うひやまぶみ

「うひやまぶみ」は確か昔、岩波文庫版を買って読んだことがあったが、すでに絶版になったようだ。
改めて読み直したが、やはり記憶どおり、割と短い文章。
本文と補足に分かれていて、補足はイロハからヤまであるが、

* (ム)みづからも古風の哥をまなびてよむべし
* (ノ)後世風をもすてずしてならひよむべし
* (オ)後世風の中にも、さまざまよきあしきふりふりあるを、よくえらびてならふべき也。

の三ヶ所、得にノとオが他と比べて異様に詳しくてワロタ。
宣長としては、やはりこの辺りについて、どうしても弁明が必要だったのだろう。

> 古哥をば、いかほど深く考へても、他のうへの事なれば、なほ深くいたらぬところあるを、みづからよむになりては、我事なる故に、心を用ること格別にて、
深き意味をしること也。

私もそう思う。

> よき哥をよまんとするには、数おほくよまずはあるべからず、多くよむには、題なくはあるべからず、これらもおのづから然るべきいきほひ也。

良い歌を詠むには数多く詠まねばならないというのはそうだ。
しかし題詠は、必ずしも必要だろうか。まあいいや。

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