述懐歌

西行

> いつか我 昔の人と 言はるべき 重なる年を おくりむかへて

御製

> 今はただ 世に有りとしも いつしかは 我が身も人の 昔とや言はむ

景樹

> 樫の実の 一つ二つの 願ひさへ なることかたき 我が世何せむ

宗尊親王

> しきしまや 大和しまねの 外までも わたせば渡す 夢の浮き橋

景樹

> 世の中に 我を知らぬと 思ひしは われ世の中を 知らぬなりけり

宗尊親王

> 夢のうちに なほ見る夢や 世の中の はかなく過ぎし 昔なるらむ

宗尊親王

> いたづらに あすかの川の 瀬をはやみ 過ぐる月日の しがらみもがな

宗良親王

> 歎き来し ととせ余りの 世の中を 夢になしつつ 覚めてましかば

実朝

> とにかくに あればありける 世にしあれば 無しとてもなき 世をもふるかも

亀山院

> あさましや うちまどろめば 今日もまた 暮れぬと鐘の 音ぞ聞こゆる

亀山院

> 世の中に 思ふことなき 我が身かな とてもかくても あるにまかせて

田中久三

> 苦しとて 交はりがたき 世を捨てて 生くるは死ぬと ひとしかるべし

吉田兼好

> のがれても 柴のかりほの 仮の世に 今いくほどか のどけかるべき

吉田兼好

> かくしつつ いつを限りと しらまゆみ おきふし過ぐす 月日なるらむ

吉田兼好

> 憂きながら あれば過ぎ行く 世の中を 経難きものと 何思ひけむ

吉田兼好

> 大井川 つなぐいかだも あるものを うきて我が身の 寄るかたぞなき

吉田兼好

> うきことも しばしばかりの 世の中を いくほどいとふ 我が身なるらむ

頓阿

> いまさらに 侘ぶとも言はじ 山高み 晴れぬくもゐに 逃れ来し身を

追憶

宗良親王

> 寝れば夢 さむればうつつ とにかくに 昔忘るる 時の間もなし

後水尾院

> いかにして 此の身ひとつを たださまし 国ををさむる 道はなくとも

後桜町天皇

> 民やすき この日の本の 国の風 なほただしかれ 御代のはつはる

後水尾院

> うけつぎし 身の愚かさに 何の道も 廃れゆくべき 我が世をぞ思ふ

後水尾院

> 八百万 神もさこそは 守るらめ 照る日の本の 国つみやこを

光格天皇

> 身のかひは 何を祈らず 朝な夕な 民安かれと 思うばかりぞ

光格天皇

> 雨につけ 風に心を 痛めける 民のしはざの 憂れひを思えば

光格天皇

> 明け暮れも 絶えず心に 忘れぬは 安かれと思ふ 四方の国民

御製

> もののふと 心あはして 巌をも つらぬきてまし 世々のおもひで

御製

> あさゆふに 民安かれと 思ふ身の こころにかかる 異国(ことくに)の船

御製

> この春は 花うぐひすも 捨てにけり わがなす業ぞ 国民(くにたみ)の事

御製

> 愚なる 心は寒し 薄氷 あやうきのみに 世をわたる身や

御製

> 矢すじをも つよくはなたむ 時ぞ来ぬ むべあやまたじ もののふの道

御製

> さまざまに なきみわらひみ かたりあふも 国を思ひつ 民おもふため

御製

> 位山 たかきに登る 身なれども ただ名ばかりぞ 歎き尽せじ

御製

> 我が思ひ 比べばいづれ 深き淵 住みも浮かべる 亀に聞かばや

和宮

> 惜しまじな 君と民との ためならば 身は武蔵野の 露と消ゆとも

吉田松陰

> 身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留置まし 大和魂

吉田松陰

> 討たれたる 吾れをあはれと 見む人は 君を崇めて (えびす)払へよ

吉田松陰

> 七たびも 生きかへりつつ (えびす)をぞ (はら)はむこころ 吾れ忘れめや

吉田松陰

> かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂

吉田松陰

> 皇神の 誓ひおきたる 国なれば 正しき道の いかで絶ゆべき

楠公讃
秋成

> 君が思ふ 君にありせば 剣太刀 研ぎし心の かひぞあらまし

秋成

> 君こそは 君を知らざれ 天地の 神し知れらば 知らずとも良し

秋成

> ほまれある 名をばあふぎて おほかたは 君が心を 知らぬなりけり

佐久良東雄

> よき人と ほめられむより 今の世は 物狂ひぞと 人のいはなむ

林美作守直秀

> 憂き時も うれしき時も 恋しきは まづたらちねの ありしいにしへ

林美作守直秀

> 明け暮れに 恋ひぬ日はなし たまくしげ ふたりのおやの ありしその世を

なにがしの孝子がまづしくておやにつかふることの心にもまかせぬよし歎きたるを、
なぐさめて言ひつかはしける
蘆庵

> 家富みて 飽かぬことなく 仕ふとも 報いむものか 親の恵みは

良寛

> たらちねの 母がかたみと 朝夕に 佐渡の島辺を うち見つるかも

良寛

> いにしへに 変はらぬものは 荒磯海と むかひに見ゆる 佐渡の島なり

橘曙覧

> 髪白く なりても親の ある人も おほかるものを 我れは親なし

吉田松陰

> 親思ふ こころにまさる 親こごろ けふの音づれ 何と聞くらむ

吉田兼好

> 山里は とはれぬよりも とふ人の 帰りてのちぞ さびしかりける

頓阿

> みやこびと 帰らばはなほや 山里は とはれぬよりも さびしからまし

御製

> 方々に 思ひあはする 友もがな 我のみ独り 昔こひつつ

武田晴信

> いくとせか 我が身一つの 秋を経て 友あらばこそ 月は見てまし

中山信治

> 思ひ出でて 昔語らふ 友もがな わがとしなみの よるの寝覚めを

大隈言道

> いつよりか おもてしわびて 老いのどち いづれも同じ 友猿ぞかし

秋成

> 山に入る 人のためしは ならはねど 憂き世のあるに まどひてぞ来し

返し
蘆庵

> 我も世に まどひて入りし 山住みよ いざ身の憂さを ともに語らむ

憂き世
大隈言道

> わが身こそ なにとも思はね めこどもの 憂してふなべに 憂きこの世かな

秋成

> 晴れ曇る 人の心に くらぶれば 雲の迷ひは かごとなりけり

貞徳

> おもふどち 野べに出でつつ 春は摘み 秋は折りとる 七くさの花

遊女

御製

> 漕ぎ出でて ゆききの人の うかれ妻 みは浮舟の 契りなるらむ

遊女
中原広道

> 見も知らぬ 人に枕を かはしまの 月にうたふや おのがうきふし

岸頭傀儡
平盛宥

> かはぎしの かなたこなたに よる浪の 枕さだめぬ ちぎりもや憂き

貧窮

良寛

> みづぐきの 筆紙持たぬ 身ぞつらき きのふは寺に けふは医者殿

景樹

> 子はなくて あるがやすしと 思ひけり ありてののちに なきが悲しさ

嬰子
大隈言道

> いくばくの おとりまさりも 見えぬ子の おへるおはるる あはれなるかな

山彦
大隈言道

> こたへする こゑおもしろみ 山彦を 限りもなしに よばふわらはべ

大隈言道

> もろともに 住めばかしまし もろともに すまねば寂し うたてめこども

大隈言道

> 衣手に 取りすがる子の 泣きながら 親にひかれて 行くがかなしき

後鳥羽院

> あかつきに 夢をはかなみ まどろめば いやはかななる 松風ぞ吹く

宗良親王

> 覚めてのち 思ひ知るこそ はかなけれ そもうたたねの 夏の夜の夢

田中久三

> うたたねに 夢とうつつを 取り替へて 覚むればやがて 忘られやせむ

正徹

> 埋火の あたりをぬるみ まどろめば 行末とほき 春のよの夢

景樹

> 明けぬれば 必ず醒むる ものにして 寝るよひよひぞ はかなかりける

景樹

> 思ひ出づる ことも残らず 夢なれば 醒めしともなき 我が寝覚めかな

老い

曾禰好忠

> 何もせで 若き頼みに 経しほどに 身はいたづらに 老いにけらしも

足代弘訓

> 事しあらば 火にも水にも 入らむとは 思ふものから 身は老いにけり

藤原為家

> 老いらくの 来ると見ながら ふりにけり 霜のよもぎに 秋たくる身は

藤原為家

> 人とはぬ 小倉の山の 宿の月 この世一つの 友とやは見る

藤原為家

> あしがもの羽風にさわぐ にごりえの すみがたき世を なほしのべとや

土御門院

> 夕暮れの なからましかば しらくもの うはの空なる ものは思はじ

宗良親王

> 世の中は ゆめもうつつも なきものを 起きても寝ても 何思ふらむ

藤原為家

> なみだこそ 老いの寝覚めは こぼれけれ 夕つけ鳥の 鳴くにつけても

北条氏康

> むかしなど よをうき物と おもひけむ かくてしもなほ ながらふる身を

秋成

> かぞふれば 年はあまたに 積みぬるを なほをさなきは 心なりけり

武女

> 行き帰り 三嶋の神の 宮よりも ふりにしものは 我が身なりけり

景樹

> みな月の 有明月夜 つくづくと 思へば惜しき この世なりけり

景樹

> 声をのみ 友と聞きつる まつむしの 身のゆくへにも たぐふ秋かな

景樹

> 山に来て 避けむと思ひし 世の中の 憂きはさながら 身は老いにけり

宮川松堅

> 玉くしげ ふたつの憂さぞ かへり来ぬ 悔ゆる心と 老いの姿と

関尚久

> 立ち居さへ 身にはまかせぬ 老いらくの 人にまれなる うきふしぞそふ

三位尼君

> かばかりの 老いとなるまで 憂きたびに 生けらむ身とも 思はざりしを

田中久三

> うめさくら 芽吹く春こそ うたてけれ やがて我が身の 老いぬと思へば

景樹

> つくづくと もの思ふ老いの あかつきに 寝覚め遅れし 鳥の声かな

大田南畝

> 生き過ぎて 七十五年 食ひつぶし 限りしられぬ 天地の恩

景樹

> わがよはひ 昔の数に かへらめや この炒り豆に 花は咲くとも

景樹

> 老いにけり つひに心の 遅駒は 鞭打たれつる かひもなくして

伴蒿蹊

> もどかしと 人は見るらし いはけなき 心ながらに 身はふりにける

田中久三

> 若返る 人は一人も あらざりき あふたびにみな 皺ぞ増えゆく


景樹

> 松の葉の しづく落つらし 柴の戸に をりをりあらき 雨の音かな

景樹

> 夕まぐれ 嵐に落つる 松の葉を 雨のあたると 思ひけるかな

景樹

> 空に散る 鳥の一羽の 軽き身を おきどころなく 思ひけるかな

景樹

> 樫の実の 一つふたつの 願ひさへ なることかたき 我が世なにせむ

景樹

> 山よりも 深き心の ありがほに 市の中にも かくれけるかな

景樹

> うつせみの 世にこがくれて 住む宿の 心に夢は ならはざりけり

景樹

> 山深く 眺めながめて 雲水の ゆくへあだなる 世とは知りにき

景樹

> 何ゆゑに 山には住むと 人問はば 答へむまでの 心ともがな

景樹

> 山がつと なりにける身の 心ありて なぞ秋風に もの思ふらむ

景樹

> 人疎む 門には市も なさざりき 世をあきものと いつなりにけむ

景樹

> 闇ながら 晴れたる空の むら時雨 星の降るかと 疑はれつつ

景樹

> 月に寝ぬ やもめからすや 浮かれ鳥 歌へ歌はむ 明けぬともよし

景樹

> 朝づく日 出でぬ先にと ひむがしの 市にあきなふ はたのひろもの

景樹

> 世の中の 嘆きは我も 懲り果てつ いざ山がつと あひ住まひせむ

河内尼、足袋縫ひて贈りしに
秋成

> 浅沓の あさましきまで 老いぬれば このたびを世の 限りぞと思ふ

かへし
河内尼

> あさぐつの 浅くは君を 頼まねば などこのたびや 限りなるべき

憂き世

躬恒

> ことさらに 死なむことこそ かたからめ 生きてかひなく ものを思ふ身の

赤染衛門

> 憂き世には 長らへじとぞ 思へども 死ぬてふばかり かなしきはなし

赤染衛門

> たまぼこの 道の空にて 消えにせば 憂きことありと 誰か告げまし

藤原季通

> 嫌ひても なほしのばるる 命かな 再び来べき この世ならぬを

林重澄

> 売ることも あらぬ歎きは 大原や この市柴の しばしなる世に

したしき友のとひきければ
源康棟

> くる人も かたりな出でそ 世の憂さは 聞かじと思ふ 山のすまひに

太田道灌

> 折りにあへば 松も緑の色ぞ添ふ 我が身よいかに 志賀の唐崎

無情

藤原隆季

> 濃き薄き 花のいろいろ 染めて着る 秋の衣は 今日ばかりかも

景樹

> はかなくて 木にも草にも 言はれぬは 心の底の 思ひなりけり

良寛

> 見ても知れ いづれこの世は 常ならむ 遅れ先立つ 花も残らず

良寛

> 手を折りて うち数へれば 無き人の 数へがたくも なりにけるかな

良寛

> 夕顔も へちまもいらぬ 世の中は ただ世の中に まかせたらなむ

良寛

> 我れありと 思ふ人こそ はかなけれ 夢の浮き世に まぼろしの身を

その他

秋成

> 九重に となりて住める 里人は 宮馴れしても ものは言ふなり

遊人
秋成

> 花鳥の 色にも音にも ほだされて いとまある身の いとまなきかな

商人
秋成

> 畝火山 梢に騒ぐ 朝鳥の 先に群れ立つ (かる)の市人

御製

> 商人の 売るや重荷を 三輪の市 何をしるしに 求めけるかも

御製

> 売り買ひの 賑はふ声も 辰の市 治まれる世を 市に知るかな

もののふ
秋成

> 弓矢負ひ いざ駒なめて もののふの 花見がてらに 鳥狩(とが)りする岡

四十一
大隈言道

> よそぢとて おどろかれしを 夢のまに また一歳も くははりにけり

大隈言道

> あまりにも 差し入る閨の ひかげかな ただよふ塵の あらはなるまで

良寛

> 草の庵に 足差し伸べて 小山田の かはづのこゑを 聞かくし良しも

良寛

> むらぎもの 心をやらむ 方ぞなき あふさきるさに 思ひ乱れて

良寛

> 我が宿は いづこととはば 答ふべし 天の河原の 橋の東と

京極高門

> 世をわたる 我も市人 身をたてて 名をうることを 思ふはかなさ

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