アジトで不要不急の仕事

連休は例のアジトに引きこもって、非日常な暮らしを楽しんでいる。このアジトの場所についてあまり詳しいことを今は書きたくないが、北関東にはありがちなごく普通の町である。世の中ではいわゆる盆正月とか連休という頃合いは逆に、人ごみや出費を避けて普段やらないようなことをやる。
部屋掃除くらいしか気が乗らないので、あとはブックマークの整理など、不要不急なことをやっている。
この google chrome のブックマークというやつなんだが、いろんな場所で使っていて同期してるとどんどん壊れていく。ぐしゃぐしゃになってしまうので、最近はブックマーク(とそのほかの一部)だけ同期をやめてしまった。google ともあろうものがなんて頭悪いんだろう。で、そのぐしゃぐしゃになったブックマークを手で直している。まったく急ぎの仕事ではないが整理しておくととても便利。

『虚構の歌人』や、本居宣長の連載を書いていた頃の私には今と比べて時間がいくらでもあったと言ってよい。あの頃は給料をもらいつつ実際には自分のライフワークとしてこれらの執筆活動をしていたようなものだった。給料泥棒のように聞こえるかもしれないが、私の同僚にはそうした仕事の仕方をする人はざらにいるので、特に避難される筋合いのものではなかろう。
しかしながらこの3年間、コロナのせいでほんとうにひどい目にあった。私は5年前にある役職についてその仕事に6年間縛られることになった。3年目からあのバカ騒ぎが始まって、私はあのバカげた病気のせいで会議に謀殺されることになった。まったく無意味な会議だった。
covid-19 の前には covid-18があり covid-17があり悠久の昔からこのウィルス性肺炎というものはあったし、covid-19 のあとには covid-20 があり、covid-21がありcovid-22があり、今年はcovid-23があって、これからも未来永劫ウィルス性肺炎というものはあるのである。人類がまったく無菌状態の世界で暮らすようにならない限り。人類はずっと細菌やウィルスと免疫系を構成して生きているものなのだ。
そんな当たり前なことがわからずただ対策という名のバカ騒ぎで時間を空費した。
世の中もおかしいが私にたまたま割り当てられた役職もバカげたものだった。しかしながらこの仕事をとにもかくにも担ったことで、私は多少、自分の執筆活動について罪滅ぼしをしたような気になっている。
4月になってあのあほらしいコロナ対策会議というものもなくなり、私はやっと3年前のゆとりある気分を取り戻しつつある。そう私はこんなに自由だったんだ、あの頃はと思える。そしてこの役職も今年1年で終わりなので、いくらなんでも今よりもっと忙しい仕事を振られることはなかろうと思っている。
世の中にはこういう役職についてどんどん仕事や会議が降ってくるのを喜び楽しむ人もいるかもしれないが、私はなにかものを書いていたり、プログラミングしてたりするほうが楽しいたちなので、会議にはなんの喜びも感じない。というのは少し言い過ぎかもしれない。無意味な議題をできるだけ避けて、有意義な議題にできるだけ集中し、参加者の意見をできるだけ取り上げて、私の後任者に仕事を引き継ぐ、それに多少のやりがいを感じないわけではない。そしてできればこの体験を小説にでもできたら、その小説がいつか正当な評価を受けてくれたらうれしいと思っている。

『虚構の歌人』に関していえば、あれはあの時の私にしか書けなかった記念碑的な作品だと思っている。稚拙さ、未熟さも含めて、ああいう一冊の書籍という形で作品を残せたのはたいへんありがたかった。その機会を与えてくれた人のために今、夏目書房新社のwordpress仕事を手伝ってあげて(こことか)、ついでに私のこのブログも復活させたのである。

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