亦不知其所終 田中久三 aka 田中紀峰のサイト。

Archive for the ‘マンガ’ Category

機動戦士ガンダム THE Origin

08.28.2016 · Posted in マンガ

「機動戦士ガンダム THE Origin」なんだが、 comic-walker などで無料の試し読みが見れるので、読んでみたのだけど、 これはねえ。 安彦良和の悪いところが出てしまっているというか。 「王道の狗」「虹色のトロツキー」なんかは好きで読んだけど、 それとおなじノリをガンダムでやられると、正直つらいところがある。 「麗島夢譚」的なノリというか。

フラウボウとアムロ、ミライとブライトの関係なんかも見ててはがゆい。

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ヴイナス戦記

05.02.2014 · Posted in マンガ

「アリオン」「クルドの星」の続編だというので、 気になったのでアマゾンでポチって読んでみたが、 あまり面白そうではない。 どうも安彦良和が自分で書きたくてかいたストーリーではないと思うんだ。 たぶん、アニメ化、映画化するための原作として仕方なく書いた。 映画監督になるために自分が原作者になった。 そりゃそうだわな、「クルドの星」じゃアニメ化できんわな。 それで無理矢理SF仕立てにしたかんじだわ。

アニメ は、まあ、良く出来てはいるようだが。 だがこれは(CG使ってなかった頃の昭和の)メカの動きが面白いのであり、 キャラクターの作画が安彦良和である必然性がほとんどないわな。

やっぱ安彦良和で面白いのは「クルドの星」「王道の狗」「虹色のトロツキー」とか、 近代アジア史ものなわけだが。 異論はあるだろう(実際ここらが好きだという人を見たことがない)。 今連載している(らしい)「麗島夢譚」まで時代をさかのぼるとかなり変な癖が出て、 「神武」とかはもう全然つまらない。 不思議な人だわな。 要するにフィクションが下手な人だと思うんだ。 いや、フィクションにする元ネタがフィクションだとめろめろになってだめな人というべきか。 フィクションの元ネタが史実だったり近代だったりするとすっと一本筋が通って面白い、というか。

巨神ゴーグ。 出だしが「Cコート」っぽくて良い(笑)。 これぞまさしく純粋な動く安彦良和。 つか、「Cコート」アニメ化した方が絶対良いと思う、こんなロボットものより。 ロボットじゃないとスポンサー付かないんだなあ。 不毛だよな、安彦良和イコールガンダムという発想。 まあ入り口はガンダムで良いとして他にいろんなことをやらせてあげれば良かったのに。 で、安彦良和も最後は諦めて(開き直って)ガンダムオリジンとか描き始めたのな。 全く興味ないがな、ジ・オリジン。

安彦良和は、キャラが命の人なのだが、そこにガンダムテイストのSFを混ぜると、 肝心のキャラが死んでしまう。 「王道の狗」なんてほんとによくできた話で、 架空の人物、加納周助、風間一太郎のコンビはすごく良く出来てるし、 実在の陸奥宗光なんかも良くかけてる。 「虹色のトロツキー」も主人公の日本人とモンゴル人のハーフのウムボルトや、 その他の脇役ジャムツや麗花などの中国人も、 よく思いつくもんだと思う。 ていうか明らかに私が書いた「特務内親王遼子」なんてのは「虹色のトロツキー」の影響だしな。 東洋のマタハリとか(笑)。 近代アジア史物はもっと書きたいが、いろいろアレがアレなので書きにくいものはあるわな。

ま、私もいろんなジャンルを書き散らすほうではあるが、 安彦良和の統一感のなさははんぱない。

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酒のほそ道

03.14.2014 · Posted in マンガ

風邪引いてだるいので気を紛らすため、例によって駄文を書くことにする。 私はこの、『酒のほそ道』の主人公の岩間宗達のキャラ設定が不思議で仕方なかった。 居酒屋や寿司屋を食べ歩き、飲み歩くばかりではなく、 一人で家で晩酌したり、山登りして景色を眺めながら飲んだりする。 年は29歳、独身。 恋人未満の女友達がいる。

自分もそうだったが、 普通に仕事していて独身の男で飲み歩きが好きならば、 自宅で一人で晩酌するなどもったいない、一軒でも多くの店を開拓したいと思うのではなかろうか。 またたった一人で旅行して酒を飲んだりするというのが解せない。

でまあ今回この第三巻を読んでみて思ったのだが、 作者のラズウェル細木という人は、すでに嫁がいて子供がいる人なのである。 妻子持ちならば、一人で酒を飲みたくなることは十分ある。 つまみは缶詰でたった一人の晩酌でもいいから飲みたいというのは人間関係から逃れたいから。 とにかく家庭や仕事、妻子から逃げ出して一人きりになりたいのだ。 その自分を独身男性に投影するからキャラがなんか不思議なことになっているんじゃないか。

ラズウェル細木自身はメタボでもなくハンサムな男だそうで (追記。つか、youtubeに露出してるじゃんか。 ハンサムかどうかはともかく、痩せてるな)、 だからこそ彼は、メタボで独身でどちらかと言えば三枚目で、 独り飲みが好きな架空の男を作り出したのだろう、という結論に達した。 彼はアシスタントの女性と結婚して離婚している。育児マンガも描いている。 離婚した妻は今もアシスタントとして働いているという。 独りで飲み歩きたい気持ちが伝わってくるよなあ。

というかもともと自分とはまったく別のキャラを描こうとしたのだが、 キャラというのは自然と自分に似てきてしまうので、 連載しているうちにあんなふうになってしまったのかもしれん。

元妻のブログ というものもある。

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ディエンビエンフー

03.13.2014 · Posted in マンガ

タイトルが『ディエンビエンフー』でなければこの漫画を読むことはなかったと思う。 作中にも書いてあるが、ディエンビエンフーは厳密にいえばベトナム戦争ではない。 しかし普通の人は(私も含めて)ディエンビエンフーと言えばベトナム戦争を連想するだろう。 あるいは、ベトナム戦争の前史であるインドシナ戦争の話を期待するのではなかろうか。

ベトナム戦争を表層的ではなく扱っているという意味では悪くないアプローチだと思う。 これよりも浅い戦争漫画ならいくらでもありそうだ。

美少女のヒロインが出てくるところが若干漫画だ。 そこは既定路線だと納得できれば抵抗なく(いや、あるが)読めるのかもしれん。

ふと思ったのだが、戦記ものというのは、 戦略的には比較的忠実に歴史をなぞり王道を行きつつも、 戦術的部分、つまりディテイルはかなり脚色してラノベ化するのはアリなのかもしれん。 cat shit oneもある意味そうだ。 その逆はたぶん読むに堪えないのではないか。

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鬱ごはん

03.13.2014 · Posted in マンガ

面白い。それはさておき、 ここに出てくる食事というのは、すべて、 ファミレスだったり、コンビニ弁当だったり、回転寿司だったり、 ハンバーガーだったり、牛丼屋だったりピザだったりインスタント食品だったりする。 そして酒は出てこない。 タバコは一瞬出てくるのに酒がでない。 私の小説とはどっこもかぶってないところが逆に面白いといえば面白い。

そして、ファストフードは一通り出てきて、かつ、 そばの話は二度も出てくるくせに、富士そばなどの立ち食いソバの話が一切でない。 これもある意味象徴的だ。

まあ、たぶん、酒を飲むやつと飲まないやつの違いだろうな。 ラズウェル細木だと絶対こうはならんもんな。

食い物の話は好きなくせに、 なぜ今までこういうのを書こうという気が一度もおこらなかったのかというのを自問自答している。 たぶん自分が20代なら必然的にこうなったのかもしれない。 じゃあ50近くのおっさんがファミレスやチェーンの居酒屋や牛丼屋の話を書けばどうなるんだろうか。 謎だ。 矢口高雄が渋谷や原宿の話を描くくらい何かが違う。

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憑依

02.10.2014 · Posted in マンガ

いがらしみきおのアイの主人公は他人と意識を共有することができるのだが、 手塚治虫のブッダに出てくるタッタという子供も動物に乗り移ることができる。 賤民の子供で無教養だから超能力を身に付けたという設定も似ている。

人に狐や狸が憑くという話は普通だしな。 生き霊や死んだ人や神が憑いて物語るというのも普通だわな。 自分から相手に乗り移るというのも自然とそこから出てくる話かもしれん。 こういう怪奇譚はしかしどういう起源を持つのだろうか。

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俺はまだ本気出してないだけ

11.18.2013 · Posted in マンガ

引っ越しのときに紙の本はほとんど捨ててしまって「俺はまだ本気出してないだけ」もどこまで読んだかすら忘れていたが、 アマゾンのおすすめ商品で教えられて5巻目を買ってみたのだが、 まったく読んでなかったので、5巻目を買ってない上にIKKIの連載もまったく読んでないわけだった。 そりゃそうだな。最近は漫画雑誌を一切読まなくなったから。

それでアマゾンのカスタマレビューなんか読んでると、感動して泣いたというやつがいる一方、 5巻は今までと違ってまるでつまらなかったという人もいる。 別につまらなくもなかったが意外性も少なく地味な話だし、4巻までがおもしろかったというのは確かだと思う。

最初のもちこみの担当者が人生300年に感動してオカマになり、 次の担当者が女で一転作品を酷評して落ちこむ、あたりまでがおもしろかったといえばおもしろかった。

以前、青野春秋の謎 というものを書いたのだが、この作家は、単行本にかなり暗くてシュールな若者の葛藤みたいな短編をいくつも載せていた。 従って、5巻がそっちのほうに引っ張られて暗くて地味な話になったのは予測できなかったわけでもない。

で今は「五反田物語」などという、自伝なのか私小説なのかしらんが、さらに悩める若者的なものを書いているらしい、読んでないからしらんが。

でまあ青野春秋という人が男性か女性かは不明で年齢も不詳で、未だに極めて謎なひとなわけで、 新人賞を取った作品というのも入手困難なのでよくわからんわけだが、 どちらかといえば、少女漫画、というか女性作家が書くような純文学に近いものを書くひとなのだろうと思う。 で、編集からなんか軽いギャグ漫画でもかいてみるかと言われて書き始めたら異様に人気がでてしまったのだが、 この企画というかアイディアは本人というよりは編集の人のものではなかったろうか。 或いはシズオは編集の人が担当した誰かのことだったかもしれない(アシスタント時代の同僚とか、持ち込み仲間の一人かもしれんわな)。

でまあ、この本を買うとアマゾンのおすすめに「最強伝説 黒沢」とかが出てくるんだけど、 シズオは福本伸行や古谷実が描くような人物ではまったくないし、 苦役列車的な人物でもないし、 それらと比較してもしょうがないし(1巻のレビューにはそんなのが多かったが)、 そもそも作者はそんなものと比較されてもうれしくもなんともないと思う。

まあシズオを読んでたのは私も小説を書き始めて新人賞に応募してたころだったので、新人賞の仕組みとかよくわかりました。 ようは新人賞は若者しかとらない。 右も左もわからん未成熟な新人を出版社が都合の良いように育てて恩を売る仕組みになっている。 それは正社員という形で若者を搾取する日本の会社と同じだし、 政治の世界もそうだし、 ともかく新人は未完成でなくてはならない。 編集やライターは表にはでてこないで実を取る。 写真家とか絵本作家とかほとんど99%まではそう。 実力者を中途採用すれば本人にだけメリットがあり、会社や担当の旨味は少ない。 日本の社会は結局そんなふうにできている。 なんのことはない、夏目漱石の「坑夫」に出てくる飯場の搾取の構図と何も変わっちゃいない。 牢名主がいて、新入りがいる世界だ。

たまにほんとにすごいやつもいるが、それも本人の才能というよりは、偶然おもしろいネタに遭遇したというだけであって、 ま、ほとんどは運みたいなもんじゃないかな。 一万人とか百万人の人が地面掘り返してりゃ一人くらいは鉱脈にぶち当たる、そんなものであり、 一生懸命地面掘りゃいいって話ではない。

で、作者は、最後は編集にもらったネタは捨てて(そりゃそうだろう。これからもシズオみたいなマンガを死ぬまで描き続けるわけにはいかない)、本人が書きたいような漫画を書いて、本人の好きな終わらせ方をした。 事実は、作者と編集の合作だったわけだから、その編集の部分を切り捨てるとあの5巻のようなストーリーにならざるを得ない。 いつまでもヘタウマなわけでもなく、ずいぶん画力はついてきたのに、いつまでもヘタウマな絵でシズオを描き続けるのは苦痛だっただろうと思う。 そうすると4巻までの愛読者は引く。 逆にお涙ちょうだいな人情話が好きな連中には5巻だけ受けた。 そういうことではないかね。

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cat shit one vol. 1

08.30.2013 · Posted in マンガ

cat shit one を読み終えた。 シリーズ化第一巻だけあって非常に読み応えがある。 そのへんの凡百のベトナム戦記ものよりためになるだろう。

インドシナ史の入門書として読むのもありかもしれない。

cat shit one の前に dog shit one という劇画調の漫画があっって、 月刊コンバットマガジンという雑誌に連載され、 それも収録されているのだが、 正直大しておもしろくない。 アメリカ兵がウサギでベトナム兵がネコという意外性がなければ、 ミリオタではない私がこれを目にすることはなかったと思う。

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酒のほそ道

04.14.2013 · Posted in kindle, マンガ

『酒のほそ道』第一巻が無料。キャンペーン? すばらしい。

おかしいな、いつから無料なんだろう。

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ヒストリエとか

04.04.2013 · Posted in マンガ, 小説, 読書

KDP をやり始めて、おぼろげではあるが、読者がいて、他にどういう傾向の本を読んでいて、 どんな感想を持っているのかが、わかるようになった。 パブーの頃はPVとダウンロード数とコメントしかないのだが、 コメントはほとんどもらえなかった。 第三者の意見というのがほとんどまったくわからなかった。

でまあ、今は『川越素描』の無料キャンペーンをやっているのだけど、 いっそのこと『エウメネス』を無料キャンペーンにしようと思ったが、 せっかく有料で買ってくれた人がいるのにすぐに無料にしては失礼な気がするので後回しにするが、 他に広報手段もない私としては、定期的にすべての本を無料キャンペーンしようと思っている。

『川越素描』はもともと、現代のストーリーと過去のストーリーが並行する話にしたくて、 現代の話から歴史の話に誘導した方が読者がその世界に入っていきやすいだろうと思ってそうしたわけだが、 こういうのは普通タイムスリップというSF仕掛けになっているのだが、私はそういう手垢の付いた手法はいやだったのと、 『千夜一夜物語』的な入れ子になった劇中劇が書いてみたかったので、 実験的にあんなぐあいになったのである。

今から読んでみるとあまり読みやすくない。 というか無駄にストーリーを複雑にしてしまっている感もある。 しろうと向けでは決して無い。普通の小説を読み飽きた人なら面白いと感じるかもしれない、という程度。 最初にプロットだけ決めて書き始めたら膨大な量になってしまった。 考えながら書いていったという意味ではまさに『素描』かもしれない。 『素描』というよりは『実験作品』、かな。

またジャンルを間違えてしまったが自分では変更できない。 「世界史」ではない。 「日本史」だ。 KDPの中の人にお願いしなきゃいけないのだろうか。

山崎菜摘というキャラにしても無理があると思う。 所詮こんな女性はいないと思うのだ。 文学少女といっても扇毬恵くらいにしておくべきだと思う。 仁科世津子の方がまだ現実的かなと思う。

今なら歴史初心者向けに書くなら全然違う書き方をすると思う。 多少構想はある。 たとえば歴史好きな男とパワースポット好きな女がどうしたこうしたとか。 歴史蘊蓄が大嫌いな京都の舞妓さんとか。 歌物語的百人一首とか。 ようはまあ、初心者は知識が限られていてその外の広がりを知らない。 まずは誰もが知っている知識でもって興味を持たせて、どんどんその外まで連れ出さなくてはならない。 知識が増えて世界が広がるほど歴史は面白くなる。 そのおもしろさを体験させたいわけである。 そうすると入り口は正門がよい。 いきなり勝手口から入れようとしてはダメ。

『アルプスの少女デーテ』『司書夢譚』なども入れ子構造、多重構造の話になっている。 『セルジューク戦記』なんかも、時系列だが西欧、東欧、中近東、中東の話が並列しててややこしい。 そういう複雑な構造をした話を書くのに凝ったこともあったが、 ここらへんで新規読者を獲得するのはたぶん無理だろうと今では思ってる。 もっとシンプルな話の方が良い。

『エウメネス』はたまたま実在する『ヒストリエ』という漫画とネタがかぶったのだけど、 キャッチーな主人公を使った小説というのも、やはり読者を誘導するには必要な気がしてきた。 坂本龍馬とか土方歳三なんかの話は絶対書かんけどな。

『ヒストリエ』の主人公がなぜエウメネスなのか、ということを考えてみるに、 たぶん、アレクサンドロスをそのまんま主人公にしてはあまりに破天荒でなんでもありのキャラになってしまうし、 特にファンタジー仕立てにするとコントロール不能になりかねん。 キャラとしても手垢が付きすぎている。 自由にいじれるキャラがほしい。 そこでアレクサンドロスの後継者の将軍たちの誰かを主人公にしようとした。 エウメネスは前半生が不明なのでキャラを造りやすいから、 アレクサンドロスと出会うまでのいろんな話をこしらえて、 ペルシャ征服の話も書いて、 そのあとの継承者戦争も書こう、ということだろう。 そうすると10年くらいの連載になってもおかしくない。 むしろ、長期連載するためにエウメネスを主人公にしたのだろうと思う。

私の場合もやはりアレクサンドロス大王ものを書きたかった。 一番興味があったのは王妃ラオクスナカ(ロクサナ)がペルシャの王女だったということと、 アレクサンドロスがスーサで合同結婚式をやったということ。 なぜ王は自分がペルシャ人と結婚するだけでなく将軍たちにもペルシャ人と結婚させたのか。 もひとつはゲドロシアの話が面白いと思ったからで、 それらを組み合わせて短く簡潔にまとめようと思った。 つまり最初からコンセプトも尺もヤマもオチもまえふりも、全部決めてから書き始めて、そのとおりに書いたたわけで、 『川越素描』の頃からするとだいぶ進歩している、と自分では思っている。 内容が、というより、執筆の仕方が、という意味だけど。

私は一人称で書くことが好きなのだが、それはあきらかに FPS の影響であり、 日本の私小説の影響ではあり得ない。 つまり「自分」とか「実体験」を描きたいのではない。 「自分」の見たモノをありのまま読者に追体験させたいからではない(ただし『安藤レイ』は途中までは実体験なのだが、これは個人的な入院日記のように見せかけて、だんだんSFミステリーのようにしていくという実験。『紫峰軒』はモノローグ、一人語りだといわれても仕方ないかもしれないがもちろんフィクションである)。 自分が作り出すフィクションの世界の中に読者を完全に埋め込みたいから、 immersive な感じ(※没入感。バーチャルリアリティ用語です)を出したいから一人称にしているに過ぎない。 さらに『アルプスの少女デーテ』『巨鐘を撞く者』では一人称視点が次々に切り替わっていく。 プレイヤー変更あるいはジョブチェンジとも言えるし、ルポルタージュ形式とも言える。 実際、『巨鐘を撞く者』は子母沢寛『新選組始末記』を真似たものである。

エウメネスはアレクサンドロスを描くための三人称視点として選んだ。 つまり TPS 的な手法でアレクサンドロスを描きたかった。 一番王に近い視点に読者をおいて、王の実像を描きたかった。 歴史上伝説上の王、超人的な英雄、現人神的なもの、ではなく、 目の前に実在し、今まさに生きていて、会話できる、等身大で生身の王、というものを。 これはつまり NPC (Non playable character) 的な表現だと思っている。 アレクサンドロスを観察しているエウメネス、という構図。二人称視点、とも言えるかもしれない。

だいたい私は学者か詩人か芸術家、技術者を主人公にすることが多い。 さらに彼らを視点として王とか将軍を描く。 アレクサンドロスに対するエウメネス、 北条時行に対する宗良親王、 明治天皇に対する高崎正風、 ナポレオン三世に対するアルムおじさん、 サンジャルに対するオマル・ハイヤーム、などなど。 まったくそうではない小説を書くこともあるが、自身が学者であり詩人であると思っているので、 その方が自分を歴史の中に投映しやすいし、 従って小説を書きやすい。 というより、そっちの方向にプロットが流れやすい。 読者もまたそうであるとは思わないがそうしないとそもそも小説が書けない。

『ヒストリエ』もまたエウメネスに感情移入させたいのだろう。 あれはしかし古代ギリシャを舞台としたファンタジーものだから、 そういうものが好きな著者がそういうものが好きな読者をひっぱっていけばそれでいい。

ちなみに『ヒストリエ』を直接読んだわけでなく、 いろいろ調べてそんなんだろうなと思っただけである。 私の話というのは、古代ギリシャ史と言うより、 古代アジア史とかペルシャ史とかヘレニズムとでもいうもので、 テイストは全然違うと思う。 少なくとも西欧視点ではない。

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