イソクラテス弁論集

この解説がいきなり「カイロネイアの敗報」から始まっているのだが、
私は暫くこの文章をイソクラテスが書いたのかと思って読んでしまったのが、
なんだかおかしい。
あきらかにおかしい。
読み返してみたら解説が始まっていたのだけど、
イソクラテスがデモステネスを褒めるはずがない。

> デモステネスの演説がもつ決断の力強い表現は、都市国家が最後に放った閃光であり、ギリシャの弁論術の最高の達成である。

などというはずがない。
イソクラテスはデモステネスに対して真逆の評価をしていたのに違いないのである。

私に言わせればデモステネスはただのバカだ。

カイロネイアの戦いが終わって酒に酔ったフィリッポス2世がデモステネスの決議文を韻文にして吟じたなどというのは、これも誰が言ったかわからない俗説だし(フィリッポスはデモステネスを嫌っていたが、そこまでするとは思えない)、
イソクラテスがカイロネイアの敗報を聞いて断食して死んだというのも後世の俗説である(イソクラテスがそんな馬鹿なことをするはずがない。イソクラテスの死とカイロネイアの戦いがどちらが先かは不明)。
むろんそういう俗説もあると参考までに取り上げるのはかまわないが、
いきなり解説の冒頭にもってくるとはどういうことか。
ミスリーディングだろ?

この、「イソクラテス弁論集」という極めてマイナーな本を読もうという人は、
ソクラテス、プラトン、アリストテレス、或いはデモステネスと続いた正統派の古典ギリシャ哲学に、多少の疑問をもち、イソクラテスに同情的な人ではなかろうか。
フィリッポスと同時代で、彼の理解者であったイソクラテスの生の声を聞きたくてこの本を読むのではなかろうか。
この本の解説はその期待を完全に裏切る。
この本をさらに読む気が失せるほどに。
この本の著者は、単に学術業績のために、
ペルセウスの英文をたまたま翻訳しただけなのではなかろうか?
イソクラテスに対する「愛」は持ち合わせてないのだろう。

少なくとも、イソクラテスの本なのだからイソクラテスのことを、
客観的に、中立公平に、学術的に論じてほしい。
そして単に今日定説となっていることを羅列して解説とするのではなく、
イソクラテスという人の意義を掘り下げてみせてほしい。
でなければ解説など邪魔だ。

それから、「平和について」と題するイソクラテスの演説も、
これはデモステネスのような主戦論者に反対して言っているのだ、
マケドニアと争うな、テーバイと同盟してマケドニアと戦争するなど大きな間違いだと。
そしてこれは大国ペルシャに対して言っているのでないことも他の演説によってわかる。
ペルシャの脅威に対してはギリシャ人全体の問題として、一致団結して、
適切に対処しろと言っているのだから。
そりゃそうだ。
スパルタ、テーバイ、アテナイ、マケドニア、ギリシャ人が内輪もめしてる場合じゃないよと。
さっさとギリシャ諸ポリスはマケドニアを盟主と認めて外敵ペルシャに対抗しろ。
イソクラテスはそう言っているのだから。

月報の論評は日本の「平和憲法」や「九条」と絡めて話してしまっている。
おかしな左翼思想を持ち込むなよ。
そういうコンテクストで戦争を放棄しろ、平和条約を結べ、などと言っているわけではない。
読めば明らかではないか。

ともかくイソクラテスファン(そんな人がいるかは知らぬが)が読んだら、腹を立てるに違いない。しかしおそらくそんな人は今のギリシャ哲学研究者にはいないのだろう。

それはそうとイソクラテスがスパルタという「王国」を褒めているのは面白い。
結局マケドニアはスパルタと最終的に雌雄を決することになったのだが。
まあ、マケドニアが好きなイソクラテスが同じ王国のスパルタを好きなだけかもしれないが。
そんな彼がアテナイの敗戦を悲しんで断食して死ぬはずない。

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