菊池寛の作品を読むと面白いものもあればつまらないものもある。
面白いのは、まず「恩讐の彼方に」「忠直卿行状記」「俊寛」「藤十郎の恋」「仇討三態」「仇討禁止令」。
「父帰る」も面白くなくはない。
「日本合戦譚」。これはつまらない。
昭和七(1932)年から九(1934)年にかけて書かれたらしい。
田原坂合戦にしろ姉川合戦にしろ、ただ長いだけで面白くない。
歴史小説というよりは歴史随筆、というのに近い。
つまり、頼山陽の「日本外史」に近いものか。だが、「日本外史」の方がはるかに面白い。
「日本合戦譚」は菊池寛ではなくゴーストライターが書いたものだという説があるらしいが、
確かに、本人の作かどうかはともかくとして、他の作品と印象がずいぶん違う。
松本清張は「日本合戦譚」の愛読者で「私説・日本合戦譚」というものを書いたようだ。
菊池寛の何を面白いと思い何をつまらぬと思うかは人の勝手だが、
戦記物が私には特につまらなく感じる。
つまり、織田が徳川が小笠原が浅井が朝倉がとかそんな話がただ延々並列に列挙されてしまうと、私にはどうでもよい、としか思えないのだろうなと思う。
頼山陽はそんな書き方はしない。
戦国時代の合戦の話が好きになれないのかと思ったが、
しかし、田原坂を読んでもつまらないのだから、つまらないものはつまらない、としか言いようがない。
ただちょっと面白かったのは、明治天皇が船で神戸に着き、それから京都に居て、橿原に行く途中だった、とか、
乃木希典が軍旗を奪われた話とかかな。
だが、全体にだらだらしててつまらない、としか言いようがない。
だけど、今はwikipediaでも読めるけど、戦前の昭和には、「戦国オタク」向けの、
こういう具合にまとまった形の合戦物は無かっただろうから、
少年の頃の松本清張が夢中になって読みふけってもおかしくないのかもしれない。
私にはやはり「恩讐の彼方に」のような、巧みに脚色された時代劇、特に仇討ち物が面白いと思う。
「[俊寛](/?p=212)」(初出大正11(1922)年34歳)のおもしろさはまた別だ。
ストーリー的にはたわいもない話。
これは同じ題材でいろんな人がいろんな視点で書いているのが面白いと思う。
「忠直卿行状記」が大正7(1918)年30歳。
やはり、作品に若さがあるわな。
忠直が隠居を命ぜられたのが満28歳の時だから、菊池寛にして見れば、すごく面白い素材だったのだろう。
「恩讐の彼方に」が大正8(1919)年31歳。
やはり、これが最高傑作だと思う。
「仇討三態」は大正11年。すごく良い。
直木三十五が「仇討十種」というものを大正13年に出しているが、
これは明らかに菊池寛の「仇討三態」の影響によるものだろう。
「仇討禁止令」は昭和11年48歳とずいぶん離れている。
「仇討禁止令」は菊池寛の郷里、高松の話だから、ある意味もっと早く書いていてもおかしくなかった。
遅くに書いたものの中では面白いが、やはり、菊池寛得意の仇討物だったからだろう。
「恩讐の彼方に」みたいのをまた書いて下さいよと言われてその気になったのではなかろうか。
調べればちゃんとした年譜があるんだろうが、ネットにはなかなかそういうものが落ちてない。
菊池寛が何故あのように仇討物が好きだったのか、うまかったのか。
何かあったのだろうと思うが、よくわからん。
青空文庫では
「日本合戦譚」
がばらばらの短編として公開してあって、それは良いのだが、
kindleで読もうとするとごちゃごちゃして読みにくい。
また元通り
「日本合戦譚」のように一冊にまとめて欲しいなと思う。