柴折り焚く

> わびぬれば煙をだにも絶たじとて柴折りたける冬の山里

和泉式部集(正集)。

> さびしさにけぶりをだにもたてんとて柴折りくぶる冬の山里

(震翰)和泉式部集。

> さびしさに煙をだにも絶たじとて柴折りくぶる冬の山里

後拾遺集。

微妙な異同があるのだが、和泉式部が詠んだという歌。
真ん中のが一番やけっぱち感が出ていて、上または下はやや整った感じ。
この和泉式部の歌から派生して、

> 山里の柴をりをりにたつ煙人まれなりとそらにしるかな (肥後)

> いとなみに柴折りかくる仮の庵の軒に引き干す旅の衣か (隆季)

> 旅人の仮のふせ屋は風寒み柴折りくべて明かしつるかな (上西門院兵衛)

> 岩が根にま柴折りしき明けにけり吉野の奥の花のしたふし (守覚法親王)

> 雪埋む山路のそこの夕煙柴折りくぶるたれがすまひぞ (隆信)

> 寂しさに柴折りくぶる山里も身より思ひの煙やは立つ (範宗)

> 寂しさに柴折りくぶる夕煙心細くや空に見ゆらむ (藻壁門院但馬)

> 思ひかね柴をりくぶる山里を猶さびしとやひたきなくなり (寂蓮)

> 朝夕に柴をりくぶるけぶりさへ猶ぞさびしき冬の山里 (慈円)

> 雪の中に柴をりくぶる夕煙さびしき色の空にみえぬる (慈円)

> さびしさに柴をりくぶる山ざとにおもひしりける小野の炭やき (藤原家隆)

> さびしさに柴折りくぶる夕煙さとのしるべとみやはとがめぬ (飛鳥井雅有)

などが出てきて(まだまだある)さらに後鳥羽院が

> 思ひ出づる折りたく柴の夕煙むせぶもうれし忘れ形見に (後鳥羽院)

と詠み、慈円が返して

> 思ひ出づる折りたく柴と聞くからにたぐひまれなる夕煙かな (慈円)

ここから新井白石が「折りたく柴の記」
という題で本を書いた。

ふうう。ものすごい連鎖だな。
和泉式部より前にはさかのぼれないのかな。
後鳥羽院は最初の歌から連想しているように思える。

やや似ている歌:

> 難波女か小屋に折りおりたくしほれ芦の忍びにもゆる物をこそ思へ (殷富門院大輔)

> さぞとだにほのめかさばや難波人折たく小屋のあしの忍びに (前大納言為氏)

いずれも和泉式部よりは後の人。

思うに、和泉式部は実際に山里だかどこかで、自分で芝を折り折り、
いろりにくべて煙をたてたりしたのだろうが、他の人たちというのはどうなのだろうか。
単に本歌取りしただけなのか。

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