木曽義仲は武蔵国に生まれ、それから信濃国で成長しここで挙兵、それから上野国に侵入、信濃善光寺辺りで頼朝と対峙したあと越後から越中と転戦しつつ、
加賀、越前、近江ときて京都に入った。
あれっ、木曽義仲って美濃とか飛騨とか尾張には一度も入ってないじゃん。なんで木曽義仲なの。
と思ったのだが、
木曽(木曽谷)というのは、鎌倉時代までは美濃国であったが、それより後には信濃国の一番西の美濃国に隣接する地域であって、
従って信濃という認識らしい。
平家物語にも「われ信濃を出でしとき」などと書いてある。
なんか紛らわしすぎないか。
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