天明八年戊申十月御心得之箇条並老中心得之箇条依台命松平越中守定信撰之上ル覚

一 五常五倫の道を体せられ文武兼ね備はらせられ候御事は勿論の御儀、且つ貴賎共各職分御座候ひては職に背き難き候由、恐れ乍ら上には御官位尊くあらせられ候上、征夷大将軍、淳和・奨学両院別当、源氏長者を御兼職遊ばされ候。征夷将軍に於いては一日も武備を御忘れられ難し。両院別当に於いては又、文道を御離れ難く遊ばされ候御事・御職分に成られ御座候へば、弥(いよいよ)御慎み御勤め遊ばさるべく候事

一 何ゆゑに斯くは御尊くあらせられ候と常々思し召されるべく候。斯くの如く御尊くあらせられ候は、東照宮の御神徳にあらせられ候。東照宮にも斯くの如く御尊くあらせられ候様、神慮にもあらせられず、応仁の頃より天下大いに乱れ、生民、塗炭に落ち候をお救ひなされ、大正・至仁の御徳あらせられ候に付き、天下人民、帰服奉り候ひて天下を御平治遊ばされ候。元より御尊くあらせられ候はでは天下永久に御治め難く遊ばさる御事に付き、再応の勅命に任せられ、遂に御位も御尊く成らせられ、万代無疆・御栄耀には成らせられ至り候。古人も天下は天下の、一人の天下にあらずと申し候ひまして六十余州は禁廷より御預かり遊ばされ候御事に御座候へば、かりそめにも御自身の者に思し召すまじき御事に御座候。将軍と成らせられ、天下を御治め遊ばされ候は御職分に御座候。然る所、上に立たせられ候ひては、おのづから御心も弛ませられ、御政事は残らず下へのみ任せられ、万づ天下の為に御心用ゐさせられ候御儀薄く御慰み事にのみ御心を用ゐさせられ、或いは上にあらせられ候ひては下の御威風に靡き奉り候によりて、自然思し召し付かせられ候事いつも宜事とのみ思し召され仰せ出だされ候儀は御筋合如何の事も其の儘御押し付け遊ばされ、御喜怒の御私情にて御賞罰の御大法を曲げられ、御愛憎の変にも御人の御進退遊ばされ候類ひはあらせられまじき御事惣て軽き輩職分におはせられ候へば御咎の所も亦重く天下の患ひにも相ひ及び候事相ひ記し候如くに御座候。

以下略

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