「項羽と劉邦」後書き

投稿者: | 2010年7月4日

司馬遼太郎は「項羽と劉邦」の後書きで次のように書いている:

> 日本史においては、大流民現象がなかったために、それに見合う首領もいなかったし、従って政治哲学や政策論の過剰な生産もなかった。有史以来の最大の乱世といわれる室町期にあっては、政治とかかわりなく農業生産が飛躍した。

こういうことを書くのはまずいと思うんだよなあ。
「日本史においては、大流民現象がなかったために、それに見合う首領もいなかったし、従って政治哲学や政策論の過剰な生産もなかった。」
ここまでは良いとして、
「有史以来の最大の乱世といわれる室町期にあっては、」
これは嘘だ。日本の歴史は過去に遡ればさかのぼるほどに乱世であって、
でなければ前九年後三年の役なんてものが起きるわけがない。
日本は全国で一斉に武装蜂起が起きるほど開けてなかった。
未開拓の原野だらけだったのだ、室町時代までは。日本全土に兵隊を動員できたのは頼朝が最初だ。
「政治とかかわりなく農業生産が飛躍した。」
ここに至っては意味不明。

司馬遼太郎が中国史を書いたのは珍しくてたぶん「項羽と劉邦」しかなくて、
それを書いた後書きで気分が大きくなってこういうことを書いたのだと思うのだが、
原野の開拓とか開墾というものは高度に政治的なものであって、少なくとも領国単位では極めて政治的な事業だったはずで、
「政治とかかわりなく農業生産が飛躍」することなんてあり得ない。

たぶん守護大名や戦国大名が領国内で行った政治は政治とは言わないと、司馬遼太郎は言いたいのだろう。
いやそんなものが政治と呼ぶに値するとは気づかなかったのだろう。
中国皇帝の独裁政治と比較すれば確かにとるにたりないほど小規模な政治かもしれんが。

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