亦不知其所終 田中久三 aka 田中紀峰のサイト。

Archive for 4月, 2016

04.27.2016 · Posted in

アミオダロンというのはアンカロンという薬のジェネリックで、 そのアミオダロンを以前は1日2錠飲んでいたが、 甲状腺ホルモンが異常になったので、 つまりアミオダロンにはヨードが含まれていてヨードを過剰摂取すると甲状腺がやられて、 甲状腺炎になってしまう(バセドー病みたいなものらしい)らしいんで、 1日1錠に減らした。

アミオダロンは心室細動や心房細動を抑える薬で、 以前は1錠飲んでいたこともあったが2錠にすると BNP(心臓に負担がかかると出てくるホルモン) の値がとても小さく(つまり正常に)なり、心房細動もほとんど出なくなる。 でアミオダロンを減らしたので BNP はまた増えて、ほぼ常時心房細動が出るようになった。 心房細動は30歳頃の健康診断でも出てたことがあるので、 たぶん出たり出なかったり、ずっと昔からそういう調子で、 年をとるほど出る、そんな体なのだろう。 だから私は(戦争になって供給が絶えて) アミオダロンを飲まないと心室細動を再発して死んでしまうのだろう。 心房細動は命に別状はない。ただ血の流れがよどんで血栓ができやすくなるので(血栓が脳の血管に詰まると脳梗塞になる)、 血を固まりにくくする薬を飲まなきゃならない。 ワーファリンとかがそれだ。しかしワーファリンは納豆が食えなくなる(納豆に多く含まれるビタミンKがワーファリンを効かなくする)ので、イグザレルドという新薬に替えてもらった。 そのせいか採血をするときにときどき血が止まらなくなる。 私の周りではそんな人はあまり見ない。 今までは脱脂綿で五分押さえるだけだったのだが、 今度から包帯を巻かれることになってしまった。

心室細動は致死性のもので何の前触れもなくいきなりくる。 アミオダロン1日1錠でも心室細動は一度もおきてないので、 仕方なくアミオダロンは1錠で済ませている。

私はICDを入れられてしまったのだが(その話は「安藤レイ」に書いた通り)、 免許の更新に行ったら、ICD を入れている人は、 半年に一回診断書を出さなきゃいけないと言われ、 病院に通う上に警察署にも通わなきゃならんのはめんどくさいので、 それにそもそもいつか乗ることもあるかもしれんが普段はまったく運転せず、 車も持ってないので、 「運転経歴証明書」というものに替えた。 つまり私はもう車の免許をもってないから車には乗れなくなってしまった(取り直せば乗れるわけだが、そんなめんどくさいことはするまい)。 とりあえずしばらく身分証はこれでもたせてそのうちパスポートを取って期限切れしないようにする。

24時間ホルターというので心電図を取られたのだけど、 心房細動は心電図に細かなノイズが入るのかというとそういうわけではなく、 1分間に400回くらい心臓を拍動させようするのだが、心臓はそれを適当に間引いて、 適性な心拍数にする機能があって、 それは私の場合今のところ正常に働いている。 ところが適当に間引いた心拍というのは間隔がランダムになるのでそれが心房細動。 心臓がほんとに1分間に数百回も拍動してしまうのが心室細動。 心拍が速すぎて血管が心臓から出ていかなくなるから要するに心臓が止まったのと同じ状態になる。 心室細動は AED で直る(ことがある)。 体に埋め込んだ AED が ICD。

心拍の間が空きすぎるときには ICD がペースメーカーの役割をしてペーシングしてくれる。 ICD はペースメーカーを兼ねているのだが、私の場合は、 ペーシングが常時作動しているのではないのだが、夜寝ている間に心拍数が50よりか下がってる時があって、そのときペーシングが起きているのが、ホルターの心電図に記録されていた。 今まで一度も ICD は作動(除細動器として心臓に強い電気ショックを与える)してないのだが、 ペーシングはたまに起きていたのだなあとあきれた。 アミオダロンを2錠飲んで心房細動を止めればその必要もないのだが、 また甲状腺炎にはなりたくないし、いろいろ難しい。 結局機械と薬の両方に頼ってバランスをとっていくしかないらしい。 まったくとんだ重病人だ。

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04.26.2016 · Posted in 雑感

世の中にはチェックとストライプのシャツが溢れかえっており、 それ以外の柄の襟付きのシャツというのはほとんどないか、あっても高い。 とにかくもう絶対チェックとストライプのシャツは着ないぞと思えば、 6千円とか7千円とか、或いはうん万円のシャツを買うしかない。 あるいは、古着であろうか。 なんでこんなことになってしまっているのだろうか。

まともかく年齢的にも立場的にもTシャツばかり着るわけにはいかないので、 襟付きのシャツが必要だな、チェックみたいにださくなく、 ストライプみたいにありきたりじゃないやつが着たい、と思うがそれには金がかかる。

それで実家に眠っていた父の服をサルベージしたのだが、 そのほとんどがチェックでもなくストライプでもなく、 今時どこにも売ってないような柄の服ばかりであり、 一生かかっても着つぶせないくらい大量に出て来た。 時代が違うというのもあるのだろうが、いったいどこでこんな服を買ったのだろう、 どこでこんな服が売られていたのだろう。 そしてなぜ現代ではこれらの服はまったく作られなくなったのだろう。 非常に不思議だ。 ともかくこれだけのシャツを今買うとしたら数十万円はする。

シャツだけでなくズボンにも金がかかる。 ズボンはジーパンはいとけば安くで済むが、 ズボンも実家から送ってもらうことにした。 金がかからないのは良いことだ。 ズボンのほうが消耗が速いからいくらあっても困らない。 シャツはさすがに置き場に困る。

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国を救った数学少女

04.25.2016 · Posted in 読書

まあまあ面白い。 特に出だしのノンベコの話は面白いが、 突然スウェーデン人の話に切り替わり、 交互にストーリーが進展していく。 まあそれも最初のうちは我慢して読んでいたが、 だんだんに話が拡散して行く。 鄧小平やブレジネフやカーターが出てくるあたりで飽きる。 なんだ何でもアリのどたばたものかと。 それが面白いと思える人には良いのかしれんが。 私としては南アフリカ共和国の話で完結しててネルソン・マンデラが大統領になるあたりで終わってれば(そしてそういう歴史的経緯がきちんと描かれていれば)良かった。 いろんなことつまみ食いなんかしたくなかった。

著者はスウェーデン人のようだがスウェーデンの話が特につまらない。 中国人とかその他もろもろの話も一応最後で伏線回収されるのだが、 いろんなことを書きすぎて、だんだんにネタバレしてきて、 西洋人視点の支離滅裂なごたくが並べてあるだけに見えてくる。 西洋人は帝国主義やら植民地支配やら人種差別を今は反省していると必死に言いつくろっているようで、逆にそれが嫌みに感じる。

まあともかく悪い本ではない。 世の中の本がどれもこれくらい面白ければ退屈しのぎに困ることはないのにと思う。 「火星の人」もそれなりに楽しめたし。 こういうエンタメ系の小説で面白いのが、 日本の作品にはまるでない。 まるで思いつかない。

カーリルで検索してみても、所蔵館の多さにしても何にしても、比較的最近の本であるせいもあるのか、貸し出し中ばかりですべてにおいてすごい。

The Girl Who Saved the King of Sweden は普通に訳せば「スウェーデン王を救った少女」となるはずだが「国を救った数学少女」と訳したのはどうだろうか。 どちらにしてもあまり話の内容を反映してないが、余計わからなくしているように思える。

ついでだが、「サハラ」という映画が少し面白かった。 これまたタイトルからはまったく予想の付かない内容だった。 雰囲気は「国を救った数学少女」に似ている。 こういうのが流行っているのだろうか。いや、そんなはずはないが。

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e-rara Johanna Spyri 文献

04.25.2016 · Posted in ドイツ語

初版の年ではなくて実際に出版された年の順

Bremen : C. Ed. Müller’s Verlagsbuchhandlung

Gotha: Friedrich Andreas Perthes

Stuttgart: Carl Krabbe

Barmen: Hugo Klein

Basel: Allgemeine Schweizer Zeitung

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Heidi, translated by Louise Brooks 1885

04.25.2016 · Posted in 雑感

「ハイディ」だが、 Heidi’s Lehr- und Wanderjahre が出たのが 1880 年。 続編の Heidi kann brauchen, was es gelernt hat が出たのが 1881年だった。

初フランス語訳 は 1882 年。 原著の版元 Gotha: Perthes が出版していて、訳者は不明。 Heidi’s Lehr- und Wanderjahre のみの内容。

英訳は1885年。 訳者は Louise Brooks。 出版社は Couples, Upham, and Company, The Old Corner Bookstore, 283 Washington Street, Boston. 巻末の広告の価格がドルで書かれているので、間違いなく、 イギリスではなくてアメリカのボストンだ。 こちらは前編と続編両方の合冊になっている。 これがおそらく最初の英訳。 そしてハイディを世界的に有名にした本なのだろう。

From the pleasant village of Mayenfeld a path leads through green fields, richly covered with trees, to the foot of the mountain, which from this side overhangs the valley with grave and solemn aspect.

冒頭だけだが、ドイツ語原文と比べてみると、そのまま自然に訳されていることがわかる。

Vom freundlichen Dorfe Maienfeld führt ein Fußweg durch grüne, baumreiche Fluren bis zum Fuße der Höhen, die von dieser Seite groß und ernst auf das Tal herniederschauen.

「ハイディ」邦訳疑惑参照。

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ヨハンナ・シュピリ初期作品集

04.24.2016 · Posted in ドイツ語

ヨハンナ・シュピリ初期作品集

  • 価格 1800円(税別)
  • ISBN 978‐4‐7734-1000-6
  • 著者 ヨハンナ・シュピリ(訳・田中紀峰)
  • 発売日 2016/2/27
  • 四六判(130mm×188mm) ソフトカバー 292ページ
  • 発行 夏目書房新社
  • 販売 垣内出版

初版第一刷の誤記・誤り等

p. 4 (p. 49 も同様)

できるだけうまく話してみまし

→ みまし

p. 55 (p. 232 も同様)

DAHEIM UND FREMDE

→ DAHEIM UND IN DER FREMDE

p. 85 (p. 240 も同様)

AUS FUÜHEN TAGEN

→ AUS FRÜHEN TAGEN

p. 210

直訳すれば「地上の小さな寝床に憩え(zur Ruh ein Bettlein in der Erd)」

Paul Gerhardt のNun ruhen alle Wälder に見える句だが、

Nun geht, ihr matten Glieder,
geht hin und legt euch nieder,
der Betten ihr begehrt.
Es kommen Stund und Zeiten,
da man euch wird bereiten / zur Ruh ein Bettlein in der Erd.

該当箇所を訳すと

さあ、行け。おまえたち、疲れきった手足よ
行って横たわれ
おまえたちが望んだ寝床に。
時がやってくる、
そこに、地上の寝床に休む準備をしよう

「bereiten zu 物」で「物を用意する」、の意味。 だから、できるかぎり直訳すると「地上に用意された休息の寝床」となるか。 だから本文中の「直訳すれば」は余計か。 man euch の euch は再帰代名詞だと思うが、特に訳さなくてよいか。

p. 220

Freude die Fülleあふれる喜びと
Und selige Stille 至福の静けさ
Darf ich erwarten 私は待っている
Im himmlischen Garten, 天国の園で
Dahin sind meine Gedanken gericht’. 私の考えが裁かれるのを

Darf ich erwarten は「私は待っていてもよかろうか?」のように推量疑問、もしくは 「私は待っていたい」のように願望として訳すべきだろう。

Dahin sind meine Gedanken gericht’ は「そこへ(dahin)私の思いは向けられている(sind gerichtet)」と訳すべきだった。

p. 287

アルトゥールとリス

Squirrel は「リス」ではなくて女の子の名前である。 無理にドイツ語読みすれば「シュクヴィレル」とでもなろうか。 Arthur も「アートゥア」などと記した方が良いかも知れない。

p. 288

1890 Cornelli wird erzogen

「コルネリは育てられる」 これとその前の

1889 Was aus ihr geworden ist

「彼女は何になったか」 は別の年に出た別の本。 「彼女は何になったか」は 1887年の

Was soll denn aus ihr werden?

「彼女はどうなるべきか」の続編 (Fortsetzung)。

これら三つの本の説明がごっちゃになっている。

その他

表紙に書かれている

Frühe Erzählungen von Johanna Spyri, die Verfasserin des «Heidi»

だが、これは(出版社に頼まれて)「ヨハンナ・シュピリ初期作品集」というタイトルを私が独訳したものであり、それ以上の意味はない。 原著名は Verirrt und Gefunden (1872) ですが、のちに Aus dem Leben (1900) と改題・微妙に改訂されて再出版されている。

Verirrt und Gefunden と Aus dem Leben の違いは、 次のテキスト(ただし Ein Blatt auf Vronys Grab のみ)の差分を取るなどして確かめてみてください。

思うに、ゲーテに Aus meinem Leben, Dichtung und Wahrheit という自伝があり、 またヨハンナによって書かれた夫の伝記 Aus dem Leben eines Advocaten (ある弁護士の人生から)があることから、 ヨハンナ自身によってその死の直前に Aus dem Leben と改題されたこの書名には、これが自伝の代わりであることがほのめかされていると思われる。

参考

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神鹿、死刑

04.21.2016 · Posted in 歴史

昔、神鹿を殺すと死刑になった、といわれているのだが、ちょっと信じられない。 常識的に考えて、あり得ないことだ。

信長が神鹿を殺した者を密告させて、処刑したという記録があるそうだ。 しかしこれはおそらく、奈良の鹿を組織的に密猟した者がいて、処罰したという意味であろう。 たまたま過失で鹿を殺してしまって、それでただちに死刑になるはずがない。

だいたい誰が死刑を執行するのだろうか。 春日大社の宮司? そんなはずはない。 東大寺か興福寺の僧兵?まさか。

江戸時代の奈良奉行や京都所司代、あるいは寺社奉行ならば幕臣だが、 幕府の役人が鹿を殺した程度で人民を処刑するはずがない。 鎌倉時代の北条氏、室町幕府ですらそんなことをするとはとうてい思えない。

鹿の密猟というのは寺社領でなくともよくあったことだろう。 その首謀者は、場合によっては死刑になることもあっただろう。

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04.21.2016 · Posted in

最近体調が悪いのは、 心臓の具合が悪いとか、 年をとったからということもあるかもしれんが、 たぶんアーチストという薬を飲んでいるせいだ。

服用を忘れたときに、2回分をいちどに服用すると血圧が下がりすぎて、めまい、転倒をおこすこともあります。飲み忘れたときは、その分は抜いて、次回から正しく飲んでください。

アーチストは血管を広げて血圧を下げ、これによって心臓の負担を軽くしている。 しかしながら、よく立ちくらみするようになった。 しばらくすると体が慣れたのか立ちくらみすることはほとんどなくなった。 しかし電車に長く立っていると気分が悪くなってきて、冷や汗が出てくるようになった。 たぶんアーチストのせいだと思う。

座っていれば特に問題ない。 短い時間なら問題ない。 歩いてるのは全然平気。しばらく山歩きしても、息が切れるとかそんなことはない。

でまあ、電車やバスではできるだけ座るようにしているのだが、 本来は私のような人間が優先席に座ってよいはずだが、見た目は健常者なので、席を譲ってもらうのは難しい。 アーチストの量を減らしてもらいたいとも思うが、それで心臓に問題が出ても困る。 でも減らしても全然平気なのかもしれない。

血圧というのは多少高いくらいが体調は良いものだ。 がんがん遊びたくもなる。しかしそれはもうできない。 いつもなんか眠い感じもするが、無理せず寝るようにしている。 私は日本が認めた重病人なのだからなー。

通勤というのがまあ問題なわけですよね。特に都心方向への。 多少金がかかっても仕方ないので指定席でいくか、あるいは逆に各駅停車で行くようにしているが、 ときどきどちらもできないことがあって、そんなときたまたま座れると良いが、座れないときは、 ときどき途中下車して休憩しなくてはならないだろうと思う。 実に面倒だ。

そんなふうで私はいつも生命の危険を感じて生きているわけだ。 私のような人間は早く田舎に引っ越して店番かなんかして、毎朝墓参りなんかして生きていくのが体には良いのだろう。 そうしてただ無為に、死ぬまでの間生きていく。もう、それで良いのではなかろうか。

皮膚が弱くなってきている気がする。 これも薬の副作用かと思ったがなんともいえない。 私は汗かきなのだが多少汗をかいてほっといてもたいしたことにはならなかった。 しかし今はこまめに下着を替え、体を洗ったり拭いたりするようにしている。 まあ、普通の人がふつうにやってることをやるようになっただけなのだが。

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04.19.2016 · Posted in 詠歌

「虚構の歌人」に載せた自詠の歌の一つに致命的な文法上のミスを発見してしまった。

恥ずかしい。しかし印刷したものは直せない。 まあ、人間は過つものだよな。

しぬばかり 酒飲むことも ありけむや いまはおぼえぬ わかかりし日に

世の中の 人とたはぶれ 酔ひしれて 歩くはおそろし 老いにける身は

年取ったせいでなんとなく昔より文章が書けるような気がしたのと、 これ以上年取ると頭ぼけてくるから急がないとってのと、 死に損なったので、 慌てていろいろ書いたりしたのだが、 まそれも一段落して、 すでにこれまでに書いたものをかき集めただけでも、 後世の人は私がどんな人だったかってことはわかるはずで、 これからさらになんか書いたからって世の中に何かをよけいに残せるわけではない気がする。

小室直樹も「ソビエト帝国の崩壊」より後は書いても書かなくてもよかった。 50歳前に死んでいても小室直樹は小室直樹だったはずだ。 むろん一時期テレビに出てたことや、その後の著作活動なんかも、 彼を有名にし、世の中に彼の評価が定着する役にはたったわけだけども、 本質的な部分は、「ソビエト帝国の崩壊」と、そのあとの「アメリカの逆襲」あたりまで読めば十分なわけだ。

そうしてみれば、私がこれから多少頑張ったところで、 或いは本の部数が多少増えたところで、大したことはなくて、 むしろいかに何もせず、自分が楽に生きるかってことを目標に生きたほうが良いのではないかという気がする。

周りの人が間違っているように見えても、 また実際これまでずっと間違った判断をしていて、 自分が属する組織や社会を悪い方向へもっていこうとも、 それを指摘したり、改善しようとしたり、戦う必要はない。 それは私の仕事ではないし、私に向いてもいないし、そもそもする必要がない。 人のペースに巻き込まれて無理に酒を飲む必要もない。 自分が一番楽な生き方をすれば良い。 ある意味それが今の私がやるべき仕事だと思う。

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ますかがみ

04.18.2016 · Posted in 和歌

増鏡を頭から読み始めたのだが、

見渡せば やまもとかすむ 水無瀬川 ゆふべは秋と なにおもひけむ

これだが、 水無瀬離宮を建てた記念に、その障子絵にふさわしい歌を、何ヶ月も推敲してこしらえたもの、 典型的な屏風歌であって、当座の実景を詠んだのでないのは間違いあるまい。 すべて屏風歌というものは、実景ではない。 当座に詠んだ歌をのちに屏風歌に採用した、という例は私の知る限り無い。 つまり、屏風歌、障子歌というのは、新築祝いにあらかじめ発注される歌であって、 建てた後に詠んだり、すでにできた歌を採用するということは、 原則なかったということだと思う。ただし小倉色紙に関しては少し事情が違う。 これには古歌が含まれていた。 もしかすると古歌を色紙に書いて障子に貼るというのは小倉色紙以来なのかもしれない。

この離宮は、久我通親が養女で土御門天皇の実母である在子の御所として寄進したもののように思われるが、 通親は1202年に死んでおり、 代わりに九条良経(というより後鳥羽院自身)が1205年に水無瀬離宮で歌合を主催して、 上の歌が成ったものである。 しかしその良経も翌年には死んでしまう。

さて、嵯峨中院には定家染筆の小倉色紙形が障子に貼られていた。 それは後嵯峨院の時代に亀山殿の一部となったはずだ。 亀山殿は西園寺実氏が後嵯峨院に寄進したもので間違いない(それ以外あり得ない)。 定家は増鏡の時代にはすでに非常に高名であり、増鏡の中でも何度も引用されているのにもかかわらず、 かつ後嵯峨院が何度も亀山殿で歌合を行っているのにもかかわらず、 増鏡にもとはずがたりにも嵯峨中院、小倉色紙の話は一切でてこない。 おそらく、小倉色紙は、嵯峨中院が亀山殿に建てかえられたときにすでに失われたのだろう。

増鏡が書かれたのは建武の新政当時のことと思われる。 が頓阿の時代にすでに知られていた小倉色紙とか、すでに存在していた小倉百人一首、百人秀歌などというものも、 増鏡には出てこない。 これまた推測だが、頓阿は、小倉色紙に関するなんらかの写本を入手し、 それをもとに彼が小倉色紙を再構成したのではないだろうか。 だからこの時代頓阿以外の歌人は小倉色紙を知らなかった。

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