本朝覇史

投稿者: | 2009年9月9日

見延典子著頼山陽によれば、最初山陽は「本朝覇史」という名前にしようとしていたが、
叔父の春風の提案で「日本外史」としたのだという(上巻第二部第八章)。
また、水戸藩が編纂していた「大日本史」を模倣して尊皇論風に書かれているが、
その主題は、徳川氏に対する政治批判であると(下巻第十部第四十二章)。
文章力によって幕府批判に見えないように擬装してある。
また、林子平「海国兵談」が版木を没収され蟄居を命じられた例を挙げて、
そのような尊皇思想や、あるいは朱子学的・陽明学的な政治批判は当時の文人らの間でも珍しくなく、
頼山陽はそのような江戸後期の儒者の一人にすぎない、
後世に甚大な影響を与えたのはその文章力と名調子にある、
というのがおおよその解釈だろうと思う。

また、漢文の著書に対して松平定信が題辞をやまとことばで記述したのは、
真意をごまかしはぐらかすためだと言っている。
ほんとうだろうか。
幕府の忌避にふれかねないとは思ったが、
作品としてはおもしろかったので、世の中に埋もれさせるのは惜しいと思ったのだろうか。

Wikipediaの新井白石の読史余論など読んでみると、
大まかな組み立ては日本外史と大差ないことがわかる。
微妙な尊皇風味と陽明学っぽさが加わっているだけにも思えてくる。

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