鉢木

[鉢木](http://www015.upp.so-net.ne.jp/gofukakusa/genbun-yokyoku-hachinoki.htm)という謡曲がある。

> のうのう旅人、お宿参らせうのう、あまりの大雪に申すことも聞こえぬげに侯、痛はしのおん有様やな、もと見し雪に道を忘れ、今降る雪に行きがたを失ひ、ただひと所に佇みて、袖なる雪をうち払ひうち払ひし給ふ気色、古歌の心に似たるぞや、駒留めて、袖うち払ふ蔭もなし、佐野のわたりの雪の夕暮れ、かやうに詠みしは大和路や、三輪が崎なる佐野のわたり

> これは東路の、佐野のわたりの雪の暮れに、迷ひ疲れ給はんより、見苦しく侯へど、ひと夜は泊まり給へや。

> げにこれも旅の宿、げにこれも旅の宿、假そめながら値遇の縁、一樹の蔭の宿りも、この世ならぬ契りなり。それは雨の木蔭、これは雪の軒古りて、憂き寝ながらの草枕、夢より霜や結ぶらん、夢より霜や結ぶらん。

観阿弥、もしくは世阿弥の作とされるが、不詳であるという。
世阿弥が「駒とめて」について言及しているので、それにもとづき、観阿弥もしくは世阿弥の作とされているだけなのではなかろうか。
このころはもう、「一樹の蔭の宿り」「それは雨の木蔭、これは雪の軒古りて」などのように風雪や雨をしのぐための「蔭」という使い方が定着していたと見える。

古今集、神あそびのうた、ひるめのうた
> ささのくま ひのくま河に こまとめて しぱし水かへ かげをだに見む

ひるめは天照大神であるという。おそらく万葉時代の古歌であろう。
夫を見送る女の歌であるという。
夫が馬に乗って出かけていく。急がず、川で馬に水を飲ませよ、姿をしばらく見ていたい。
という意味らしい。

河原にいでてはらへし侍りけるに、おほいまうちぎみもいであひて侍りけれぱ
あつただの朝臣の母

> ちかはれし かもの河原に 駒とめて しばし水かへ 影をだに見む

藤原敦忠の母ということは時平の妻、ということだろう。
おほいまうちぎみとは、時平のことか。
明らかにひるめの歌から派生している。
というより、古歌を手直しして藤原敦忠母の歌ということにしただけであろう。

俊成
> こまとめて なほみづかはむ やまぶきの 花のつゆそふ ゐでのたまがは

これもやはりひるめの歌を受けている。

東の方へ罷りける道にて詠み侍りける 民部卿成範
> 道の辺の 草の青葉に 駒とめて なほ故郷を かへりみるかな

これはごく普通の歌ではあるが、ひるめの歌を受けて、
自分が馬で旅立っていく立場で詠んだ返歌とも言える。

寄獣恋 為家
> 駒とめて 宇治より渡る 木幡川 思ひならずと 浮名流すな

成範の歌の続編と見えなくもない。
俺がいない間に浮気するなよ、と。
俊成、定家、為家と親子三代「駒とめて」の歌を詠んでいるからには、
為家には何か思い入れはあっただろう。

「こまとめて」「かげをだに見む」とあるのだから、

> 駒とめて 袖うち払ふ かげもなし 佐野のわたりの 雪の夕暮れ

の本歌がひるめの歌であるとしてもおかしくはない。
「こまとめてしぱし水かへかげをだに見む」と古歌にはあるが、
そのかげさえ無い、という意味かもしれん。
いや、それが案外正解かもしれん。
「かげ」という単語がここで唐突に出てくる理由がそれで説明がつく。
新古今に採られているからには、俊成のお墨付きであるはず。
おそらくは俊成の歌を踏まえて、
佐野の渡し場で船を待つ間、しばし馬を駐めて水を飲ませ、自分は袖に積もった雪を打ち払う、
そんな景色すらない、
ということを言いたかったのではなかろうか。

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