亦不知其所終 田中久三 aka 田中紀峰のサイト。

Archive for the ‘読書’ Category

伊勢物語の真相

10.15.2016 · Posted in 和歌

『古今和歌集の真相』を手直ししてて、『伊勢物語』が気になり始めた。

『伊勢物語』125段、藤原定家版以外なく、つまり、定家までどのような形で伝承してきたかすら、わからないということだ。

それでまあ、紀氏の家に紀有常の物語が残り、また藤原高子と遍昭の物語がこれとは独立してあった。 紀有常物語を執筆したのは紀貫之である可能性が高いと思う。 この二つの物語は比較的似ているし成立時期も重なっているので、 のちに一つに合体してしまい、 さらに似たようなエピソードも追加されて、 主人公は在原業平であることにされてしまったのではないか。

奈良や大和の話が多いのも気になる。 平城天皇系統の物語が在原氏を経て残ったのかもしれない。 京都からわざわざ奈良に来たときの話ではなく、平安時代になってもまだ奈良に住んでいた人たちの話。

1と2はよくわからんが、3から6段までは、高子と遍昭の若い頃の話。 高子入内866年より前。 1と2は後から巻頭に付け足された可能性もある。

7段は、有常が伊勢に権守として赴任したときの話だろう。857年。

8段は、有常が信濃に権守として赴任したときの話だろうから、871年頃。

9、10、11、12、13段は、有常が下野に権守として赴任したときの話。867年。 12段は、おそらく「国の守」である有常が下野に向かう途中に武蔵野辺りで盗人を捕らえて連行したという話だろう。

14、15段。

陸奥の国にすゞろに行きいたりけり。

下野は白河の関を越えれば陸奥であるから、そういうこともあったかもしれない。

16段。これはまさしく有常とその妻の話である。 時期はよくわからないが東国に赴任するころと一致するのに違いない。

17、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、28、29、30、31、32、33、34、35、36、37段。謎。 26段は高子の話か。 断片的なエピソードが集められた感じだ。

田舎わたらひ

むかし、男かた田舎に住みけり。男宮仕へしにとて、

子供の頃は奈良で育ったが、宮仕えしようと京都に移り住んだ、という意味ではなかろうか。 ならばやはり在原氏の話ではなかろうか。業平とは限らない。 業平の父・阿保親王だとすると田舎とは太宰府であることになる。 奈良ではなく長岡京かもしれない。

38段。これも明白に有常の話。

39段。淳和天皇と、崇子内親王と、源至の話。848年。

40段。謎。

41段。

武蔵野の心なるべし

とあるから、有常の話か。

42 謎。

43 賀陽親王の話。 賀陽親王は桓武平氏の祖葛原親王の実母弟。871年まで生きたので、 有常より20歳ほど年上だが、同時代人とも言える。

44 有常の馬の餞の話か。

45 謎。

46 地方に下った有常へ京都の友が消息した話か。

47 謎。

48 これも有常の馬の餞の話か。

49 謎だが、有常の話であるとすれば、 妹とは、仁明天皇更衣の種子、 文徳天皇更衣の静子かもしれない。 妹に

聞こえけり

とあるのが暗示している。

50、・・・、59 謎。

60、61。 有常が肥後権守となったときの話か。

62 謎。

63 在五中将、つまり業平の話。

64 謎。

65 非常に興味深い話だ。 ここには藤原高子と清和天皇と在原某が出てくる。 清和親王の母・藤原明子(染殿后・文徳天皇の女御・藤原良房の娘)も出てくる。 高子入内後の話としてもよいが、それだと

おほやけおぼしてつかう給ふ女の、色ゆるされたるありけり

皇后ならば禁色を許されているのは当たり前だろう。 だから高子がもう少し若い頃の話ではないか。 そしてそれより若い在原某は業平ではあり得なく、 業平の息子の棟梁、あるいは孫の元方であるかもしれない。 棟梁は有常の娘の子である。

清和天皇は幼主であったから女盛りの高子が不倫していてもなにもおかしくはない。

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十一日の月

10.14.2016 · Posted in 和歌

新月は日没時に西の地平線上に出てすぐに沈んでしまうので、実際には見えない。 目に見えるようになるのは「三日月」からだが、夕方西の空に出てすぐに沈んでしまう。

十五夜、満月は夕方東の空から昇り明け方西の空に沈む。つまり夜中見えるということだ。 十六日の月は「いざよひ」、 十七日の月は「たちまち」、 十八日の月は「ゐまち」、 十九日の月は「ねまち」、 二十日の月は「ふけまち」、 つまりだんだんに東の空から月が昇ってくるのが遅くなる。 月の出が日に日に、50分ほど遅くなっていく計算。

十一日の月は「とをあまりのつき」と言うらしい。 『伊勢物語』82段「渚の院」

・・・帰りて宮に入らせ給ひぬ。夜更くるまで酒飲み、物語して、あるじの親王、酔ひて入り給ひなむとす。十一日の月も隠れなむとすれば、かの馬頭の詠める。

飽かなくにまだきも月の隠るるか山の端逃げて入れずもあらなむ

親王にかはり奉りて、紀有常、

おしなべて峰も平になりななむ山の端なくは月も入らじを

ここで舞台装置として出て来る「十一日の月」というのはつまり、 夜明けよりも三時間あまり早く西の空に沈んでしまう月、 もう少しで夜が明けるのでそれまで飲みあかしましょうよということになる。

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『伊勢物語』の主人公は紀有常ではなかろうか。

10.14.2016 · Posted in 和歌

そして『伊勢物語』の筆者は紀氏の誰か、有常から昔話を聞けただれかだろう。 紀貫之である可能性もある。 貫之は『土佐日記』で渚の院に言及しているが、 彼は当然、渚の院における惟喬親王や在原業平、そして紀有常の故事を知り得る立場にいた。

紀有常は名虎の子で、妹に静子があり、静子は文徳天皇の更衣となり、文徳の長男・惟喬親王を生んだ。 藤原良房の関心は文徳からその皇子の惟仁(後の清和天皇)に移りつつあった。 文徳朝末期、有常は伊勢権守となる。 これゆえに『伊勢物語』というのではないか。 権守というのだから実際に伊勢に赴任したのである(ほんものの伊勢守はおそらく王(皇族)で遥任)。 69段、

昔、男ありけり。その男伊勢の国に狩の使にいきけるに、かの伊勢の斎宮なりける人の親、「つねの使よりは、この人よくいたはれ」といひやれりければ、親のことなりければ、いとねむごろにいたはりけり。朝には狩にいだしたててやり、夕さりは帰りつつそこに来させけり。かくてねむごろにいたつきけり。

二日といふ夜、男われて「あはむ」といふ。女もはた、いとあはじとも思へらず。されど人目しげければえ逢はず。使ざねとある人なれば遠くも宿さず。女の閨近くありければ、女人をしづめて、子ひとつばかりに男のもとに来たりけり。男はた寝られざりければ、外の方を見出して臥せるに、月のおぼろなるに小さき童を先に立てて人立てり。男いとうれしくて、わが寝る所にゐて入りて、子一つより丑三つまであるに、まだ何事も語らはぬにかへりにけり。男いとかなしくて寝ずなりにけり。

つとめていぶかしけれど、わが人をやるべきにしあらねば、いと心もとなくて待ちをれば、明けはなれてしばしあるに、女のもとより詞(ことば)はなくて、

君や来し 我や行きけむ おもほえず 夢か現か ねてかさめてか

男いといたう泣きてよめる、

かきくらす 心の闇に まどひにき 夢うつつとは こよひさだめよ

とよみてやりて狩に出でぬ。野にありけど心は空にて、こよひだに人しづめていととく逢はむと思ふに、国の守、斎宮の守かけたる、狩の使ありと聞きて、夜ひと夜酒飲みしければ、もはらあひごともえせで、明けば尾張の国へたちなむとすれば、男も人知れず血の涙を流せどえ逢はず。夜やうやう明けなむとするほどに、女がたより出だす杯の皿に歌を書きて出だしたり。とりて見れば、

かち人の 渡れど濡れぬ えにしあれば

と書きて末はなし。その杯の皿に続松の炭して歌の末を書きつぐ。

又あふ坂の 関はこえなむ

とて明くれば尾張の国へ越えにけり。

斎宮は水尾の御時、文徳天皇の御むすめ、惟喬の親王の妹。

これが実話であるとすると、伊勢国の守、兼、斎宮の守というのが有常。 「狩の使」とは朝廷の用にあてる鳥獣を狩るために地方に使わされた使者だが、 負担が大きいとして、平安初期から延喜五年までしか行われなかった。 この狩の使というのは、誰だかわからないが業平である可能性は必ずしも高くない。

有常が伊勢に赴任したのは857年。 この年の伊勢斎宮は晏子内親王。 文徳天皇の第一皇女だが、惟喬親王の実母妹ではない。 惟喬親王の実母妹、つまり静子の娘・恬子内親王が伊勢斎宮であるというのが通説のようだが、 なんか違う気がする。 業平との年の差は20歳くらいある。 有常815年生まれ、業平825年生まれ、惟喬844年生まれ、恬子848?年生まれ。 恬子は晏子の次、861年(13歳頃)に伊勢に下る。

斎宮が晏子だとすると 「伊勢の斎宮なりける人の親」とは文徳天皇のことではなくて藤原列子(従四位上・藤原是雄の女)ということになり、 その列子が「つねの使よりは、この人よくいたはれ」と言った勅使の男とは、はて、誰だろうか。 普通に考えれば藤原氏の誰かだろう。 だがまあ、もともとは有常と晏子の話だったのが、だんだんに恬子と混同され、業平の話になっていった可能性はある。

伊勢物語23段

筒井つの 井筒にかけし まろがたけ 過ぎにけらしな 妹見ざるまに

女、返し、

くらべこし ふりわけ髪も 肩過ぎぬ 君ならずして たれかあぐべき

これは有常とその妻(藤原内麻呂の娘)のなれそめの歌ではなかろうか。

さらに867年、有常(52歳)は下野国の権守となる。このころではなかったか、

名にし負はば いざ言問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと

この歌が詠まれたのは。 そして伊勢物語16段は、有常が貧乏なので妻(藤原内麻呂の娘)が尼になるという話。

昔、紀の有常といふ人ありけり。三代の帝につかうまつりて、時にあひけれど、のちは世かはり時うつりにければ、世の常の人のごともあらず。人がらは、心うつくしくあてはかなることを好みて、こと人にも似ず。貧しく経ても、猶昔よかりし時の心ながら、世の常のことも知らず。年ごろあひ馴れたる妻、やうやう床離れて、つひに尼になりて、姉のさきだちてなりたる所へ行くを、男、まことにむつましきことこそなかりけれ、今はと行くを、いとあはれと思ひけれど、貧しければ、するわざもなかりけり。思ひわびて、ねむごろに相語らひける友だちのもとに、「かうかう今はとてまかるを、何事もいささかなることもえせで、遣はすこと」と書きて、おくに、

手を折りて あひ見し事を かぞふれば とをといひつつ 四つは経にけり

かの友だちこれを見て、いとあはれと思ひて、夜の物までおくりてよめる、

年だにも とをとて四つは 経にけるを いくたび君を たのみ来ぬらむ

かくいひやりたりければ、

これやこの あまの羽衣 むべしこそ 君がみけしと たてまつりけれ

よろこびにたへで、又、

秋や来る 露やまがふと 思ふまで あるは涙の 降るにぞありける

有常の歌は82段にも載る。業平の歌への返しである。

ひととせに ひとたびきます 君待てば 宿貸す人も あらじとぞおもふ

あるいは

おしなべて 峰も平に なりななむ 山の端なくは 月も入らじを

業平の室は有常の娘、その子が棟梁、棟梁の子が元方である。

丹念に探せばもっと証拠が見付かるかもしれない。

業平は確かに50過ぎて相模権守になってるから、相模までは行ったことがあるはずだが、 相模の国府は寒川辺りだ。 武蔵と下総の境の隅田川をこえて下野国まで行ったのは有常であった。 また彼が愛妻家であったことも確かだろう。 彼の場合は赴任というよりは左遷に近かった。 藤原良房や高子、基経らにとっては邪魔な惟喬親王の近親であったからだ。 文徳朝後期以降、抑圧され不遇に暮らした。

身をえうなきものに思ひなして、京にはあらじ、東の方に住むべき国求めにとて行きけり。もとより友とする人、ひとりふたりして、いきけり。道知れる人もなくて惑ひ行きけり。

京都にはろくに仕事もない地方官にでもなろう、というやけくそな感じではなかったか。

『伊勢物語』に出て来る藤原高子関係の話は、紀氏の伝承とはソースが別なような気がする。 高子は遍昭の愛人だったはずだが、それがいつ頃からはわからない。 業平や有常とはあまり関係ないような気がするがよくわからない。

以下は関連する書きかけのメモ。

仁明天皇の皇太子には最初、嵯峨天皇によって淳和天皇の皇子・恒世親王(母は桓武天皇皇女)が想定されていた。 恒世親王が死ぬとやはり淳和天皇の皇子・恒貞親王(母は嵯峨天皇皇女)が皇太子になった。 ところが承和の変で恒貞親王は廃太子され、 代わりに仁明天皇の皇子・道康親王(母は藤原順子、冬嗣の長女で、良房の妹)が立太子される。

この頃すでに天皇と内親王の間にできた皇子は政治的経済的基盤が弱く、 有力な外戚を持つ皇子には勝てなくなっていたのである。

道康親王は即位して文徳天皇となる。 文徳天皇の長男・惟喬親王の母は紀静子、名虎の娘であった。 紀氏は家柄としては藤原氏にはとうてい勝てなかった。 文徳と藤原明子(良房の娘)の間に皇子・惟仁が生まれると、生後八か月で皇太子となる。

文徳が死ぬと、惟仁は九才で即位、清和天皇となる。

清和天皇と藤原高子(長良の娘、良房の養子、基経の妹)の間に皇子・貞明が生まれるとわずか生後三ヶ月で立太子される。 惟喬親王が出家したのはその四年後なのだが、 おそらくこのとき承和の変に匹敵する政変があったはずだ。 幼主の外戚となり、自ら摂関となる。摂家の濫觴、「貞観の変」とでも呼ぼうか。

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ファウスト

10.13.2016 · Posted in ドイツ語

ファウストは私も一部訳したのだった。

太陽は懐かしいメロディーで

Die Sonne tönt, nach alter Weise, 太陽は鳴り響く、太古からのやり方で、

兄弟の星々と歌を奏で合い、

In Brudersphären Wettgesang, 兄弟星らと歌を競いながら、

規定の道を

Und ihre vorgeschriebne Reise あらかじめ定められた旅路を

雷鳴の轟きで染め上げる

Vollendet sie mit Donnergang. 雷鳴をとどろかせながら邁進する。

理由はわからないが

Ihr Anblick gibt den Engeln Stärke, その眺望は天使に力を与える。

その景色は天使を力強くする。

Wenn keiner sie ergründen mag; 誰も彼を究明できないとしても、

不可知の気高い営みは

die unbegreiflich hohen Werke その認識しがたい高尚な作品は

天地創造の日と同様に素晴らしい

Sind herrlich wie am ersten Tag. その原初の日から素晴らしい。

すごい韻文だよなあ。 Wettgesang、Donnergang、ergründen mag、am ersten Tag が韻を踏んでおり、 Weise、Reise、Stärke、Werkeが韻を踏んでいる。

nach alter Weise は「懐かしいメロディーで」と「太古からのやり方で」。 うーむ。Weise は普通「やり方」「方法」だが、 確かに音楽用語として「メロディー」という意味もある。 alt を「懐かしい」と訳してしまうのはどうだろうか。 おそらくこれは後から出てくる am ersten Tag と関連して、 単に古いとか昔のという意味ではないか。 tönen は「鳴る」だが、次の行を見れば歌を歌うことを言うのは明らかだ。

Wette はお金を賭けて競うこと、英語の bet に同じ。 Wettgesang は歌のうまさをお金を賭けて競う、という意味。

「歌を奏で合い」うーむ。どうだろう。歌は奏でるものだろうか?

vollenden は完成させる、である。 「邁進する」は意訳。 「染め上げる」はどうだろうか。 直訳すれば「雷鳴によって完成させる」 少し意訳すると「雷鳴で敷き詰める」かなあ。 もとのままでいいかな。

まあ、ファウストはいろんな人が訳しているからなあ。

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宣長が養子縁組みして離縁した件

10.08.2016 · Posted in 和歌, 宗教, 歴史

神社は氏子、寺は檀家という。 しかし伊勢神宮では檀家という。 この伊勢神宮の檀家を束ねるのが御師。

宣長は伊勢山田妙見町の今井田家に養子に行った。 『宣長さん』によれば、今井田家は紙商で御師。

氏子というのは村の神社があって、その村に住んでいれば勝手に氏子扱いされた。 寺は一つの村や町に複数あることがあって、 徳川幕府によってどれか一つの寺に属さなくてはならなかった。 いわゆる檀家制度だ。

伊勢神宮が氏子と言わず檀家というのは、 神宮の氏子なのではなく、神宮寺の檀家だからであろう。 神宮の氏子は厳密に言えば天皇家だけだ。

全国を行商して、檀家を組織し、お札や暦を売る。 神主や氏子はそんなこと普通しない。 神仏習合というものがあって、御師があって、檀家があるのだ。

神宮寺は幕府や領主が檀家となったために、いわゆる一般の村民や町人の檀家はいなかったことになっている。 はたしてそうなのか。 明治の神仏分離令によって神宮寺が廃寺となったときに、かなりの数の檀家がその帰属する宗教的コミュニティをうしなった。 冠婚葬祭ができない。これは困る。 その檀家を吸収するために神道系の新興宗教が興った。 明治の神道系新宗教の多くは神宮寺に由来するのではないのか。

宣長は学問が好きで、子供の頃から漢籍や仏典も良く読み、僧侶になりたいと考えたこともあった。 今井田家には実子もいたらしく、宣長は学問を生業にしたくて今井田家の養子になったものと考えられる。

しかし、今井田家で本格的に学問を始めると、 宣長は、仏教や、神宮寺や、御師というものに疑問を感じ始めただろう。 漢学や仏教から離れ、古学、歌学、皇学を志した宣長は、今井田家に居続けることができなくなった。

ねがふ心にかなはぬ事有しによりて

宣長は養子に行くより前から和歌を詠み始めているが、 和歌に執着し、添削も受けるようになったのはこの養子時代だ。 まだ契沖には出会っていない。 和歌を学ぶということは、大和言葉を学ぶということだ。 和歌からさまざまな文芸がわかれていった。今様、連句、俳諧、猿楽。 それらは漢語や仏教語を取り込んでいった。 しかし、かたくなにそれらを退けて、大和言葉にこだわったのが和歌である。 和歌にのめり込むということ、和歌を学ぶということは、漢学や仏教の影響をうけない古代の大和言葉を追求するこということであって、 そこから当然、国学、皇学への志向が生まれてくる。

宣長という人は寺に仏式の墓を建て、その中には遺骨は納めず、 山の中に神式の墓を建ててそこに葬られた。 墓を二つ作った。 それが宣長なりの神仏分離であり、後世に遺した宣長のメッセージだった。 神仏分離という思想の源流が宣長なのは間違いない。

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「既読KENP」以外の指標

10.08.2016 · Posted in kindle

アマゾンはキンドル本がどのように読まれているかという膨大な、生のデータを持っているわけである。 その一部を著者は「既読KENP」という形で見せてもらえるのだが、 アマゾンはもっと詳細にこの「読まれ方」のデータを分析しているはずだ。

ある本は、200ページあっても3分くらいで読み飛ばされているかもしれない。 それらのキンドル本にはある種の特徴があるだろう。 みなの関心は高いが、読んでみたらつまらない写真集、つまらないコミック、 だったのではないか。 それは読者にも容易に推測できることだった。 ただ単に既読KENPを稼ぐ本を作ることは簡単だ。 エロ、エロ、エロ。猫、猫、猫。デジカメがあれば誰でも撮れるようなくだらない写真の羅列。 改行、空行、改行、空行。 「え。」とか「あ。」とかばかりの短い行の羅列。 或いは、単なる素人に書かせた短編集、マンガ雑誌のたぐい。

こうしたことは当然アマゾンにはバレバレだし、それはレビューにもすぐに現れる。

「既読KENP」以外の指標をアマゾンは持っている。 最小の労力で最大の「既読KENP」を獲得するような小手先の技が流行ることをアマゾンが許容するはずがない。 しかも写真集や漫画はキンドル本のデータ量も大きく、アマゾンにしてみると余計な負担になる。

もちろんほとんど読まれない本に関していちいちアマゾンが問題視することはあるまい。 ものすごく売れているが実質的には読まれていない、 それを理由にアマゾンが Kindle Unlimited から除外するのは当然だろう。 そのことをアマゾンはある程度出版社に伝えたに違いない。 しかし出版社は、著書を Kindle Unlimited に加える旨、作家やカメラマン、グラビアの女優らに許可を得ているはずで、 アマゾンから、君の本はつまらないから Kindle Unlimited から除外するね、と言われた、 ということをそのまま伝えると、そりゃ激怒するわね。 だから一応出版社は拳を振り上げてみせなきゃならん、著者の側に立って著者を守るふりをしなきゃならんのだが、 つまらないってことは、編集者や、著者本人を含めて誰にもわかってることであり、 アマゾンがデータを出してくれば誰もが納得するだろう。

そもそも何を Unlimited にするかってことはアマゾンが勝手に決めて良いことになってるはずだし、 一旦 Unlimited にしてそれを外したからといって怒ってもしょうがないことじゃないか。

そんでいろんなことを勘案してみるに、アマゾンは外圧であり黒船であるから、 読者の反発を煽ってアマゾンに譲歩させようという、あまり賢くない戦術に出ているのだろうと考えられるが、 正当な理由があるアマゾンがいずれ勝つだろうと思う。 いろんなメディア、特に今回は、アフィリエイトブログやニコ動辺りがこすく煽っているのだが、 いろんな憶測や伝聞をそれらしくまとめているだけで事実ではあるまい。

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配信停止の理由を推測してみるに

10.05.2016 · Posted in 読書

Amazonに講談社ら激怒「一方的に配信停止された」

ハフィントンポストに Kindle Unlimited から除外されたタイトルの一部が記されている。

講談社

  • 中島知子写真集 幕間 MAKUAI
  • 今井メロ写真集 Mellow Style

Amazonは8月、Kindle Unlimitedで配信ランキング上位に並んでいた写真集など「17作品を、連絡なく一方的に削除した」などと話した。

これらの星1つのレビューから感じるのだが、 本のクオリティが低いのに「配信ランキング上位にならんでいた」ということが配信停止の理由なんじゃないの?

佐藤秀峰(いずれも第四巻以降)

  • 特攻の島
  • 海猿
  • 新ブラックジャックによろしく

これもまあそうで、あくまでレビューなどから感じるのだが、 連載ものをただだらだらと引き延ばしたようなものは勘弁してね、ってアマゾンが言ってるような気がするなあ。 最初の数巻だけ一生懸命書いてあとは手抜き、と判断されたんじゃないのかな。

一般論として、著者がまじめに書いて当たったやつをシリーズ化して、 後はバイトたちが適当に粗製濫造する、という例はたくさんあるわけ。ドラマでもゲームでも。昔からあるわけ。 江戸時代からある。為永春水「春色梅児誉美」シリーズとか。 あんまりひどいんで為永春水は手鎖の刑になり、発禁になった。 そういうのはアマゾンが自分の裁量でダメだしできるでしょ。 ダメだしできるようにしなきゃダメでしょ。

アマゾン読み放題、人気本消える 利用者多すぎが原因?

複数の出版社によると、アマゾンは一部の出版社を対象に、年内に限って規定の配分に上乗せして利用料を支払う契約を結び、書籍の提供を促したという。 ところが、サービス開始から1週間ほどで漫画やグラビア系の写真集など人気の高い本が読み放題サービスのラインアップから外れ始め、アマゾン側から「想定以上のダウンロードがあり、出版社に支払う予算が不足した」「このままではビジネスの継続が困難」などの説明があったとしている。アマゾン側は会員数を公表していない。

この読み放題サービスをめぐっては、「光文社」も提供していた作品の配信が停止されたため、アマゾン側にこれまでどおりの配信を求めているということです。

この朝日新聞の記事なのだが、 極めて曖昧模糊とした書き方をしているのが気になる。 「一部の出版社」「複数の出版社」ではなくて具体的な名前を挙げないのはなぜか。 「漫画やグラビア系の写真集など人気の高い本が読み放題サービスのラインアップ」 というのは具体的にはハフィントンポストが挙げていたようなタイトルだろう。 「アマゾンは一部の出版社を対象に、年内に限って規定の配分に上乗せして利用料を支払う契約を結び、書籍の提供を促した」 「アマゾン側から「想定以上のダウンロードがあり、出版社に支払う予算が不足した」「このままではビジネスの継続が困難」などの説明があった」というのはアマゾンから取材したのではなくて、文句を言っている出版社がそう言っている、という一方的な取材にすぎない。 「アマゾン側は会員数を公表していない。」というのも余計な印象操作な感じがする。

これを読むと 「人気本が売れすぎたせいでアマゾンちゃんが赤字になって困って勝手に削除」 みたいに読めるわけ。 でも(センター試験の国語の問題的な)深読みするとそうでもないようにも読める。言質は取られませんよ的な。 あーそういうふうにそこ読んじゃいましたか。でもそこ、ヒッカケですから、みたいな。 彼、そこんとこ逃げ方うまくないすかね? いつもそんなやり方すかね?

アマゾンが一部の出版社に販促目的で有利な契約をした、というのはアマゾンの勝手だし、 その一部の出版社に入れてもらえなかった複数の出版社が俺のところも同じことしてくれとごねているだけ、 と解釈することも可能だ。

アマゾンの商売上の裁量でやっていることに、いろんな出版社や新聞社が文句を言ってる構図にも見えるよね?

アマゾン電子書籍 小学館の170以上の作品も配信停止

NHKは小学館の写真集や雑誌が配信停止対象だとしているが、 やはりそのタイトルは明記してない。

うちら一般消費者、というか、もっと突っ込んで、KDPを利用している個人出版の作家にとってみれば、 アマゾンと出版社の両方からきちんと取材した記事を読みたいんだよね。 そういうニーズにこたえてないよね。 ハフィントンポスト以外のどの記事も。 ハフィントンポストもどちらかと言えばアマゾンに批判的だが、 うっかりアマゾンに有利な情報も入れちゃったって感じかな。 ほかはも少し用意周到に具体的な内容を隠しているけど。

講談社、読み放題から削除で抗議 アマゾンジャパンに (共同通信 47NEWS)

これ多分契約上は勝手に削除しても良いことになってるのに、情緒的にamazonを非難する層を醸成する為にやってるような気がしますね。。もしそうだったら講談社こそ見苦しい気がしますけど笑

ホリエモンに言いたいことを先に言われててすごい悔しいんですけど(笑) (個人出版はいかにプロデュースされるべきなのか参照)。 ま、でも、講談社とアマゾンは決裂して完全に kindle unlimited から閉め出されたってことだわね。

私が感じたのは、kindle unlimited という新しいシステムを利用して、 クオリティの低い作品をさばこうとしている一部の出版社がいることにアマゾンが気付いて、 排除しようとしたのではないかということで、 個別のケースに当たってみれば、 アマゾンの対抗措置として正当な理由があるんじゃないかってことだよ。 そしてアマゾンの揚げ足取りたい連中が煽っているんじゃないのかな。

Kindle Unlimitedで講談社の本が無断停止のまとめとプラットフォーム論

アマゾンが自分の賭場でなにしようがアマゾンの勝手じゃないの。

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文中の(  )にあてはまる文字を入れなさい

10.04.2016 · Posted in kindle

今更読んでみた。 読んだがよくわからなかったのでネットでぐぐってみた。 そうするとだんだんわかってきた。 感想を書いている人が多いのにすこしびっくりした。

つまりこういうことか。麻美は百崎Pにそそのかされてボーカルになりステージにあがったがうたいだしが思いつかなかった。 パニックに陥り「少女3」のところで、異世界にとばされたのだ。 なんだつまりは異世界ものか、と思った。 つい最近「パプリカ」を見たのでそれに似ているなと思った。 よくわからない(と、いうより、わざとはぐらかしたような)ハイテンションが続く展開。

少女パートと少年パートが交互に進んでいって最後にボーイミーツガール話になるかと思ったら、 そういう可能性もあるがそうしなかったみたいなメタな結末。

それで伊能忠敬がよかったとか、異世界に飛び込んだ感じが良かったとか感想書いている人がいて、 自分はそこでツボらなかったし、 ハイテンションな疾走感のある、というか迷走してる感じの文体というかストーリー展開に引き込まれることもなかった。 そういう展開の中に自分から飛び込んでいき浸れる人には面白いのだろうが、私はそういう読書をするには年を取り過ぎたし、 いや、年を取ってもそういう読書をする人はいるんだろう。 祭りだから踊っとけという人だけが祭りの中へ入っていける。私はもはやそうではないんだなってことを改めて知った。 では実験小説、前衛小説として評価しますかと言われたら、うーん。 では次回作まで判断は保留しますか、という感じかなあ。 ま、次回作ももう読んじゃったんだけどね。

ダダイズムの詩や絵画みたいなもので異世界を表現されても、 普通の前衛小説の表現と見分けがつかなくて、 どこから異世界に入り込んだのか私にはわかりにくかったのでした。 私が、異世界ものを普段読まずになれてないせいかもしれないが。

たとえば 1984 を読んでいるときに、途中で異世界やファンタジーが混ざり始める、なんてことは決して考えずに、 私たちは読み進める。 ふだんからそういう頭でいる人間にはファンタジーまじりのフィクションは読めない。 読んでて途中でわからなくなるのはしかたないよね。

1984 から 1Q84 を調べてて知ったのだが、 1Q84 ってボーイミーツガールな異世界転生話なのね? てことは今ラノベ界で大流行な「ボーイミーツガールな異世界転生話」というのはもしかして村上春樹の影響なの? もしかしてラノベって多かれ少なかれ村上春樹に影響されてるの? もしかしてこの世界が理解できない私というのは、 村上春樹を全く読まないからなのだろうか。 そんな気がしてきた。 けっこうな人たちが村上春樹の方向へつっぱしてっている世の中で取り残されたような気分がしている。

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10.04.2016 · Posted in 読書

思うに、 真実であることを主張して嘘をつくのがドキュメンタリーであり、 フィクションをカモフラージュにして真実を語るのが小説というものだ。

ほんとうのことを実名で書いてはシャレにならないから、 時代を変えたり、人物を変えて、小説仕立てにして書くから、小説は面白いのであり、 奇想天外な、荒唐無稽な、ご都合主義的な嘘八百を書くから面白いのではないのだ(ま、しかし、世の中あれほどラノベの読者が多いってことは、夢想に溺れ、つらい現実から逃避したいからかもしれない。孫悟空的、ハヌマーン的な需要は別にあることは認めざるを得ない)。

そしてドキュメンタリーがしばしばつまらないのは、事実の断片をコラージュしただけのまがいものであり、 制作者のオナニーに過ぎないからだ。

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1984

10.04.2016 · Posted in 読書

1984を書き遺したジョージ・オーウェルという人は、大英帝国の末期に生きたイギリス人なわけだ。 「ビルマの日々」「動物農園」などをあわせよんでみると彼の輪郭がだんだんはっきりしてくる。

殉教者を作ってはならない(one must not make martyrs.)。

これこそまさに大英帝国がその数百年にわたる帝国支配において、というより、 キリスト教社会において、長い年月をかけて学んできたことだ。

キリスト教は「殉教者ビジネス」の先駆だ。 教祖のイエスが殉教者の典型であったが、しかし、ユダヤ教の預言者にその前例がなかったわけではない。 イエスがその殉教という演出方法を完成した。 ほかの、例えばバラモン僧が自分で火あぶりになって死ぬみたいに、悟りや救済のために自発的に死を選ぶ「殉教」ではなくて、 キリスト教の「殉教」は権力者による宗教弾圧とセットになっている。

宗教的弾圧を受けることによってより強固な共同体を作り出し、民衆、特に貧民を組織し、国家を侵食していって、 やがて国教におさまって国家を乗っ取る。 キリスト教とはそのような宗教である。

かつて日本にやってきた宣教師も弾圧され殉教した。 ローマ法王は日本で殉教した宣教師を列聖することによって、日本にキリスト教の種を植え付けようとした(日本も爆心地の浦上天主堂をそのまま遺しておけば殉教のシンボルとすることができたのだが、建て替えてしまい、惜しいことをした)。 殉教によって信仰がより強固になることを知った徳川幕府は、彼らを殺してしまってはいけないということに気付いた。 改宗させるか、改宗しないまでも、生かして閉じ込めておくことにした。 死ぬと殉教者になってしまい、信者たちの心の拠り所にされてしまうからだ。

20世紀には独裁国家が多数生まれ、殉教者もまた大量生産された。 欧米の独裁者たちもまた、殉教者を自ら作り出さないように腐心した。 独裁者たちは死に至らしめない肉体的拷問方法をたくさん編み出した。 そしてもっとも巧妙なのは、反逆者らを精神的敗北者にしてしまうことだった。 そのために一番効果的なのは、同志を告発させ、裏切らせ、転向させることだった。 日本の「踏み絵」と良く似ている。 「異端者」を「自由意志にもとづいて」「屈服させる」。 「消極的な服従」にも、「至高の服従」にも満足しない。 自分の最も愛する人を裏切り告発することで人は心が折れてしまい、反逆者として存在しなくなってしまう。 これは反逆者を死刑に処すよりもずっと効果的なのだ。 ということが 1984 に描かれている主題だ。

しかしながら、そうやって反逆者を消し去ったようにみえて、 結局は、スターリンや毛沢東も、殉教者を完全に抹殺することはできなかった。 無数の、無名の殉教者がいることを私たちは知っている。

殉教者を実数より少なくみせることも、逆に多くみせることも、殉教者ビジネスの一種だ。 この「殉教者ビジネス」は今日でも「被害者ビジネス」「社会的弱者ビジネス」として健在なのは驚くべきことだ。 イエスが自分で意図してこのビジネスモデルを発明したとすればおそるべき慧眼といえる。

アンプルフォースという詩人がキップリングの詩集を編纂していた。 その詩の一つに、rod と韻を踏むために god という単語が出て来た。 脚韻のために god を詩から削除することができず残した、 それで思想警察に捕まってしまう、という話が出てくる。

君は考えたことがあるかね、イギリス詩の歴史は、全般的にいえば、英語が脚韻に乏しいという事実によって決定づけられていることを?(‘Has it ever occurred to you,’ he said, ‘that the whole history of English poetry has been determined by the fact that the English language lacks rhymes?’ )

「英語が脚韻に乏しい」よく見かける文句だが、これは 1984 が初出なのだろうか。 どうもそうらしいのだが、だとするとずいぶん新しい。

ところで 1Q84 は 1984 に触発されて書かれたものであって、 それゆえに 1984 を読み返す人が多いというのだが、 それはどうだろうか。

ジョヴァンニ・バッティスタ・シドッティ

シドッティは白石に対し、従来の日本人が持っていた「宣教師が西洋諸国の日本侵略の尖兵である」という認識が誤りであるということを説明し、白石もそれを理解した。

いや、それはどうだろう。 新井白石の著書から、そんなことが読み取れるだろうか。 彼の認識は「我国厳に其教を禁ぜられし事、過防にはあらず」であろう。

白石は、問題をこじらせないためには、宣教師を本国に送り返すのが上策だし、 でなきゃめんどうだが幽閉してしまえ。 処刑するのは下策だ。 転向させたり拷問することは無意味だ、と提言しているだけだ。 国内的には一般人から隔離して「存在しない」ことにしてしまえばそれで足りる。 対外的には迫害や殉教という事実がそもそも「存在しない」ことを示せば足りる。

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