今書いている本

今書いているものなのだけど、良いものを書いている手応えはあるのだが、まったく売れる気がしない。

私が若い頃書かせてもらった本は、共著で、しかもほとんど全部私が一人で書いたにもかかわらず私が主たる著者ではなかった。いわゆる搾取だ。今懲罰委員会にかければ絶対処罰される案件だが、大昔のことだし、昭和だし、いまさらどうにもならんし、見る人が見ればわかることだからどうでも良いといえば良い。

その後にも手伝いで共著で書いた本があるが、くだらないどうでも良い本だったのでどうでもよい。

単著で書いたのは「田中紀峰」名義で書いたのが最初だ。「定家」と「シュピリ」。書きたいものを書かせてもらったので感謝している。どちらもだいたいどんな人が読んでどんな反応があるかは予測が付いたし、実際そうだったし、どちらもそこそこ売れて、でも初版絶版で、死んだ後も一応著書が残せたのは良かった。

だが今度書く本はちと違う。

もう死んだ後に残すための本は書いたのである。それにkindleでもたくさん書いているからこれらも死んだ後まで残るだろうから、それはそれで良い。できればkindle本も紙の本で出して国会図書館に献本したほうが後世に残りやすいとは思うがそこまでしなくても残るだろう。

今度書く本ももちろん死んだ後に残したいから書いているのだが、そうした本はすでに2冊書いたから今度は売れる本を書こうと思った。売れるというより、世の中に認知される本を書こうと思った。

一番あり得るのは今度出す本も前に出した本と同じで読む人は読むが一般人は読まないか、読んでも理解できないかだろう。

だがもしかすると売れるかもしれない。最低1万部くらい、2版が出るとなると話が違ってくる。売れるのなら次の本も出すかという話になってくるからだ。書けばいくらでも出してくれるというのであればもちろん私はうれしい。少なくとも定年後のひまつぶしにはなる。

ものすごく売れてくれれば今の仕事を早期退職して執筆活動に専念したいくらいだ。とにかく今の仕事には何の興味もなけりゃやりがいもない。というよりとっくの昔にやりたいことはやり尽くしてしまい今は飽きた。人生は短いんだから、いろんなことを試して死にたい。同じ仕事に縛られたくない。

いや、そんなことが書きたかったわけじゃなかった。今書いている本がもし売れたらそれなりに物議を醸すだろうと思う。批判されたり、悪目立ちする可能性もある。それは、売れる本を書いたら多かれ少なかれ起きる現象なんだろうけど、ちょっと怖い気がする。

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