平清盛と後白河上皇はほぼ同時期に出家して受戒している。
清盛が病気になってまず出家し、そのあと後白河が出家し、
その後同時に受戒している。
康治元年(1142年)、鳥羽法皇と藤原忠実も同時受戒したと言う。
清盛が出家したのは病気療養のためであり、後白河上皇は清盛平癒祈願のために同時に出家したとも考えられる。
で、出家と受戒の違いはなんだろうかな、と思うに、
出家と言うのはなんとなく剃髪するとか屋敷を移るとか俗名をやめて僧侶の名前(戒名ではない?)を通り名にすることを言うような気がする。
姿形や名前を俗人とは変えてしまうことか。
受戒とはどこかの寺院で戒律を守りますよ的な儀式を受けて、以後肉食など止めることを言うのかもしれない。
僧侶になるにはどちらも必要な気がするのだが、微妙に違ってるよな。
よくわからんな。
つまり、出家は個人で出きるが、受戒にはある特定の教団ないし寺院ないし主催する僧正を必要とするということか。
また受戒というのはしばしば盛大な儀式になるのでまとめてやった方が便利なのかもしれん。
ましかし、やはり、清盛のために後白河も出家したと考えてほぼ間違いないようだ。
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