるようだ。 頼山陽マニアの私としてはいかずばなるまい。 頼山陽旧宅も隣接してあるようだ。 しかしこんなところだともとの建物は原爆であとかたもなかっただろうな。 頼山陽はともかくとして頼三樹三郎の情報は非常に少ないので、何かわかるかもしれん。 三樹三郎は山陽の三男だが、三樹三郎が安政の大獄で刑死したとき山陽はもう死んだあとだったようだ。

群ようこ はコメントを受け付けていません。

Dreamcast 中古ハンドルデバイスの調子は最高!

03.19.2000 · Posted in ゲーム

良い買い物したよね!? PS2 は Sega がつぶれるか、 Dreamcast が発売中止になったあと、 買うかどうか考えよう。 うーん。たぶんかなり高い確率で「私は買わない」だろうとおもう。 「首都高バトル 2」と「東京バス案内」は、 買うだろう。 昨日ゲーセンで「クレタク」をやってる人をはじめてみた。 ものすごかった。私よりか軽く一桁点数が高かった。 もしかしてあのまま続けていたら二桁違ってたかもしれないが、 見てるひまがなかったので知らない。

Dreamcast 中古ハンドルデバイスの調子は最高! はコメントを受け付けていません。

Hard Off で Dreamcast のハンドルデバイスを買う!

03.18.2000 · Posted in ゲーム

2500 円! これでさっそくクレージータクシーで遊ぶぞ。 ドリキャスの四つのデバイスポートが埋まるのも時間の問題だ。

Hard Off で Dreamcast のハンドルデバイスを買う! はコメントを受け付けていません。

論語の新しい読み方

03.12.2000 · Posted in 読書

宮崎市定著「論語の新しい読み方」を読む。なかなか奇抜でおもしろい内容だ。 いままでにも文庫で出てた「雍生帝」など読んだことあるが、もともと東洋史の人だが、おもしろい人だ。

「学びて時にこれを習う。またよろこばしからずや」 学んだことを、いざというときに使ってみて、さらに習熟していくんだよ。 なんて楽しいことだろう(うわー。なんか言っててすごい説教臭い)。

論語の新しい読み方 はコメントを受け付けていません。

耕雲

03.06.2000 · Posted in マンガ

モーニングをだらだら読んでたら「ぶっせん」に「耕雲」というのが出てきた。 どうもこれは禅宗(曹洞宗)用語らしいな。 「耕雲種月」というのは「(心の)雲を耕し(心の)月に種を蒔く」という意味らしい。 私の祖父が昭和 44 年に「釣月耕雲慕古風」という掛軸を書いたのだが、この「釣月耕雲」と「耕雲種月」は非常に良く似ている。 「釣月耕雲慕古風」は中国人の漢詩にしてはあまりに浪漫的で妙に端正なので、私はおそらく日本人の、しかもかなり近世の漢詩だろうとみていたのだが、このたび確信を新たにしたね。

さて、ネットで検索すると武田耕雲斎というのがぼろぼろ出てくる。 これは水戸浪士で天狗党という幕末に世間を騒がした連中の首領らしい。 また、耕雲という号を使っていた人はほかにもいたようだ。また、耕雲寺という曹洞宗の寺もあるようだ。 「釣月」に関しては、まったくみあたらない。 「耕雲」というのは江戸後期にはかなり一般的な用語だったので、「釣月」で詩としてのひねりを加えたのだろうか。

耕雲 はコメントを受け付けていません。