Inner vision

投稿者: | 2006年1月1日

S. Zeki の本 Inner vision は確かに衝撃的だが、煎じ詰めれば、視覚領野を統合するような視覚領野は存在しないと言ってるだけ。
各種画像処理に特化した視覚領野は全部横並びであり非同期であって、低レベルの視覚特徴から高レベルの統合特徴を作ったりはしないということ。
少なくともリアルタイムでそういう作業はしてない。
つまり我々が普段見ている光景というのはほとんどすべてが無意識のうちに見ていると言ってるにすぎない。
コップの水を飲むのにこれはコップ、黄色い冷たい陶器のコップ、透明の水、などといちいち意識しないようなもので、それは当たり前のことだ。
自動車を運転するときもそうだろう。
いちいち意識していたら運転できない。
歩くこともできまい。
意識しすぎれば身動きとれない。
自意識過剰という状態だ。

ブルース・リーが言う Don’t thik, Feel. というのが無意識。
高次な統合意識にとらわれず、低次の非同期で素早い反射行動を鍛えろいうことだ。

しかし人間に意識とか認識がないわけではない。それとこれは別だ。

無意識というのはつまり複数の低レベルの処理が非同期無連絡に行われている状態と考えればよいだろう。
意識というのは何か統合とか同期とかが必要な処理で、フレームレートでいうとせいぜい 1fps とか 0.5fpsとかそんな非常に遅い処理。
しかも同時並列にはできない特権プロセスのようなもんで非常に重い処理なのだろう。

ただそれだけのことだ。当たり前と言えば当たり前のことだな。

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