御用提灯

ふと、御用提灯というのはほんとにあったのだろうか、
同心やら岡っ引やらが大勢あんなものを持って御用御用と言いながら捕り物をしたのであろうか、と疑問に思ったので、
つまりアレは時代劇にありがちなステレオタイプではないのかと思ったので、少し検索してみると、
なるほど青空文庫にいくつか事例があっていずれも戦前の時代小説。
その中で直木三十五の『[相馬の仇討](http://www.aozora.gr.jp/cards/000216/files/1716.html)』というごく短い話があるのだが、その四節目、少し長いが面白い語り口なのでまるごと引用すると、

 喜遊次が高座を降りて、楽屋――と云っても書割のうしろで坐る所も無い。碌に削りもしない白木を打交えた腰掛が二つばかり、腰を下して渋茶をすすっていると、

「喜遊次とは御前か」

 と背後からぴったり左手へ寄りそって立った男。田舎の同心だけは知っている。右手へ立つと抜討というやつを食うが、左手へ立つとそいつが利かない。

「ヘイ、手前」

「一寸外まで」

 と、云ったが蓆一枚撥ると外だ。四五人が御用提灯を一つ灯して立っているからはっとしたがままよと引かれる。何かのかかり合いだろう。真逆露見したのじゃあるまい。と思いながら役宅へつく。

 白洲――と云っても自い砂が敷いてあるとは限らない。赤土の庭へ茣蓙一枚、

「夜中ながら調べる。その方元佐々木九郎右衛門と申したであろうがな」

 さてはと気がついたが逃げはできない。白を切ってその上に又と、

「一向存じません」

 役人首を廻して、

「この男に相違ないか」

 と云うので、喜遊次ふと横を見ると、篝火の影から、

「確と相違御座りませぬ。九郎右衛門、よも見忘れまい。中川十内じや」

 と、中川十内。奉行又向直って、

「どうじゃ、その方にも見覚えがあろう」

「はっ」

 と云ったが、十内が「相違ない」と云ったのと、奉行が「どうじゃ、その方にも」と云ったのとは、間髪を容れない呼吸で畳み込まれた。それに応じて明快に、

「いいえ決して」

 とは中々云えない。誰でも「はッ」と出てしまう。その隙に又追かけて、

「縄打て」

 あざやかな手口、原町へ置いておくには惜しい役人と思ったが、敵討願と云うので、丁度来合せていた領主相馬弾正の御目附、石川甚太夫が自身で調べたのだ。

「原町」とはなんであろうか。よくわからんので冒頭から読み直すと「相馬の仇討」というのは戦前は有名な講談だったらしく、

> 「軍右衛門、廉直にして」、「九郎右衛門後に講釈師となる」
 廉直などと云う形容詞で書かれる男は大抵堅すぎて女にすかれない。武士であって後に講釈師にでも成ろうという心掛けの男、こんなのは浮気な女に時々すかれる。
 そこで、軍右衛門の女房は浮気者であったらしく、別腹の弟九郎右衛門といい仲に成ってしまった。寛延二年の暮の話である。

寛延というから吉宗の子家重が将軍の時代。
佐々木九郎右衛門は磐城国相馬郡中村藩の武士で軍右衛門の異母弟、軍右衛門の妻と密通した上に、その妻と逃げ軍右衛門の寝込みを襲って殺害する。
金も取ろうとしたが見つからないのでまごまごしていると、家臣の中川十内に見つかってしまい、逃げるが雨戸に刺さったままにした刀で身元がばれる。
十内は九州の佐柄(?)から博多、広島、大阪、京、江戸と探し回り、とうとう仙台で喜遊次の名で講釈師になっていたのを見つける。
九郎右衛門対軍右衛門の息子清十郎、加勢に中川十内、十内の弟弥五郎と一対三の試合となり、清十郎はめでたく仇を討つ、という話。
「原町」とは相馬郡原町村(現南相馬市)によるのだろう。
御用提灯を持っていたから町奉行か何かというわけではなく、相馬藩士というわけだ。
邸宅というのも、相馬中村藩邸か何か(仙台にまで藩邸があるか?)なのだろう。

で思うに、わざわざ御用提灯を振り回して御用御用と叫びながら岡っ引が捕り物をするはずもないと思う。
しないことはなかったかもしれないが、実際の捕り物というのはもっと地味だったのに違いない。
ルパン三世と銭形警部じゃあるまいし。
だが岡っ引が提灯振り回して御用御用と言っているほうが時代劇的にはわかりやすい。
しかし直木三十五はそうしない。そこが偉い。
さすがに直木賞の元になった人だ罠。
時代劇、時代小説だからと型にはまったものは書かなかった、ということではなかろうか。
直木賞というのはやはり彼のような時代小説をメインとするものなのだろうか。

菊池寛『[恩讐の彼方に](http://www.aozora.gr.jp/cards/000083/files/496_19866.html)』も主君の妾と不義密通して逆に主君を斬って逃げ、息子が日本中を探して仇討ちする、
というプロットであり、割と似ている。こういうのが戦前は流行っていたのだろうか。

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