王公候伯

投稿者: | 2013年1月18日

Principality は「公国」と訳されて、
原義としては Prince が元首として治める国、という意味である。
ところがイギリスなどでは Prince は太子という意味であって公でも君主ではない
(イギリス王太子を Prince of Wales というから本来「王太子」ではなく「ウェールズ公」と呼ぶべきなのかもしれない)。

いろいろ考えてみた結果、つまり、
王(king)の子供または弟などは(元首ではなくとも)公(prince)と呼ばれることがある、というわけだ。
prince は duke とほぼ同義なのだが、
prince が治める国を principality というのに対して、
duke が治める国を duchy と言ったりする。
prince は duke より格上であるとして、
prince を grand duke、archduke、「大公」と訳すことがある。

ドイツ語では「王」は Koenig、
「大公」は Erzherzog、
「公」は Herzog、
「候」は Fuerst である。

カヴール(Camillo Benzo)は次男で、conte di Cavour と呼ばれた。
直訳すればカヴール伯である。
彼の父は marchese di Cavour、つまりカヴール候であり、
また Camillo の兄 Gustavo もカヴール候であった。
すなわち、候(marchese)の男子や弟が伯(conte)と呼ばれるのであろう、と思われる。

一つの所領の中で、一番偉い人、元首が「王」であればその所領は「王国」であり、王の男子の親族は「大公」である。
元首が「大公」、つまり大公国ならその男子の親族は「公」。
元首が「公」、つまり公国ならその男子の親族は「候」。
元首が「候」なら候国で、候の男子の親族は「伯」。
以下略。
と考えるとだいたいつじつまがあう。

ここにさらに疑問が湧いてくるのだが、では
「公」の息子が「候」、「候」の子が「伯」ならば、
「公」の孫を「伯」と言ったりするのだろうか、ということだ。
よくわからん。

現在大公国はルクセンブルクしかいない。
公国には、
モナコ、
リヒテンシュタイン、
アンドラがある。
ここからがややこしいが、
ルクセンブルクは grand duchy、
モナコは principality だから対等のはずである。
ルクセンブルクを大公国というのであればモナコも大公国であろう。
またリヒテンシュタインは Fuerstrum なので本当は「候国」なのではないか。
アンドラはさらにややこしい。元首は prince なので、
大公国と訳すべきだろう。
しかしアンドラ大公の法的継承者はなぜか二人いて、スペイン・カタルーニャ州のカトリック教会ウルヘル司教区の司教と、
もうひとりフランス大統領である。

この辺りの呼称は一度ちゃんと整理すべきなんじゃないかと思うが、微妙な話題すぎて手が付けられないのかもしれん。

Camillo Benzo, conte di Cavour を
Camillo Benzo di Cavour と書くことはできない。
これでは Camillo はカヴール候ということになる。
兄の Gustavo が死んでカミッロがカヴール候を継いでいれば嘘ではないが、
Gustavo が死んだのは 1864年、
Camillo は 1861年に死んでいるから、Camillo がカヴール候を継いだはずがない。
Gustavo も政治家だったようだが、Camillo の方がはるかに有名、というか宰相になったから、
Camillo のことを単にカヴールと呼んでいる、ということだろう。
カヴールは出身地にちなむあだ名だという言い方は間違っている。
貴族の場合、その出身地がいわば正式な名字の代わりだからだ。
ただし、Camillo の場合には正式には領主ではなくて領主の弟なので、
di Cavour と言ってしまうと嘘になるということなのだろうと思う。

ちなみに Gustavo には Augusto という息子がいたが、
1848年の対オーストリア戦で20歳で死んでいる。
Augusto はつまり Camillo の甥にあたる。
Camillo に妻子がいたかどうかはわからん。
たぶんいなかったのだろう。
この辺まで調べてくるともはやイタリア語の文献しかないのだが、
ちゃんと読めているかどうか不安になる。
間違っているかもしれない。

ついでに書いておくと、カリオストロ公国はモナコ公国がモデルになっているようなのだが、
モナコの元首はモナコ大公と呼ばれることが多い。
カリオストロ大公家に対して、カリオストロ伯家というものがあることになっている。
大公家が本家で伯爵家が分家、というような設定なのだろうが、なんかおかしい。
大公の親族であるなら公であるはずだ。伯爵では身分が低すぎる。まあそれは目をつぶったとして、
クラリスの父は大公だっただろうと思う。
カリオストロ伯が大公の弟ならばクラリスは姪。ちと血が近すぎる。
カリオストロ伯が大公の息子ならばクラリスは妹。ますます血が近すぎる。
クラリスの祖父が公で、その息子が候で、さらにその息子が伯、と考えれば、
クラリスとカリオストロ伯はいとこどうしということになり、
大公夫妻亡き後カリオストロ伯が摂政をしていたというので、だいたい話はあう。

ま、だとしても、「ラザール・ド・カリオストロ伯爵」という名前は変だ。
正式には「ラザール、コンテ・ド・カリオストロ」とかそんな名前でなくてはならないはずだ。
「ラザール・ド・カリオストロ」ではカリオストロという伯領があるように思えてしまうからだ。
Camillo Benzo, conte di Cavour という名前はその辺りをきちんと考慮してある。

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