腐敗臭がする俗悪。

まあ、これは主観の問題なのだが、と一応前置き。

17:00から始まる某報道番組をだらだらと見ていたが、テンポが速く要領よくて小気味よくこれが民放地上波の報道番組かとびっくりした。テレビも捨てたもんじゃないなと思った。同時にこの時間帯にテレビでニュース見てるやつって誰だろうとか、誰を対象に放送しているのか不思議に思った。

ところが18:00台になるとタレントコメンテイターなどが出てきて、たぶんそれだけじゃないんだがとたんにつまらなくなった。マスコミ特有の腐敗臭を放ちはじめた。

なるほど、17:00台は前座なのである。18:00ともなると田舎の役場勤めなどだと自宅に帰り着いて家族そろって夕食を食べてる時間かもしれん。

テレビ局は実はすごい会社なのだと思った。ものすごく良い人材が集まっている。そりゃそうだろう。いろんなしがらみにしばられないはずれた時間帯や前座みたいのやケーブルテレビではとても良い番組を流す。おそらく若手が実力を認められようと真剣に作っているに違いない。しかしタレントが出てくる時間帯、みんなが好んで見る時間帯は俗悪。もうどうしようもないのでないか。

マイキーというDVDを見たがこれはテレビ東京系らしいが、素人くさく見せているが明らかにプロ。テレビ局の機材を使い、まっとうなスタジオで、プロのカメラを使い照明あて、大道具さんや衣装やメイクの担当がいる。売れてはなさそうだがちゃんとプロの役者を使っている。音響もきちんとしてる。金のかかり方が違う。テレビ局的にはすでにあるものを使い回しているから特に金はかけてないのかしれんが、結果的に金がかかっている。こういう深夜番組とかには良いものがあるのだなと思った。

こういうのみてるとほんともう、テレビなんてインターネットなんかよりもずっと可能性があるんだろうが、実にもったいないなあとか思ってしまう。

フジテレビ721で流してる俺たちひょうきん族なんてみてると今よりずっとおもしろい。あのころの俗悪はほんとの俗悪だったが、今のは気持ち悪い俗悪。腐敗臭がする俗悪。煮え切らない俗悪というか。懐古主義者にはなりたくないが。

油菜橋

なぜか秦野へ。静かで美しい町。それから栢山の二宮尊徳記念館。3150円の金次郎像を買う。油菜橋というのがある。孤児となり、叔父に養われていた二宮金次郎が菜種を植えて油を作り、初めて自力でお金を稼いだという場所。時あたかも菜の花が咲いていた。ちょっと感動した。内村鑑三は、中学三年のころ二宮金次郎から間接的に影響を受けているのだった。内村鑑三はクラーク博士に農学を学んでいる。江戸時代の先達として二宮金次郎を尊敬していたのである。

それはそうと天孫降臨の天孫が天照大神の孫のニニギノミコトだということを日本人の99%は知らない。日教組の戦後教育の成果を見る思いだな。そんなことで女系天皇は是か非かなどと議論してるのだからばかばかしい。

芸術と科学

昔、政祭一致とか言って、宗教と政治は未分化だったとかいうわけです。また、宗教と哲学も昔分かれて、哲学からさらに科学が枝分かれしたとか。あるいは昔は芸術と科学は同じモノだったが近世になって分かれたとか。あるいは古代は原始共産制で身分や差別はなくて万人が平等だったとか。どこまで本当なのだろうか。

人間の脳の仕組みはたぶん何万年も前から変わってないはず。芸術と科学の違いはおそらく脳の仕組みに由来すると思う。理系と文系の違いもおそらくはそう。文系理系とか芸術科学とか言う言葉の上での区別が生まれるずっと以前から、人間はこの両者を異なる概念として認識してたのではないか。

レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロの時代から、技術者と芸術家の違いはかなりはっきりしてた。前にも書いた気がするが、ダ・ヴィンチを万能人とか言って偶像化したのは、フロイトなどを中心とする19世紀末のヨーロッパ人なのであって、彼らはそういう芸術科学の融合的理想型としての聖人を祭り上げる必要があったのだ。日本仏教徒が聖徳太子や弘法大師を必要としたように。そういう存在がいたことにした方がわかりやすくて良いだけのこと。

本質的な違いというものは脳の中に最初から存在しているのでないか。脳の中で区別できないものは永久に区別できないし、区別できるものは最初から脳の中に存在しているのではないか。

脳を直接楽しませ喜ばせ驚かせるものが芸術だと思う。そのためには視覚やインタラクションや音や動きが有効なのにすぎない。そして新しく強烈な芸術はしばしば脳を攪乱しめまいをおこさせる。

女系天皇制

思うに女系天皇制について皇族が発言するのはけしからんというが、主権は国民にあるのだから、天皇は定められた国事行為を行う以外に政治権力を有さないし、なんか問題があったら内閣が責任とれと憲法は言っているだけ。また天皇は日本人ではあるが日本国民ではないから、憲法による基本的人権の保証などない。憲法を普通に読めば天皇と国民は対立概念であって、国民に天皇が包含されるなどとはとても読めまい。

憲法は国民のために書かれたもので「天皇の人権」について憲法で保証する必要などないし、そもそも皇族の人権を明文化する必要すらなかろう。思うにだいぶ以前から非公式な皇族内の会議がたびたび開かれて一応の合意形成があり、首相かごく一部の識者がその意向を受けて皇室典範改正の運びになったに違いない。内閣や有識者会議が勝手に決めるはずはない。表向きは主権者たる国民の中から正当に選ばれた首相である小泉氏が有識者会議を開いて決めたことになっているが、そんなものは半分茶番、茶番と言って悪ければ単なる儀式だろう。そう考えるのが普通ではないか。小泉首相も言いたくて仕方ないかもしれんがそんなこと絶対しゃべるはずがない。まさか車屋の社長が勝手に決めるはずがなかろう。そこまで一応根回ししておいてなお出てくるのはたぶんイレギュラーな発言だと思うがな。

おそらく皇族の中でも意見の対立はあるんだろうが、皇族は長い歴史の中で何度も親子兄弟の殺し合いもやってきて何千年も続いているのだから、私らが心配しなくても何らかの形で調停されて存続するだろう。少し政治問題化したくらいどうってことないのじゃないか。

ハイハーバー攻略戦

未来少年コナンのハイハーバー攻略戦。モンスリーがもし斥候を出して敵情視察を十分行い、村の正面から電撃戦で決着をつけていれば、インダストリアは楽勝しただろうなぁとか。ていうか一度ラナやラオ博士を誘拐したときハイハーバーの地形や村の位置くらい確認しとけよとか。しかしコナンにガンシップを沈没させられれば長期的にはやはりハイハーバーが勝っただろうなあとか。しかしそもそも津波がこなければインダストリアが勝ててた可能性もあるしなとか。まそんなこたどうでもいいか。

link free

今更らネタかもしれんが、 “link-free page” というのは “page without links” という意味かもしれんよね。書くとすれば “free-link page” かな。しかしこれでは無料でリンクを張れるページって感じ。あるいは「このページにリンクを張る場合、そのリンク先のページも必ず自由にリンクを張れるようにしなくてはいけません」、みたいな(笑)。

mixi はいきなり他人だらけのオフ会に足を踏み込んだような間合いの近さが気まずい。特に「足あと」というので誰が来たか、誰のところに行ったかばれるのがナー。リアルな知り合いともあまり積極的に「マイミクシィ」とかやりたくないのだが。まー、間合いのとり方とか慣れてくると違和感なくなるのかな。

レオナルド・ダ・ヴィンチという神話

レオナルド・ダ・ヴィンチなんだけど、代表作は「モナリザ」と「最後の晩餐」くらいで、あとは膨大な手稿と素描。「モナリザ」「最後の晩餐」はすごいのかしれんが、過大評価されすぎな気がする。
片桐頼継著「レオナルド・ダ・ヴィンチという神話」という比較的最近出た本では、レオナルドの周りには技師や医者や建築家などのさまざまな科学者が居て、レオナルドは彼らのアイディアを挿絵に描いてやる「テクニカルイラストレーター」だったのではないかと言っている。
レオナルドがもし科学者であるとすればオリジナリティがなくてはならないが、レオナルドの場合はたまたま良く描けた手稿と素描がまとまった形で後世に伝わったというだけで、もっとオリジナルな発明や研究はレオナルドの先人たちによってなされていたという証拠がどんどん出てきているそうだ。
そうなってくると「万能の天才」とか「芸術と科学の融合」などという話はそもそもルネサンスにもなかったということになる。

ある人が死んでしまうと後には文書や作品などしか残らない。百年も経つとそういう文献だけが「事実」となり、それら断片的に残された古文書を「補完」することによって、同時代の人たちには想像もできない形で神格化されていくというのは、良くあることかもしれない。現代でも一部の有力者が勝手に流行や権威を作り出すということがありがちなように。

cscz: ds

フィリピンの次はロシア。ヘリコプターが落とせません…。つーかアメリカ中心主義的。HANKAGAI? 何面先なんだ~?

csbanana

Information on the 10 Missions (plus 1 Training Mission)

  1. Counter-Terrorist Training
  2. Mission: Recoil
    Location: Northern Africa

  3. Mission: Lost cause
    Location: Basilan Islands, Philippines

  4. Mission: Secret War
    Location: North East Russia

  5. Mission: Drug Lab
    Location: Bogota, Columbia

  6. Mission: Motorcade Assault
    Location: Outside Vencie, Italy

  7. Mission: Alamo
    Location: Yipiti, Boshistan

  8. Mission: Downed Pilot
    Location: Puerto Iguazu, Argentina

  9. Mission: hankagai
    Location: Tokyo, Japan

  10. Mission: rise hard
    Location: Belfast, Northern Ireland

  11. Mission: Turn of the crank
    Location: Modesto, California USA

がび~ん(笑)。Boshistanって何だよ。存在しないだろ。他のは実在しそうだが。

The US Embassy in Yipiti has been overrun. Hostages have been taken and are being held near King Kabob Restaurant. The local population, sympathetic to a powerful terrorist sect, occupy each dark corner of this desert province.

Location: Yipiti, Boshistan

Yipitiのアメリカ領事館は襲撃された。人質は Kabob 王食堂の近くに拉致された。強力なテロリストの一派に同情的な地域住民は、この砂漠地域の街角の至るところを占拠している。

うーん。地図で言えばリビア辺りなのか。リビアの首都トリポリ。うーむ。

今昔物語

平凡社東洋文庫の今昔物語集を読破しようとしているのだが、なんかヤバイ本だよねこれ。インド、中国、日本、のいろんな説話を集めたものなんだが、執筆者はおそらくヒマを持て余した僧侶だろう。それも共同執筆かな。

インドもひどいが中国もひどい。日本の説話に至ってはこれはもう日刊ゲンダイか夕刊フジかというレベル、しかしインドや中国の説話にくらべればまだかわいげがある。中世の仏教が、いかにして恐怖と罪悪感によって純真爛漫な庶民を改宗させようとしたか、中国の儒教が、いかに孝行を絶対視して人間性をゆがめてきたか、今昔物語集をとばさず全部読むとわかるだろう。魯迅が中国や儒教を批判したのがピンと来ない人は今昔物語集を読むときっとわかる。魯迅の副読本というのかな。

適当に有名なやつだけ拾い読みしたり、子供向けに脚色したやつ読んだのではわからないだろう。

ひとつだけ例を挙げておこう。

あるところに天真爛漫な漁師が住む島があった。そこに魚がたくさん押し寄せてきて人間のように「阿弥陀仏」としゃべるので、漁師たちはわけもわからず「阿弥陀魚」という名前をつけた。「阿弥陀仏」と呼ぶとさらにたくさん押し寄せてくる。捕まえて殺して食べたが逃げもしない。「阿弥陀仏」と唱えれば唱えるほどおいしく感じる。あまり唱えない人は少し辛く感じる。そこでみんな味の良さに夢中になって「阿弥陀仏阿弥陀仏」と唱えまくる。そのうち最初にその魚を食べた人の一人が寿命で死んで、三ヶ月してから紫の雲に乗って戻ってきて人々に告げるには「魚は阿弥陀仏が姿を変えたものである。私たちが仏の教えも知らず愚かなのを憐れんで、念仏を勧めにやってきてくれたのだ。この縁によって私は浄土に生まれ変わった。」これを信じた漁師たちはみんな慈悲の心を起こし、永久に殺生をやめて阿弥陀仏を念じ奉った。やがてみんな浄土に生まれ変わって、島には一人も人が居なくなった。
(今昔物語集巻4第37)

うーむ。私には、狂信的宗教のために島民が全滅した話にしか思えないのだが。

太平記

今昔物語と太平記ってアイディアの宝庫だと思うんだよね。まあ、日本版千夜一夜物語というか。太平記は一応歴史書なわけだが。太平記ダイジェストいうのがあったんで、
読み始めたのだが、いきなり「太刀の先を口にくわえて櫓をさかさまに落ち、太刀に貫かれて壮絶な最期を遂げた」とかでてくるんで先が思いやられる。