ざっと読んでみたが、これはつまらん。
実際読んでみれば、金葉集三奏の謎というのは明らかだ。
白河院は、つまらんから二度も作り直させたのだ。
三度目は仕方ないから終わりにした。
三奏目で満足して嘉納したというのは嘘だろう。
つまり、後拾遺集には、
和泉式部、相模、赤染右衛門なんかが良い味出してたわけです。
公任、能因法師もたしかにすばらしい。
その他にもおもしろい歌がたくさんある。
あと、だじゃれがつまらん。
巻頭歌なんてのは、後拾遺集はどうでもよいだじゃれをきかすものだが、
金葉集のはくすりともこない。
ユーモアのかけらも無い。
後拾遺集は恋部が一から五まであって実に圧巻だ。
春の部も梅や桜が非常に充実している。
金葉集にはそれがない。
なんなんだこいつらはと思う。
ものすごくつまらない連中があつまってつまらない歌集を作ったって感じ。
恋部下に詠み人知らずの歌がずらっと並ぶところがあるが、
普通、詠み人知らずの恋の歌はおもしろいものが多いのだが、
なんかつまらん歌がただ羅列してあるだけ。
なんなのかこれは。
> 古今以来の伝統にとらわれず、同時代の歌人による新奇な作風な歌を多く取り入れ、誹諧趣向が目立つ。
はあ。新奇な作風ね。つまんないんだよね。
> これが当時の歌壇に新風を吹き入れたのは確かだが、のち藤原俊成に批判される通り、「戯れの様」が過ぎて格調を欠く歌もあった。
これで戯れているのか。
なら古今集や後拾遺集はもっとふざけまくってると思うが。
俊成がほんとにそんなこといったのか。
あれだろ、「古来風体抄」にたまたまそう書いてあっただけだろ。
俊成ならただ「つまらん」と言っただけだと思うが。
確実にいえるのは、金葉集の選者は、
和泉式部とか紫式部とかそういう女性歌人が大嫌いだっただろうということだね。
それが全体的に金葉集にめりはりをなくして単調にしてる。
ユーモアのセンスもなく恋も知らぬ。
花鳥風月に感じる心もない。
こんな和歌誰がなんのために詠んでだれが楽しむのか。
白河院みたいな遊び好きな人には堪えられなかったろうね。
なんでこんな簡単なことがわからんのか。
今まで指摘されなかったのか。
だいたいどんな時代にもねじのぶっとんだおもしろい女流歌人というのはいるものだろう。
昭和に中島みゆきや谷山浩子がいるようなもん。
古今集のころには小町と伊勢がいた。
後拾遺集のときは和泉式部、相模、赤染右衛門、ほかにももう少しいるようだ。
新古今だと式子内親王だとか待賢門院なんとかとか上西門院なんとかとか、とにかくたくさんいた。
金葉集のころだけいなかったわけがない。そんなわきゃない。
いたけどそういう歌人を発掘するという義務を怠ったのだ。
情趣を解さぬ男たちばかりが自分たちの歌ばかり集めて、
下級役人の娘とか庶民の歌なんかは調査すらしなかった。
だから金葉集のようなものができた。
実にもったいない。
別の人が選者になっていれば、和泉式部レベルの女流歌人が今日まで伝わっていたかもしれない。
後の勅撰集もまた、同時代の歌人を発掘するという手間を惜しんだ。
だもんだから、伊勢とか和泉式部とか大昔の女流歌人の歌をわざわざ拾ってきて載せたりした。
あほかと思う。
自分で調達しろ。