女言葉

確かに今の若い女性は「~だわ」「~わよ」「~わね」などと言う言い方をしない。
しかし三十以上ならば普通に使っているようだし、『魔女の宅急便』のキキもそんな口調だ。
「てよだわ言葉」とか「お嬢言葉」とも言うようだ。明治以降のもののようだ。
[スース](http://p.booklog.jp/book/27144)と[デーテ](http://p.booklog.jp/book/27196)では多用している。
デーテは違和感ないと思うが、スースは現役女子大生という設定なので、なんかひっかかるかな。
しかしスースは箱入り娘のお嬢という設定だから、お嬢言葉を使っていても、特に問題ないかな。
自分の書くものの中では割と使っている気がする。

確かに、女言葉を使わない方が、現代女性の会話をうまく表現できるような気がするし、
敢えてそうする場面もないではないが、しかし、今の女子大生の会話をそのまま活字にしても、
全然面白くないと思うのだよね。
たぶんものすごく短い、ぶつ切りのフレーズで、無機質な感じ。
ストーリーや心理を構成していないというか。
ツイッターの会話のような。あれは小説にはならんよ。
つまりだね、連綿とした、女性の一人称で小説を書こうと思うと、ある種の文学少女言葉のようなものを使うのが、
一番便利なのだが、それはやや古風なものなのだ。しかも私の好みでもある。
文学少女言葉の中に、現代女性の即物的なつぶやきを混ぜ込んで使う感じかな。

ま、しかし、苦手意識があるのは自分だからで、現役女子大生には、素で書けるのかもしれんね。

それで、スースは、「妄想癖があるダメな女」みたいに、みんなに言われるのだけど(笑)、
まあそういう側面ももちろんある。
スースはもともとものすごくさち薄い女のイメージ、だめな女のイメージから生まれてきた。
ただ私としては、田舎から出てきた箱入り娘が酒を知り、男を知り(まだ全然知ってない段階だが)、試行錯誤しながら、
自分なりに社会に適応していく過程を描いたつもりだった。

私としては、漫画やドラマなどで使い古された、記号化されたキャラなど使いたくないのだ。
むしろまったく形のない生の人間から人格が形成させていく過程を書きたいわけで。
しかし、普通、読者というものは、自分の既知の記号化され分類されたキャラを当てはめようとする。
そうすると私の意図からはすこしだけずれたものになる。
キャラを描いていくにつれてだんだんその記号が自己組織化していくのがベストだと言える。

私の小説の多くは、リアルをたくさん蒐集してきて、それを細切れにして、モザイクのように並べ直して、
全体としてつなぎ目のない、或いは極力目立たないような、シームレスなフィクションに作り直しているものが多い。
つまり、ミクロに見ればリアルだけど、マクロに見ればフィクション。
ミクロなリアルとミクロなフィクションを混ぜることもある。フィクションはだいたい、10%から50%くらいまで混ぜる。
全体としては作り話なのだが、それにリアリティを与えるために、素材には現実のものを使っているわけだ。
私の場合の創作活動というのは、
マクロで見るといかにも実話っぽいが、しかし完全な作り話になっている話を作り上げること、
ということになる。
モザイクの粒度が荒いと、部分的には完全に実話になってしまっていることもあるな(笑)。

たとえば私小説とか実話というものは、ミクロもリアルだしマクロもリアルであり、
フィクションの要素はそれが文学として表現されたことくらいではあるまいか。
一方で、マクロもフィクションだし、ミクロにみてもほとんどフィクションというのはファンタジーというべきだろう。
また、ミクロなリアルとミクロなフィクションを混ぜ合わせてマクロはリアルだと主張しているのが、
ドキュメンタリーとか政治というものであろうと思う。
いずれも私の好みではない。

BD

[4.1%のユーザーが全体の67%購入](http://blog.livedoor.jp/inthedark/archives/52291111.html)

> 60%以上をアニメーションが占めているBD市場においてはその傾向がより顕著となっており、僅か2.2%のヘビーユーザー層がBD市場全体の80.9%を買い支えていることも判明した。

うーん。
なんちゅうか。
でもレンタルとかテレビ放映とかもあるからわざわざ買わないだけなのではないか。買い取りしたいのはマニアだけってことだろ。普通じゃん。

肺が苦しい

うーむ。
やはり暑くて寝苦しいからと窓を開けて寝たのが良くなかったようだ。
夜中にカッコウが鳴いたりして風流なのだが。

寝床の上で体を傾けると肺の中でごぼこぼ音がする。右肺を下にすると息が楽になる。
これはつまり、左肺を上にしてそこから水が右肺に移動し、片肺ではあるが、気道ができて、
呼吸しやすくなったということではなかろうか。

だんだん回復に向かいつつあるように思われる。
ていうか、回復してもらわんと困るのだが。

夏風邪で胃が止まってしまい、腹が張るということはこれまであった。
似たようなことが今回肺でも起きてしまったということではなかろうか。

挿絵

[スース](http://p.booklog.jp/book/27144)に表紙絵と挿絵と写真を追加した。こういうのもありかなって思う。まだ若干加筆している。
もっとまじめに挿絵を描いても良いのだが・・・。彩色したりペン入れしたりとか。
ともかく、山崎菜摘のほうは挿絵を入れたりとかして、いろいろ遊んでみよう。

夏風邪

肺が苦しくて、少し食べただけでおなかが張る。
発熱、頭痛、鼻、喉などは大丈夫。だが、だるい。
ここしばらく気温の差がはげしかったのにTシャツ一枚で我慢していたせいだろう。
おそらく何度もぶりかえしてこじらせてしまったのだと思うのだが、
症状が風邪とわかるほどまとめて出てこないのでわからなかった。

安静にしていると割と平気というか、つまみだけで酒飲んでると気付きにくいというか、
なんか食べたり歩き回ったりすると、腹がはって、息苦しくて、しんどい。早く帰って寝たい。

スース

パブーで山崎菜摘名義で[スース](http://p.booklog.jp/book/27144)を公開。
小林旭の演歌が似合いそうなしぶい短編にしあがりました(笑)。

スースはもともと全然違うプロットの話だった。

> 純子は別れた夫からいつもあだ名でスースと呼ばれていた。その前の夫には、純子と呼ばれ、そのまた前の夫にも純子と呼ばれた。しかし、その前のOLだった頃や、学生時代、子どもの頃は、ずっとスースと呼ばれて来た。独身の頃の名前が須山純子だったからだ。友達は皆、純子をあだ名でスースと呼んだ。前の夫たちの間に子はいない。
スースは、自分の半生を振り返って、自分ほど家庭の妻に向いてない女はいない、しかし、私ほどいつも安易に家庭に入ってしまう女もいないのではないか、と思い始めていた。恋多き女、ただそれだけなら、こんな苦労はしない。結婚せずにいろんな男を渡り歩いていればよいのだが、いわゆる「世間」というものが、男と女を、「結婚」とか「家庭」という枠組みにはめようとする。それでたいていの男女はうまくしっくりと行く。

とか(笑)。だが、あまりに陰々滅々とした話だったために、ほったらかしていたのである。
今回別のネタと組み合わせて、さっさと無料公開することにしたわけだ。

難四之可他延

近代デジタルライブラリーに[難四之可他延](http://kindai.ndl.go.jp/BIBibDetail.php?tpl_wid=WBPL110&tpl_wish_page_no=1&tpl_select_row_no=1&tpl_hit_num=1&tpl_bef_keyword=&tpl_action=&tpl_search_kind=1&tpl_keyword=&tpl_s_title=&tpl_s_title_mode=BI&tpl_s_title_oper=AND&tpl_s_author=&tpl_s_author_mode=BI&tpl_s_author_oper=AND&tpl_s_published_place=&tpl_s_published_place_mode=ZI&tpl_s_published_place_oper=AND&tpl_s_publisher=&tpl_s_publisher_mode=ZI&tpl_s_publisher_oper=AND&tpl_s_nengou=AD&tpl_s_published_year_from=&tpl_s_published_year_to=&tpl_s_ndc=&tpl_s_ndc_mode=ZI&tpl_s_heading=&tpl_s_heading_mode=ZI&tpl_s_heading_oper=AND&tpl_s_jp_num=41001712&tpl_s_toc=&tpl_s_toc_oper=AND&tpl_item_oper=AND&tpl_sort_key=TITLE&tpl_sort_order=ASC&tpl_list_num=20&tpl_end_of_data=)
というものがある。
「なしのかたえ」と読み、「梨の片枝」という意味らしい。
三条実美の私家集で、彼の死後、高崎正風が編纂したものらしい。
うわー。すげえマニアック。
しかも、崩し字で書かれているで簡単には読めないのだよ。
この際、崩し字覚えようかい。

将門記

* [将門記(現代語訳)](http://hanran.tripod.com/japan/masakado11a.html)
* [将門記 (原文)](http://www.j-texts.com/chuko/shomon.html)
* [口訳・常陸国風土記](http://nire.main.jp/rouman/sinwa/hitatihudoki.htm)

ふーむ。
行方(なめかた)郡というのは、今の霞ヶ浦と北浦に挟まれた半島部分で、その南端が潮来、西岸に行方市がある。

> 郡の西の渡し場から望む行方の海には、海松や、塩を焼く藻はあるが、魚に珍しいものはなく、鯨も見ない。

とあるから、行方の西、つまり今の霞ヶ浦は、塩辛い海だったが、鯨は来ない。
しかるに、麻生と呼ばれた行方郡南部、潮来の北辺りでは、

> 池の南の鯨岡は、古へに、鯨がここまではらばって来てそのまま伏せって息絶えた場所である。

とあるから、この辺りまで鯨が来なかったわけではなさそうだ。

大岡昇平『将門記』にはここらの内海のことを「流海(ながれうみ)」と呼んだという記述があるが、
ググっても全然でてはこない。
しかし、wikipedia の「香取海」の項を見ると、

> 流海(ながれうみ)、浪逆海(なさかのうみ)、内海(うちつうみ)とも呼ばれた。

などと書かれている。しかし、いずれも常陸国風土記に出てくる名称ではない。学術用語なのか。
将門記の記述でもよくわからない。

いざ調べてみると、わからんことだらけだ。

華国鋒

毛沢東は1893年生まれで1976年82歳で死去。
当時の中国としては十分高齢なほうだっただろう。
鄧小平は1904年生まれだから、当時すでに72歳。
若いと言われた華国鋒も1921年生まれだから、当時55歳。
江沢民は1926年生まれなので、華国鋒と江沢民はほとんど同年代。
華国鋒は毛沢東の死後、四人組を追放して、最高権力者となるも、
鄧小平と対立して事実上引退。しかし、2008年まで生きていて、実権はなくとも失脚したわけではなかったらしい。
鄧小平、江沢民、胡錦濤と国家主席が三人代わって、
87歳まで長生きしたことになる。
なんか不思議な人だな。

『毛沢東の私生活』によれば、毛沢東が瀕死の床についていて、
鼻から胃にチューブを通して栄養を送り込みたいと主治医の李志綏が提案したとき、
華国鋒がまず自らチューブを通す実験台になったという。
毛沢東の孝行息子的存在だったのだろう。
李志綏は、華国鋒が毛沢東の後継者になったのは、適任だった、などと言っている。

周恩来は1898年、林彪は1907年、劉少奇は1989年生まれ。