古今集

投稿者: | 2010年3月23日

古今集を読み始める。
面白い。
新古今で家隆の

> おもふどちそことも知らず行き暮れぬ花の宿貸せ野辺のうぐひす

が実は素性法師

> 思ふどち春の山べにうちむれてそことも言はぬ旅寝してしか

の本歌取りだったりとか。
実朝の万葉調というのが実は万葉集から来たというよりは古今集に集録された東歌に影響されたんじゃないのかとか。

春下はさくらが散る歌ばかりだ。
紀友則の

> しづごころなく花の散るらむ

や小町の

> 我が身世にふるながめせしまに

が有名だが、それに類する歌がいくつもある。たとえば貫之の

> 桜花とく散りぬとも思ほえず人の心ぞ風も吹きあへぬ

> 春霞なに隠すらむ桜花散る間をだにも見るべきものを

よみ人しらずの

> 残りなく散るぞめでたき桜花ありて世の中はての憂ければ

> うつせみの世にも似たるか花桜咲くと見し間にかつ散りにけり

> 散る花をなにか恨みむ世の中にわが身もともにあらむものかは

素性法師の

> いざ桜我も散りなむひとさかりありなば人に憂き目見えなむ

凡河内躬恒の

> しるしなきねをも鳴くかなうぐひすの今年のみ散る花ならなくに

などのように未練なく散るさくらを愛する歌が多い。
これらの歌は明らかに宣長の趣味とは異なり、というよりも、宣長が平安時代以来の日本人のメンタリティからかなり逸脱しており、
故に宣長が誤解される原因となっていることを意味している。

思うに、「ますらを」は万葉時代には明らかに「立派で優れた男性」特に「強い武人」を意味していた。
しかし古今の時代にはそれらがまったく忘れられ、
新古今の時代になると単なる「農夫」「狩人」「漁師」「木こり」の意味、つまり野山や海で肉体労働するまずしくいやしい男性の意味に使い、
知的労働階級たる殿上人たちが田舎の風景を歌に詠む上で鹿や雁や鶴などと同じく、
いわば屏風絵というジオラマの中の小道具扱いされている。
特にこの「ますらを」を繰返し繰返し誤用しているのは俊成である。
かれの武士蔑視、貴族意識ははなはだしいものがあっただろう。
このことは万葉集をちょっとでも学びまた新古今の歌に親しんだ人々にはすぐに察せられただろう。
武家の時代になって万葉集を研究した真淵らなどはこのような堂上歌風に憤激したに違いない。
ところが宣長はそういうところにはまったく無関心で、古今・新古今時代の誤用であることは明らかなのに、それに言及する気すらないように思われる。
また、あれほど源氏物語には熱心なのに平家物語などの軍記物にはなんら関心を示していないが、
やはり、宣長という人はどこか、徳川の尚武の時代にあって、何か根本的にひとりだけ浮いているところがある。
この部分を宣長はまったく解決していない。
真淵による宣長批判も、大筋には正しいと思う(ただし学問的な緻密さ正確さでは真淵は宣長にはるかに及ばないとは思うが)。
おそらく宣長は心情的あるいは精神構造的には「公家」であって、
公家は公家自身を自己批判できない。
だが真淵らは武士か町人か、ともかくも徳川支配の世の中の一般的な庶民の立場に居て、
公家を外から批判的に見て、
公家というのがどうしようもなく退廃的で衰え落ちぶれたように見えただろう。
なぜ公家はかつては栄華を極め今はあのように惰弱なのか、
なぜ武家はいまや民百姓を代表して世の中を経営しているのか、その現実を目の当たりにしているからこその、
源氏物語、新古今批判なのである。

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