eumenes english edition

人に言われてその気になって、『エウメネス1』を英訳してみたものの、ほとんど誰にも読まれないってことがわかっただけだった。英文ならどんどん読者を獲得できるのではないかと期待したが、そんなことはなかった。

和文と英文を分離して、和文は縦書きに戻すことにした。やはり縦書きのほうが全然読みやすい。

今回書き足してしまってずいぶん長くなった。短ければあっさりしすぎていると思われ、長いと飽きられる。簡潔で読みやすく、気がつけば次々に読んでしまって、長さを感じさせないというか、長さが気にならないようなのが良い文章なのだろう。誰も別に長編を読みたいわけではないのだ。面白い作品なら、長ければ長いほどうれしいだけなのだ。

英文もせっかく書いたからどこかにタダで公開しようと思うのだが、英文の小説投稿サイトはもちろんたくさんあってそっちに投稿すりゃ良いのかもしれんが、そこにもまた有象無象の小説があって、結局は埋没してしまうのに違いなかった。

日本語の投稿サイトもいろいろ検討してみたものの、どこも英語の匂いがしない。小説サイトなのに学問の匂いがしない、というのは変な言い方かもしれんが、ああいう文芸サイトというものには、結局、私は受け入れられない気がする。

まだハテナブログのほうが、英文に関心を持つ読者いるのではなかろうかと思われたので、とりあえずこちらに公開することにした。

一度に公開しないのはもったいぶっているせいではなく、マジで最近時間が無いからだ。私の場合、趣味と本業が分離してしまって久しい。もう10年以上そうだ。しかし、少しばかり、本業にも身をいれようと思うようになった。

本業と趣味を分離してしまうと趣味ばかり本気になってしまい、それはそれで疲れる。

やはり学閥というものはあるのだと思う。大学の同期や先輩後輩、師匠はやはり頼りがいがあるものだ。自分の実力だと思っていても、実は学閥というマーケティングないしは広報が効いているからこそ、社会に露出し、世間に認めてもらえるのだ。

つまり学者になりたければアカデミアのコミュニティに属しなくてはならず、小説家になりたければジャーナリズムのコミュニティに属さねばならぬ。そのためには大学に入るのが一番良い方法だ。だからあんな一見何の役にも立たない大学というものが存在しているのだ。

自分が属する世界に飽きてしまってその外の世界で活路を見いだそうとしても、うまくはいかない。逆に自分の学閥の中でぬくぬくと活動していて、良い気になっていても、それはほんとうの実力ではない。ホンモノでなければいずれ遠からず忘れ去られるだけだ。

二足のわらじというが、単に本業と副業があるというだけではないのだ。複数のコミュニティに属するにはどうすれば良いか。一つの大学を出て、年を取って他の大学も出ればよいのか?なるほど、それもありかもしれない。しかし今更他人の弟子になって頭を下げる気など起きない。そこまでして他人に搾取されたくない。

世の中は実に馬鹿げている。身内で盛り上がっているだけではないか。そんなものは死んでしまえば何も残らない。学者ならば常日頃学者を観察しているはずだ。そこから導かれる結論は学者は馬鹿だという以外無いはずだ。それなのに、学者のくせに学者を擁護する。そういう学者ばかりだ。

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