伏見宮家

投稿者: | 2016年2月17日

ssdのhpの安いノートPCを仕事用に買ったのだが、win7だったので、
いじらないうちにwin10にアップグレードした。
ssdだと5時間くらいバッテリーもってくれるかなという期待で。

chromeブックだと安いし7時間くらい平気でもつのだが、あまりにも使いにくいので、もう使うのやめる。
なんかのサブには使うかもしれんが。

じんましんとか胸やけはどうも飲酒がきっかけで発症するらしく、
年をとって体力が落ちているのと病気の合わせ技だってことがほぼわかってきた。
そうだな。こんなに無茶な飲み方するからいけないんだ。
とにかく養生。

思うに、伏見宮初代栄仁親王は崇光天皇の皇子なので親王宣下されたけれども、
その栄仁親王の皇子治仁王は親王宣下されなかった。
治仁王の弟の貞成王も最初は親王宣下されなかった。
ところが称光天皇が病気で危篤になると、貞成は後小松院の猶子として親王宣下を受ける。
しかるに称光天皇が病気から快復すると貞成親王は出家して道欽入道親王となる。
いったん親王となった皇子が出家した場合は法親王とはいわずに入道親王というのかもしれないが、かなり異例だ。
結局、称光天皇は跡継ぎなく崩御し、
後小松院は道欽入道親王の皇子彦仁王を改めて猶子とし、称光天皇崩御の後譲国の儀をもってこれを即位させ後花園天皇とする。

後花園天皇が実母弟の貞常親王に勅許して、伏見宮を世襲親王家としたのは、
今後も称光天皇のように血統が絶える危険があることを認識していたからだろう。
その際に、称光と貞成のような、つまり大覚寺統と持明院統のような対立が二度とあってはならないので、
伏見宮家があくまでも分家であるというけじめをつけることにした。

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