尚未

投稿者: | 2014年4月15日

孫文の遺言だが、中文版ウィキペディアには、

> 現在革命尚未成功。凡我同志,务须依照余所著《建国方略》、《建国大纲》、《三民主义》及《第一次全国代表大会宣言》,继续努力,以求贯徹革命尚未成功、同志仍須努力

とあって日本語版には

> なお現在、革命は、未だ成功していない──。わが同志は、余の著した『建国方略』『建国大綱』『三民主義』および第一次全国代表大会宣言によって、引き続き努力し、その目的の貫徹に向け、誠心誠意努めていかねばならない。

とある。
ここで違和感があるのは「尚未」である。
「尚」「猶」は「未」と同時には使わないんじゃないかと思っていたのだが、
どうも口語では使うらしい。
口語で使うというより二字に続けた方が話し言葉としては分かりよいので、
それが慣例になったのかもしれない。

「未」には否定の意味があるが、「猶」「尚」には肯定の意味があるからだ。
「未」はいわゆる再読文字で「未だに・・・無い」だが、
「尚」は「いまでもなお」「いまも」の意味だからだ。
つまり「未」に「尚」をわざわざ付ける必要がない。
古典的漢文法ではきっと必ずそうではないか。

「尚猶」「猶尚」と書くこともあるらしい。

和文では「いまだ花咲けり」と普通に言うが、
「いまだ」に「未」を当てるのは不適当だ。
「なほ花咲けり」のほうが誤解がすくない。
例:

> 今朝来鳴き いまだ旅なる ほととぎす 花たちばなに 宿は借らなむ

> 鴬の 鳴けどもいまだ 降る雪に 杉の葉白き 逢坂の山

> やまもとの 木陰は夜と ながむれど 尾上はいまだ 夕暮れの色

いずれも「いまだ」を「なほ」と変えても意味は通る。
一つ目は古今の読人不知、
二つ目は新古今の後鳥羽院、
三つ目は玉葉の式部卿親王だが、
それぞれ時代を表していて良い歌だなあ。

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