亦不知其所終 田中久三 aka 田中紀峰のサイト。

Archive for 11月, 2009

視覚

11.22.2009 · Posted in 学問

幼児はモノが見えていない。 モノが見えてないというよりは見えないはずのモノが見えたり、 見えるはずのものが見えなかったり、 いろんな現象が起きているように思う。

大人になるとだんだんと、「見えるべきものが見える」「見えてはいけないものは見えない」 の二つに収束していく。 その前段階として「見えるはずのないものが見える」とか 「見えるはずのものが見えない」という現象があってもおかしくない。 子供に妖精や幽霊が見えるのも同じことじゃないか。 大人は理性や経験やらで見えるはずのないものをものすごい勢いで排除している。 見ようとする vision と見てはならないという vision が、 お互いに抑制し制御しあっているのでないか。 その協調関係が壊れればたちまち見えてはいけないものがどんどん見えだすだろう。 あるいは何も見えなくなってしまうだろう。 大人でもLSDで幻覚が見えるようなもんだろう。

感情によっても視覚は変化する。 ヘッドフォンステレオかぶって自転車乗っているだけでも、 情景はだいぶ変わって見える。

視覚というのはまだ何もわかってない。 脳科学の成果をもっときちんと追いかけないといけない。 視覚や脳科学は「21世紀の科学」だという人がいるようだがまさにそうだろう。 視覚はあまりにも自明で完璧なのでとっかかりがないが、 錯覚、幻覚、子供の妖精やお化けなど、 「見えるべきものが見える」「見えてはいけないものは見えない」 あたりの異常現象から攻めていくと良いのでないか。

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文献メモ

11.09.2009 · Posted in 宗教

バートン・L・マック著、秦剛平訳「失われた福音書 – Q資料と新しいイエス像」青土社

加藤隆著「一神教の誕生」講談社現代新書。 これによれば、ダビデ、ソロモンの時代には、ヤーヴェはユダヤ教の主神ではあるが、ユダヤ教は一神教ではなく、 イスラエル王国の滅亡やバビロン捕囚などを経て、 一神教に収束していった、つまり、徐々に多神教から一神教が生まれたように書かれている。

いや、もちろんそういう要素はあったかもしれんが、 私としては、フロイトの説のように、一神教はもともとはエジプトのアトン信仰に由来するものであり、 アトン信仰がユダヤ教と融合することによってユダヤ教も最終的に一神教になったのだと思う。 で、フロイトも指摘しているように、アトン信仰も古代エジプトで忽然としてアメンホテプ4世の時代に創作されたというよりは、 シリアなどでもっと古くから存在していたのではないか。

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燃えよ剣下巻

11.05.2009 · Posted in 読書

本棚を整理していたら燃えよ剣の下巻が出てきたので読み始めた。 もともと私の本ではなく死んだ祖父の本を拝借したもの。 うーん、なんちゅうか、七里研之助を倒し、伊東甲子太郎を暗殺したところまでは、 面白かったんだが、その後は史実をなぞるだけな感じでどうでしょう、という。

うすうす感づいてはいたがやはり七里研之助は架空の人物だったのだな。 こちらはまあ良く書けてるとして、妻として出てくるお雪とのあれこれというのは、もうはっきり言って邪魔。 下巻読む気を失わせる一番大きい原因かも。

やはり、鳥羽伏見の戦い辺りからもう新撰組がどうこうという話ではなくなってしまうので、 小説としては書きにくかったのではないかなとか。

後書きが陳舜臣で割と面白い。 司馬遼太郎がこれを執筆したのが昭和三十年代後半というのだから、ちょっと驚く。 当時三十才後半くらい。 まだ私は生まれてない。 そのころは調布も府中も八王子もあの辺一帯まだまだ田舎で桑畑だらけだっただろう。 ちょうど、今で言う所沢あたりのように、冬は畑から土埃がもうもうと舞ったのだろう。 初夏には竹のささらで地面を叩きながらマムシを避けないと歩けなかったのだろう。 気性も荒く、殺伐としていて、子供の喧嘩も酷かったのだろう。 という多摩の風土を書いたものとして読めば面白いのだが、 維新後に北海道に渡って独立国家を作ろうなどというのはどうも私にはただの茶番に思えて仕方ない。 結果論というやつかもしれんが。

内村鑑三「代表的日本人」の「上杉鷹山」のところを読む。 山形県的には偉人、というか昔の日本人的には偉人なのか。 江戸中期くらいに藩の財政改革として荒れ地に桑を植え始めたのかな。

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マルコ福音書

11.02.2009 · Posted in 読書

マルコ福音書は最初に13章までが書かれたのだという。 つまり受難の前まで。 さらに受難の章14,15が書かれた。 復活について書かれた16章目は、もともとマルコには含まれていなかったという。

ということはだ、マルコの最初の形は、冒頭ヨハネの話がちょっと出てくるが、 いきなりイエスのガリラヤ布教の話に移る。 そしてほとんどがガリラヤでの布教活動の記述の列挙で終わる、ということだ。 つまり、マルコ福音書というのはもともとは「イエスのガリラヤ布教伝」 というものだったらしいのだ。

「イエスのガリラヤ布教伝」というテクストがまずあって、 これに若干加筆してマルコとなり、 また「ガリラヤ布教伝」または「マルコ」を参考にして「マタイ」と「ルカ」が出来た、ということらしい。

「マタイ」が現在の新約聖書の冒頭に配置されているのは、「マタイ」がダビデからイエスまでの系譜やら、 イエスの誕生などを時系列で丁寧にまとめているからだろう。

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textual criticism関係

11.01.2009 · Posted in 読書

加藤隆「新約聖書はなぜギリシャ語で書かれたか」大修館書店。 面白い。 amazonの書評も読んでみたが、割とけなす人がいるんだな(笑)。

ネタバレになるが、 パウロの書簡はともかくとして、 マルコ福音書がなぜギリシャ語でかかれなくてはならなかったかというと、 エルサレムにおいて、キリスト教徒は、 ユダヤ教に改宗し共通語としてギリシャ語を話す外国人(ヘレニスト)と、 イエスの直弟子たちに導かれているもともとのユダヤ人が居て、 このうちのヘレニストが迫害されたり殉教(ステファノら)したりする。 それでイエスの直弟子らを批判する書としてギリシャ語でマルコ福音書が書かれ、 しかもエルサレムに居る指導者らからは得られない、 ガリラヤなどでイエスの活動(奇跡など)の伝承を取材して掲載したのだという。 確かに、イエスの弟子たちは福音書の中で何度も何度も怒られている。 特にマルコ福音書にそれが顕著であるという。

原始キリスト教では、エルサレムのキリスト教共同体はユダヤ教化しつつあったという (いや、ユダヤ教化しつつあったのではなく、もともと純然としたユダヤ教の一部だったということだろう)。 しかし、ガリラヤやアレクサンドリアなどでは別の共同体が存在していたという。 ギリシャ語の福音書が出てきたのはエルサレム以外の場所の共同体であろうし、 それはすでに「反ユダヤ教化」しつつあったキリスト教だったろうし、 イエスのガリラヤの布教活動について詳しく記述し、 しかもエルサレム共同体に残留した直弟子らを厳しく批判しているマルコ福音書は、 ガリラヤ起源である、とも言えそうだ。

wikipediaのヘレニスト。 上記著書では、ヘレニストとは、もともと異邦人がユダヤ教に改宗して共通語としてギリシャ語を話す人たち、 と言っているが、wikipediaではユダヤ人の中でユダヤの地を離れて国際語であるギリシャ語を話すようになった人たち、とある。 ギリシャ語を話すユダヤ人という意味では同じだが、言ってることは真反対である。

バート・D・アーマン著、松田和也訳「捏造された聖書」柏書房。 これまた面白い。 しかしamazonには書評がないので、amazon.comに行ってみる。 Misquoting Jesus: The Story Behind Who Changed the Bible and Why。 これは読むべき。ごく普通の聖書学入門として読める。

この本も主にマルコ福音書を取り上げている。 マルコに出てくるイエスは野性的で怒りっぽく、日本でいうところの、荒法師に近い。 山野で修行し、奇跡を起こす超能力を身につけたと称し、 自分の奇跡を起こす力を信じない信徒たちに怒り、叱りつける。 独裁的な、新興宗教の教祖の姿そのものだ。 ともかくマルコのイエスは荒々しく怒りっぽい。 モーセに対して神が怒りっぽかったように。 しかし、ルカになるとイエスは慈悲深い人になってしまう。

山本七平「禁忌の聖書学」新潮社。 最初のヨセフスの辺りは面白い。 後はごちゃごちゃしてて何とも言えない。 ていうか、聖書学的に面白いのは新約聖書がどうやって成立したかってことで、 旧約聖書の薀蓄はこのさいどうでも良い。

ケン・スミス著山形浩生訳「誰も教えてくれない聖書の読み方」晶文社。 期待して読んだがつまらなかった。ただの雑学。

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