中島敦の日記と書簡

改めて中島敦の日記を読んでみたが、南洋の見聞と途中で日米開戦の話が挟まる程度であり、
肝心の、パラオに行く直前からパラオに滞在している間に、なぜあれほど著作を残したのか、
という部分は書いてない。
著作活動時期と完全に重なっているのに、残念なことである。
書簡の方が出版社とのやりとりがあったりして、まだましだが、それでもやはり肝心なことは書いてない。
病気や貧乏で小説で多少稼ごうかと思ったのだろうか。

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