類題和歌集

後水尾天皇は、それまでの勅撰集のやり方をやめて、
類題和歌集というものを作り始めた。
古今集よりも後の勅撰集は、その前に出た勅撰集と歌がかぶらないようにした。
だが、類題和歌集は、それまでに出た勅撰集からも採れば、
それ以後の歌も採る。
歌の数も一万首以上になる。

後水尾天皇の宣旨によって編纂されたのだから、
勅撰和歌集の一種に違いないのだが、
後世の人はこれを勅撰集とは言わない。ほとんど注目もされていない。
これはいったいどうしたことだろうか。
天皇の影響力が相対的に低下していたからだろうか。
また、後世悪名高い古今伝授というものが固定していったのも後水尾天皇の頃からのようだ。

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