おじさんはなぜぶつかってくるのか

普通の電車の普通の座席に詰めて座っていると腰が痛くなってくる。他人と体が接触していると無意識のうちに気を使い体に力が入るので、それが腰に来るのだ。だいたい15分以上そうした状態が続くと後でずっと腰痛が残って、電車で座れる以上に疲弊するので、途中で立つようにしている。

おじさんはなぜぶつかってくるのか、という話があるが、今日ぶつかってるおじさんを目撃した。おじさんは怒っているのだ。ぼーっと歩いている人に対して、君は間違って歩いているよ、よく周りをみて歩こうね、そこは君が歩くところじゃないよ、スマホ見ながら歩くなよ、横に広がって歩くと邪魔だよと、ぶつかることで警告しているのだ。ああいうふうに体を張って赤の他人を教育しようとしている人をみると私なんかは畏敬の念すら覚える。ああいう人がもっと増えれば世の中はもっと良くなるのではないか。私はやらないけど。

中には若い女性にぶつかりたいだけの変態おじさんもいるのかもしれない。だがどちらかといえばそういう「犯罪的」「反社会的」な「ぶつかりおじさん」は少数派であり、多くのおじさんはこのごみごみした都会に義憤を感じ義挙しているのだと思う。多くの場合、自分のだらしなさを隠すために、そういう「犯罪的ぶつかりおじさん」が時々槍玉にあがって、「ぶつかられ女子」たちの自己正当化に使われているのではないかと推測する。「なぜ私はいつも人にぶつかられるのかしら」と思っている人の多くは、なぜ自分がぶつかられるか、ふだん人混みの中で(いや、空いてる道でもそうだが)どんなに軽率な歩き方をしているか自己認識できてないだけだと思う。普段そういうぞんざいな歩き方をしている人が電動アシスト自転車なんか乗った日には今度は加害者に回ってしまうのだ。非常に恐ろしい。

普通、人は、町なかを歩くとき、自分の動線に入ってくる人を予測しながら歩いていると思う。自分と他人のどちらの動線が優先かを判断し、こちらの動線のほうが明らかに優先であれば進み、向こうが優先、もしくは、こちらが優先ではあるけれども状況的に向こうに譲ったほうが無難だなというときにはこちらが避ける。人が多く通る重要な通路の上で溜まってる人たちがいたり、逆行してくる人がいたりすると邪魔だなと思いつつも迂回する。そういう「普通でない人」が雑踏の中に1%もいればすごく目立つし、見てていらいらする。「普通の人」はそういう「普通でない人」たちにいちいちメンタルをやられないように無視しながら日常を生きている。中には自分と同じかそれ以上に動線を気にしながらしかしせかせか歩いている人に遭遇することがあり、そんなときにはどっちに回避して良いかわからずとまどうこともある(まあそれはしかし仕方ない)。

はてな匿名あたりでもよく話されていることではある。

悪いのはいつまでも工事している小田急だ。小田急という会社の性格の悪さがいろんなところに出ている。ほとんどの人はそういうところを見逃しているかまったく気にしていない。だからいつまでたっても改善されることはない。なぜさっさと首都機能移転しないのだろうか。東京は世界で一番人がたくさん住んでるとか、新宿は世界一の駅だとか、インバウンド万歳とか、何をいい気になってるんだ。馬鹿じゃなかろうか。さっさと分散させろ。

野球とかサッカーとか競馬とか、人のしのぎにいいように踊らされて、なんて人って馬鹿なのかと思う。

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