キャラクターグッズ

投稿者: | 2013年3月28日

KDPで『超ヒモ理論』ってやつだけレビューが終わらない。
後から追加したやつの方が先に出版されている。
たぶん、深い理由はなくて、
ちょうどKDPの調子が悪かったときに登録したせいだと思う。

その他可能性としては、superstring theory ってキーワードで物理関係のレビューに回されて差し戻しとかくらってるとか。
別にどんなタイトルでもいいよね?

『墨西綺譚』。
初めて書いた現代小説。
練習作品のつもりだったが今読むとディテイルの部分で割と笑える。
自分の作品を忘れたころに読み返すのが面白いと感じる性格なのだと思う、自分。
少しめりはりつけて再出版。
これを書いたころは永井荷風なんてまったく読んでなかった。
成島柳北も為永春水も。
このタイトルの小説書いた後で勉強し始めた。

『将軍放浪記』。
これは事実上、一番最初に書いた小説。
やはりかなり加筆修正削除して再出版。

それはそうと某玩具売り場にいったら、
おもちゃというよりはほとんど全てがキャラクターグッズでワロタ。
なんなのそれ。
おもちゃかそれ。
プラモのガンプラばっかだし。

たとえばジャイロとか地球ゴマとかもそのまんまじゃ売ってない。
アニメのキャラクターと抱き合わせで売られている。
まあ、キャラ使えば企画も通りやすい or 資金回収しやすいんだろうな。
ロボットアニメにしろ戦隊アニメにしろキャラで制作費回収してるんだろな。

マーケティングって恐ろしいよな。
そのマーケティングに乗っかって、不本意ながらロボットアニメ作って、ガンダムみたいに後世に残るコンテンツが出る。

キャラクターグッズ売れんとコンテンツ制作は採算とれんということかな。
病んでるなと思うが、しかし人間の脳がそれだけキャラというものが好きなのだろう。
だからゆるキャラとかわらわら出てくる。
キャラ様々。
一発当てるとでかいもんな、くまモンとか。

主体性がないとかいうが、もしすべての人に主体性があったりしたら、社会は一つの方向にまとまって動いていかない。
一つの方向に暴走することはよろしくないとしても、
まるで方向性がないのもよろしくない。
そういうわけで社会にはある一定の割合で主体性のない人が含まれる。
その割合というのはかなり高い。
そういう人たちが多数派を占めていないと社会は成り立たないし、新規事業も立ち上がらないし、従って社会の進化もない気がする。
ある特定の主体性のあるひとが社会を変えていく、というよりは、
社会はある一定の割合で規格外の人間を生み出して、社会に変化を与えようとするのだろう。

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